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参考記事: 古典ギリシャ語のアクセントの発音

単語のアクセント][文章のなかのアクセント][重アクセント

古典ギリシャ語のアクセントは、英語とかの つよさアクセント(stress accent)とはとちがって、たかさアクセント(pitch accent)でした。アクセントがあるところがたかく発音されて、それ以外はアクセントがあるところよりひくくなります。音程差は5度をこえることはなかったといわれています(ギリシャ語の音程」)。また、ながい母音か二重母音にアクセントがあるばあいは、鋭アクセント記号がついていれば、前半がひくくて後半がたかくなる のぼり調子で、曲アクセント記号がついていれば、前半がたかくて後半がひくくなる くだり調子です。では、アクセントがないところはすべておなじたかさだったのでしょうか。

ここでは、古代ギリシャの音楽を手がかりにした研究(A. M. Devine & Laurence D. Stephens, The Prosody of Greek Speech)をもとにして、古代のギリシャ語のアクセントについて説明したいとおもいます。

単語のアクセント

2音節の単語では、ふたつの音節の関係はどちらかがたかくて どちらかがひくい、ということだけですから、アクセントがない音節どうしの関係は問題になりません。そこでまずは、3音節の μεγάλα [meɡála メガラ]を例としてあげることにすると、この単語全体のオトのたかさの変化はつぎの図ようなものだったとかんがえられています。

アクセントがある[ɡá]が一番たかくなるのはいうまでもないことですが、問題はのこりのふたつの音節です。この図をみればわかるように、アクセントのまえの[me]より、アクセントのあとの[la]のほうがひくくなっています。このように、全体としては「中ぐらい(C) たかい(T) ひくい(H)」というパターンになりました。

これよりもながい単語ではどうだったかというと、アクセントのまえとうしろにそれぞれ2音節ずつあるばあい、つまり5音節の μεγαλόπολις [meɡalópolis メガロポリス]を例にとると、たかさの変化はつぎのようなものだったようです。

これも全体としては C-T-H というパターンになっています。こまかくみると、アクセントよりまえの部分はゆるやかなのぼり坂なのに対して、アクセントのあとは急なくだり坂で、そのあとはゆるやかなくだり坂になります。のぼり坂の部分は厳密にいえばまっすぐなわけではなかったでしょうから、これはだいたいの図式です。H1 の部分、つまりアクセントのあと急にさがるところは、古典ギリシャ語のアクセントの重要な要素だったようです。

このようなアクセントの説明は、ずいぶんかわったことをいっているように感じられるかもしれません。でも、こうした説明は、ある意味ではあたりまえのことをいっているようにおもいます。歌とはちがうのですから、きっちりと一定のたかさがたもたれるということはむしろめずらしいわけで、日本語にしてもそうですが、「たかい」「ひくい」という2段階をつかった説明は、あくまでもそういう図式で説明しているだけです。実際の発音のたかさのちがいは2段階にとどまるものではありません。

2段階だけで説明するやりかたは、音素(音韻)としてのアクセントの説明だということができるでしょう。それ以外の要素は意味の区別にかかわるものではないからです。アクセントの位置がちがえば意味がかわってしまったりするわけですが、アクセントがない部分どうしのたかさの関係がかわったとしても意味がちがってしまうわけではありません。このように、音素としては、アクセントのあるところだけがたかいといえばすむのですが、実際の音声としては、ここで説明しているようなたかさの変化のパターンとして実現する、ということになるでしょう。

アクセントよりあとの部分は、アクセントの規則によって、H2 までしかありませんが、アクセントよりまえの部分は、理屈のうえでは制限がないので、とくに複合語とかではそれなりのながさになることがあります。つまり、C3、C4、C5、…、という部分があることもあって、この部分がながいほど、のぼり坂はゆるやかになったようです。そのことは、オトのたかさをあげるのには限度があることからもうなずけます。

単語のなかには、アクセントのある音節ではじまるものとか、アクセントのある音節でおわるものがあります。そのばあいのたかさの変化のパターンはそれぞれ、C(1, 2, ...) がなくて T からはじまる、T でおわって H(1, 2) がない、ということになります。

例にあげた単語の母音はどれもみじかい母音でしたが、アクセントのある母音がながい母音か二重母音のばあい、アクセントのある音節には T 以外の部分もふくまれることになります。鋭アクセント記号がついている のぼり調子では、前半が C1 で後半が T、曲アクセント記号がついている くだり調子では、前半が T で後半が H1 です。

たとえば χαίρετε [kʰǎirete カイレテ]なら[kʰǎi]の前半が C で後半が T、そしてそのあとに H1 と H2 がつづきます。一方 χαῖρε [kʰâire カイレ]なら[kʰâi]の前半が T で後半が H1、そのあとに H2 がつづく、ということになります

アクセントよりまえの部分はゆるやかな のぼり坂なのに対して、アクセントのあとは急なくだり坂だ、ということからわかるように、鋭アクセント記号があらわす のぼり調子はゆるやかな のぼりで、曲アクセント記号があらわすくだり調子はおおきくさがります。これはほかのことばにもよくみられる特徴といえるかもしれません。

たとえば、クロアチア語の のぼり調子のアクセントは、あまりたかくあがらなくて、ばあいによってはほぼ平坦な感じになるのですが、くだり調子のアクセントはおおきくさがります。ペキン語の声調でもおなじようなことがみられます。ペキン語の声調はたいてい、ひくいほうの1から たかいほうの5までの5段階のたかさをつかって説明されていて、のぼり調子の第2声調は3からはじまって5まであがるのに対して、くだり調子の第4声調は5からはじまって1までさがります。

文章のなかのアクセント

H2 の部分は、その単語だけを発音するばあいは図のように H1 からさらにすこしさがるのがふつうですが、文章のなかでは H1 よりすこしたかくなることもあったようです。これはつまり、つづく単語のアクセントにむかうのぼり坂が H2 からはじまることがあった、ということです。

このように、単語が文章のなかにおかれると、アクセントにもいくつか変化があらわれます。

単語のたかさには全体としてくだり傾向があったようです。文章のおわりにむかってだんだんとさがっていくということです。こうしたくだり傾向は、日本語をはじめとして、さまざまなことばにみられます。

古典ギリシャ語のばあいを図にするとこのようになるのですが、単語の一番たかい部分であるアクセントのところのくだり傾向のほうが、単語のひくい部分のくだり傾向よりもおおきかったようです。その結果、単語のなかの音程差はだんだんとちぢまっていくことになります。

このくだり傾向は、これを邪魔する要素がなければ図のように単純な図式になるのですが、実際にはくだり傾向をさまたげる要素がいくつかあります。そのひとつは強調です。つまり、強調する単語はたかく発音されるので、くだり傾向がやぶられることになります。固有名詞も普通名詞にくらべると強調の要素がふくまれているので、ある程度おなじような効果をうみだしたようです。

文章のきれ目にもおなじはたらきがあったようです。きれ目としてはおおきくわけてふたつかんがえられます。ちいさなきれ目と、おおきなきれ目です。ちいさなきれ目としては、フレーズのきれ目のようなものがあります。たとえば名詞とそれを修飾する形容詞はひとつのグループになって、このグループのなかではくだり傾向があるのですが、グループどうしのあいだにはくだり傾向がなくなります。図ではふたつの単語からなるグループを3つあげてありますが、このようなちいさなグループどうしのきれ目にはくだり傾向をなくすはたらきがあります。このきれ目をみじかいタテ1本線でしめしていますが、これがあるために、ふたつめの単語と3つめの単語のあいだにはくだり傾向がなくなって、だいたいおなじたかさになっています。これに対して、タテ2本線でしめした文章のおおきなきれ目では、ただくだり傾向がさまたげられるだけではなくて、たかさがリセットされます。そのために、5つめの単語は最初の単語のたかさにもどっています。

以上は内容語(content word = lexical word:名詞、形容詞、動詞、副詞とか)に関することで、機能語(function word = nonlexical word:冠詞、前置詞、接続詞、代名詞、関係詞とか)にはつぎにつづく単語のアクセントをさげるはたらきはなかったようです。つまり、機能語のあとにはくだり傾向はありませんでした。

さらにもうひとつ、くだり傾向をさまたげるものがあります。それは重アクセントです。

重アクセント

単語の最後の音節についている鋭アクセント記号は、まえより語(enclitic)ではない単語がそのあとにつづくと重アクセント記号にかわります。

ギリシャ語のアクセントの重要な要素として、アクセントのあとに急にさがる部分があるのですが、単語の最後に鋭アクセントがあるばあいは、その単語のなかにさがる部分をうけもつ音節がありません。まえより語がつづくばあいには、その まえより語がさがる部分をうけもつことになるので、鋭アクセントはそのままで、重アクセントにならないですみます。ところが、まえより語以外の単語がつづくと、その単語はまえにある単語のさがる部分をうけもつわけではないので、まえの単語の鋭アクセントは本来のたかさまであがることができません。そのことが重アクセント記号としてあらわされています。

重アクセントの発音については説がわかれているようですが、古代の楽譜をもとにした研究からは、重アクセントがアクセントをまったくうしなったものだとする説は支持されません。

重アクセント記号はもともとアクセントがない音節につけられたものでした。そのことからすると、たかさがまったくなくなったことをあらわしているというのがただしいようにもおもわれます。でもそれは、アクセントのない音節どうしはたかさのちがいがなかったという前提があってこそのはなしです。すでに説明したように、アクセントのない音節のあいだにもたかさのちがいがあるということからすると、重アクセント記号がつけられていた音節どうしでたかさのちがいがあったことになります。ですから、重アクセント記号がついている最後の音節にある程度のたかさがあったとしてもおかしくはないでしょう。

古代ギリシャの音楽を手がかりにした研究によれば、重アクセント記号は、もともとの鋭アクセントがひくくなったことをあらわしていたとかんがえられます。どのくらいひくくなったかは単語の種類によってちがいがあって、内容語より機能語の重アクセントのほうがひくくて、ばあいによってはほぼ平坦な感じにもなったようです。重アクセントがある単語は、全体が重アクセントにむかうゆるやかなのぼり坂になっていて、そのかたむきは、鋭アクセントか曲アクセントよりまえの部分のゆるやかな のぼり坂よりもさらにゆるやかなものでした。

このように重アクセントは鋭アクセント(曲アクセントの前半もふくむ)よりもひくくなったアクセントだったわけですが、一方では、アクセントがなくなったのとおなじといえる側面もありました。重アクセントのあとにつづく単語は、重アクセントとだいたいおなじか、すこしたかいぐらいのところからはじまったようです。そうすると、つぎにつづく単語にとっては重アクセントはアクセントがないのとおなじということになります。

あとにつづく単語のアクセントは、くだり傾向がさまたげられなければ、そのまえの単語のアクセントよりひくくなるわけですが、そのあいだに重アクセントのある単語がはいりこむと、ひくくはなりません。上にかいたことのくりかえしになりますが、重アクセントのある単語は全体がゆるやかな のぼり坂になっていて、その坂がおわったところから(つまり重アクセントとだいたいおなじか、すこしたかいところから)つぎの単語がはじまるので、あとにつづく単語は重アクセントのぶん おしあげられることになります。べつのいいかたをすれば、重アクセントがある単語ののぼり坂は、あとにつづく単語のアクセントまでののぼり坂の一部となっているので、そのぶん あとの単語は全体がたかくなります。そのために、重アクセントによっても くだり傾向はさまたげられることになります。

最後に、重アクセントがアクセントをまったくうしなったものだとする説について、ひとことつけくわえておきます。実際の発音という点からすると、重アクセントはまったくたかさがなくなったわけではない、ということなのですが、べつの観点からなら、アクセントがなくなったものということもできます。日本語のアクセントについて2段階で説明するのは音素としての説明だということを上でのべましたが、おなじように音素として説明するのであれば、重アクセントはアクセントがなくなったものといえます。それに対して、音声としては、たかさがまったくなくなったのではなくて、ある程度のたかさがのこっていた、ということになります。

重アクセントがどういうものだったのか説がわかれているわけですが、アクセントの発音にかわりはなく表記だけの問題だとする説はともかくとして、アクセントがうしなわれたとするものと、ある程度のたかさがのこっていたとするものは、単純にどちらかがまちがっているというようなものではなくて、音素としての説明と音声としての説明のちがいだということもできるでしょう。ただし、アクセントがなくなったという主張が、音素と音声の区別をした上でのものなのかはよくわからないので、実際の発音(音声)についていっているものならば、ここで説明した研究からすれば、まちがっているということにはなります。

参考文献
● A. M. Devine & Laurence D. Stephens, The Prosody of Greek Speech (Oxford University Press).
● Philomen Probert, A New Short Guide to the Accentuation of Ancient Greek (Bristol Classical Press).
● W. Sydney Allen, Accent and Rhythm (Cambridge University Press).
● W. Sydney Allen, Vox Graeca, 3rd ed. (Cambridge University Press).
● M. L. West, Ancient Greek Music (Clarendon Press).

古典ギリシャ語:古代ギリシャ語。 ペキン語:北京語。 まえより語:前より辞、前接語、前接辞、後倚辞。 あとより語:後より辞、後接語、後接辞、前倚辞。

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2009.05.14 kakikomi; 2016.12.14 kakinaosi

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