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参考記事: 古典ギリシャ語のアクセントの規則

コントネーションによるアクセントの規則][具体的なアクセントの規則][まえより語のアクセント

古典ギリシャ語(古代ギリシャ語)のアクセントの規則は、ラテン語とちがって、アクセントの位置をきめるものではなくて、アクセントの位置を制限するものです。アクセントの位置をきめるのはラテン語では 音節のながさ ですが、ギリシャ語では 母音のながさ がアクセントの位置を制限します。

単語のいちばん最後の音節のことはラテン語で ultima [ウルティマ]といって、うしろから2番めの音節は paenultima [パエヌルティマ]、うしろから3番めの音節は antepaenultima [アンテパエヌルティマ]といいます。この用語はギリシャ語のアクセントの規則を説明するときにもよくつかわれているのですが、この用語になれていなければわかりにくいので、ここでは最後の音節の 母音、うしろから2番めの音節の 母音、うしろから3番めの音節の 母音とします。

曲アクセントは ながい母音か二重母音にしかおくことができません。ながい母音と二重母音は、ながさという点ではおなじなので、ここの説明では、「ながい母音」「母音がながい」というときには二重母音もふくめることにします。鋭アクセントは みじかい母音にも ながい母音にもおくことができます。

単語のおしまいにある二重母音の αιοι は、アクセントの規則では、希求法の語尾など一部の例外をのぞいて、みじかい母音としてあつかわれます。ただし、この二重母音のあとに子音がつづいているばあいは、ながい母音のあつかいになります。

コントネーションによるアクセントの規則

一見複雑にみえるアクセントの規則を簡潔にまとめるためにコントネーション(contonation)というかんがえかたをつかうことがあります。コントネーションとは、アクセントがあってオトがたかくなる部分とそれにつづくオトがさがる部分をあわせたもののことをいいます。曲アクセントは前半がたかくて後半がひくいというように、それ自体にオトがさがる部分をふくんでいるので、曲アクセントだけでコントネーションになっています。これに対して鋭アクセントではオトがさがる部分はつぎの音節にあるので、鋭アクセントのコントネーションは鋭アクセントがある音節とそのつぎの音節にまたがるものになります。鋭アクセントにつづく音節の母音はみじかいこともながいこともあります。

このコントネーションをつかうと、アクセントの規則はつぎのようにまとめられます。

コントネーションのあとには、みじかい母音ひとつしかゆるされない。

これは、コントネーションのあとにつづく音節があるばあいには、その母音はかならずみじかいということをいっています。みじかい母音は1モーラなので、この規則は、「コントネーションのあとには、1モーラしかゆるされない」といいかえることができます。このばあいのモーラは音節のながさではなくて母音のながさです。また、「コントネーションのあとには、みじかい母音のある音節ひとつしかゆるされない」ということもできるでしょう。

この規則によって、ギリシャ語のアクセントはにあることがわかります(三音節の法則)。うしろから4番めの音節にアクセントがあるとすると、鋭アクセントならコントネーションのあとに音節がふたつ つづくことになりますし、曲アクセントなら音節がみっつ つづくことになるので、どちらにしても規則にあわないからです。

具体的なアクセントの規則

つぎに、もうすこし具体的に規則をまとめてみます。

(a) 鋭アクセントはにある。ただし、にあるのはがみじかいばあいにかぎられる。また、ながいに鋭アクセントがあるのはがながいばあいにかぎられる。

(b) 曲アクセントはにある。ただし、にあるのはがみじかいばあいにかぎられる。

これをさらに具体的な図式にまとめることにします。「∪」はみじかい母音を、「―」はながい母音をあらわしています。ふたつがかさなっているものは、みじかくてもながくてもいいことをあらわしています。これはあくまで母音のながさであって、音節のながさではありません。

(1)は、に鋭アクセントがあるばあいです。はながくてもみじかくてもかまいません。をあわせたものがコントネーションなので、それにつづくはかならずみじかいということになります。がながいと、コントネーションのあとに ながい母音がつづくことになって、規則にあいません。このことから、にアクセントがあれば、はみじかいということがわかりますし、がながいと、にはアクセントをおくことができないということになります。すでに説明したように、にあるのは鋭アクセントだけです。がながくてそこに曲アクセントがあると、コントネーションのあとに音節がふたつ つづくことになって、規則にあわなくなります。

このパターンには重要な例外があります。πόλις [pólis]の単数・属格は πόλεως [póleɔːs]なのですが、これはがながいので、規則どおりならばにアクセントはないはずです。単数・属格はもともと πόληος [pólɛːos]だったものが、のながさがいれかわって、さらにそれがおこったのが、アクセントの位置がそれぞれの変化形に対して固定したあとだったので、こういう例外的なかたちになりました。複数・属格の πόλεων [póleɔːn]のアクセントもおなじことになっていますが、これは単数・属格の類推(analogy)によるものです。このアクセントの例外は πόλις とおなじ変化形に属するほかの単語にもあてはまります。また、母音のながさがいれかわって、おなじパターンになった ἵλεως [hǐːleɔːs]のようなほかの種類の単語もあります。さらに、類推によって、おなじパターンのアクセントをもつ αἰγόκερως [aiɡókerɔːs]のような複合語もうまれています。

(2)は、がみじかくてそこにアクセントがあるばあいです。曲アクセントはみじかい母音におくことはできないので、このアクセントはかならず鋭アクセントです。このときはみじかくてもながくてもかまいません。

(3)は、もながいばあいです。このとき、にあるアクセントはかならず鋭アクセントになります。に曲アクセントがあると、コントネーションのあとに ながい母音がつづくことになって、規則にあわなくなります。

(4)は、がみじかくてがながいばあいです。このとき、にあるアクセントはかならず曲アクセントになります。これは「ソーテーラ・ルール(σωτῆρα rule)」といわれることがあります。σωτῆρα [sɔːtɛ̂ːra]のアクセントがこのパターンになっているからです。コントネーションのあとにはみじかい母音がひとつだけつづいています。(3)と(4)から、ながいに鋭アクセントがあればはながくて、ながいに曲アクセントがあればはみじかいということがわかります。

τὰ ἄλλαtá álla]のようなものが母音融合でひとつになって、(4)のがみじかくてがながいパターンになったばあいのアクセントには校訂者によってちがいがあります。母音融合のアクセントの規則にしたがうと τἄλλα [tǎːlla]になるのですが、「ソーテーラ・ルール」を優先させると τἆλλα [tâːlla]になります。校訂本にはどちらもみられます。

(5)は、に鋭アクセントがあるばあいです。はみじかくてもながくてもかまいません。文章のなかでつぎに単語がつづくときは、この鋭アクセントは重アクセントにかわります。

(6)は、に曲アクセントがあるばあいです。曲アクセントはながい母音にしかおくことができないので、このときのはながい母音です。つぎに単語がつづいても重アクセントにかわることはありません。

名詞のアクセントは辞書の みだし語になる単数・主格がもとになります。形容詞は、やはり辞書の みだし語になる男性・単数・主格のアクセントがもとになります。このふたつは曲用するとき規則がゆるすかぎり このアクセントをたもとうとします。これに対して、動詞のアクセントは、それぞれの活用形で規則がゆるすかぎり単語のあたまのほうにいこうとします(ギリシャ語の動詞の「後退的」アクセントと「後倚辞」「前倚辞」」)。ただし、どちらもちょっとした例外があります。

まえより語のアクセント

単語のアクセントの規則は以上ですが、このほかに注意しなければならないものとして、まえより語のアクセントがあります(「まえより語(enclitic)」「あとより語(proclitic)」」)。まえより語は、たいていのばあい そのまえの単語と一体となって、それ自体にはアクセントがありません。その際、まえの単語のアクセントにあたえる影響としていくつかのばあいがあります。また、まえより語にアクセントがのこるばあいもあります。これには、まえの単語のアクセントのパターンと、まえより語が1音節か2音節かが関係します。2音節のまえより語では、うしろの母音がみじかいか ながいかで、まえより語そのもののアクセントがちがってきます。

まえの単語のアクセントが上の図式の(1)と(4)のばあい、つまり、に鋭アクセントがある単語とに曲アクセントがある単語のばあいは、最後の母音にさらに鋭アクセントがくわわります。このふたつのパターンはコントネーションにみじかい母音がひとつ つづいているものです。コントネーションのあとにもうひとつ音節があるので、そこに鋭アクセントをおくことができます。まえより語が1音節でも2音節でも、また、2音節のうしろの母音がみじかくても ながくても、アクセントにちがいはありません。ただし、(4)には例外があります。それについてはつぎのパターンといっしょに説明します。

まえの単語が(2)と(3)のばあい、つまり、に鋭アクセントがある単語のばあいは、その単語のアクセントに変化はありません。ただし、まえより語が2音節のばあい、まえより語のうしろの母音にアクセントがおかれます。そのアクセントは、その母音がみじかければ鋭アクセントで、ながければ曲アクセントです。この鋭アクセントは、文章のなかで単語がつぎにつづくときには重アクセントにかわります。

(4)の例外も、これとおなじことになります。のアクセントが曲アクセントでも、単語の最後が [-ks]か [-ps]でおわっていると、最後の母音に鋭アクセントはつきません。また、2音節のまえより語のうしろの母音にアクセントがおかれます。

まえの単語が(5)と(6)のばあい、つまりにアクセントがある単語のばあいも、その単語のアクセントに変化はありません。また、まえより語にアクセントはありません。すでに説明したように、にある鋭アクセントは、つぎに単語がつづくときには重アクセントにかわるわけですが、このばあいには鋭アクセントのままです。つまり、アクセントに変化はありません。

とりあえず規則としてはこういうことなのですが、実際にはいろいろ問題点もあります。それについては、「まえより語(enclitic)のアクセントの問題点(1) まえの単語がアクセントをうけとるばあい」を参照してください。

まえより語のなかではとくに εἰμί の現在形に問題がおおいのですが、それについては「まえより語(enclitic)のアクセントの問題点(3) 「ΕΙΜΙ」の現在形」と「まえより語(enclitic)のアクセントの問題点(4) 「ΕΣΤΙ」」を参照してください。

アクセントのない あとより語のあとに まえより語がつづくと、εἴ τιςěːtis]のように、まえより語はアクセントをうしなって、あとより語に鋭アクセントがおかれます。

まえより語がいくつかつづくばあいは、いちばん最後の まえより語だけがアクセントをうしなって、それよりまえにある まえより語はすべて、うしろの まえより語からアクセントをもらってアクセントがおかれます。伝統的なやりかたとしてそういうことなのですが、これには反対意見もあります。このあたりのことについては「まえより語(enclitic)のアクセントの問題点(2) まえより語がつづくとき」を参照してください。

不定関係代名詞などでは、ἥτις [hɛ̌ːtis]のように、前半で説明したアクセントの規則にあわないようにみえるものがあります(このばあい規則どおりなら曲アクセントのはず)。これは まえより語がつづけてかかれているからで、ἥ τις とわけてみれば、後半で説明した まえより語のアクセントの規則のとおりになっていることがわかります。

最後に、αἴλουρός τις を曲用させたものをあげておきます。上から順に、単数の主格・対格・属格・与格、複数の主格・対格・属格・与格です。

おもな参考文献
● W. Sydney Allen, Vox Graeca, 3rd ed. (Cambridge University Press).
● W. Sydney Allen, Accent and Rhythm (Cambridge University Press).
● Michel Lejeune, Précis d’accentuation grecque (Hachette).
● Philomen Probert, A New Short Guide to the Accentuation of Ancient Greek (Bristol Classical Press).
● A. M. Devine & Laurence D. Stephens, The Prosody of Greek Speech (Oxford University Press).

まえより語:前より辞、前接語、前接辞、後倚辞。あとより語:後より語、後接語、後接辞、前倚辞。

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 ・まえより語(enclitic)のアクセントの問題点(1) まえの単語がアクセントをうけとるばあい
 ・まえより語(enclitic)のアクセントの問題点(2) まえより語がつづくとき
 ・まえより語(enclitic)のアクセントの問題点(3) 「ΕΙΜΙ」の現在形
 ・まえより語(enclitic)のアクセントの問題点(4) 「ΕΣΤΙ」
 ・ギリシャ語の動詞の「後退的」アクセントと「後倚辞」「前倚辞」
 ・「まえより語(enclitic)」「あとより語(proclitic)」

2010.12.03 kakikomi; 2011.01.06 kakinaosi

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