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参考記事: 古典ギリシャ語の発音記号

アクセント][母音][子音][例文「北風と太陽」

古典ギリシャ語(古代ギリシャ語)の発音記号といっても、このサイトで特別なものをつかっているわけではありません。ただの国際音声字母(International Phonetic Alphabet、略して IPA)です。音素の区別だけではなくて音声のちがいまであらわしている部分があるので、/ / ではなくて [ ] でかこっています。

ここでは、英語の発音記号あるいはローマ字の知識からあきらかなものは はぶいて、とくに注意が必要なものだけ説明しています。

発音記号を一覧表にしたものは「IPA for Ancient Greek (including Accent Marks)」のページにあります。

アクセント

古典ギリシャ語のアクセントは、英語とかの つよさアクセントとはちがって たかさアクセントで、それをあらわすのに3種類の記号をつかいます。といっても、ギリシャ語の3種類のアクセント記号とはちがいます。

λόγος

鋭アクセント記号[ˊ](acute accent)はよく英和辞典とかでつかわれていますが、IPA ではそのつかいかたとはちがって、つよめではなくてオトが「たかい」ことをあらわしています。記号のかたちから連想されるような(ペキン語のローマ字みたいな)、ひくいところから たかいところにあがっていく「のぼり」調子をあらわしているのではありません。IPA で「のぼり」の記号としてつかっていたこともあったのですが、いまでは「たかい」をあらわす記号になっています。この記号はギリシャ語では みじかい母音だけにつきます。英語みたいな つよさアクセントは IPA ではこの記号ではなくて、つよめのある音節の まえ に[ˈ]をつけます。このサイトでも、英語とか現代ギリシャ語の つよさアクセントにはこの記号をつかっていますが、日本の英和辞典では あいかわらず[ˊ]がつかわれています。

δρᾶμα βαῖνε

やまがた(曲アクセント記号)[ˆ](circumflex accent)は、ギリシャ語の曲アクセント記号とおなじように、たかいオトからさがっていく「くだり」調子をあらわしています。この記号は、鋭アクセント記号[ˊ]と重アクセント記号[ˋ](grave accent [グラーヴ アクセント])をくっつけたもので、いまの IPA では[ˊ]はオトが「たかい」ことを、[ˋ]は「ひくい」ことをあらわしているので、[ˆ]は たかいオトから ひくいオトにさがっていく「くだり」になります。前半がたかくて後半がひくいといってもいいでしょう。まずひくいところからあがって、それからさがるのではありません。IPA でそのような「のぼりくだり」をあらわす記号としてつかわれていたこともあったのですが、いまでは「くだり」をあらわす記号になっています。この記号はギリシャ語では ながい母音か二重母音だけにつきます。二重母音につくときは、ギリシャ語のつづりとはちがって ひとつめの母音字につけます。

δράματος βαίνετε

くさび記号(キャロン、ハーチェク)[ˇ](wedge, caron, háček)は、記号のかたちのとおり やまがた[ˆ]とは逆で、ひくいオト(ˋ)から たかいオト(ˊ)にあがっていく「のぼり」調子をあらわしています。前半がひくくて後半がたかいともいえるでしょう。まずたかいところからさがって、それからあがるのではありません。IPA でそのような「くだりのぼり」をあらわす記号としてつかわれていたこともあったのですが、いまでは「のぼり」をあらわす記号になっています。この記号もギリシャ語では ながい母音か二重母音だけにつきます。二重母音につくときは、ギリシャ語のつづりとはちがって ひとつめの母音字につけます。

ギリシャ語のつづりでつかわれる鋭アクセント記号は発音としてはふたつのばあいがあるので、それぞれ発音記号がちがってきます。みじかい母音につくときは発音記号でもつづりとおなじ[ˊ]に、ながい母音か二重母音につくときは発音記号では[ˇ]になります。曲アクセント記号は、ギリシャ語のつづりと発音記号では名まえはおなじでも かたちはちがっています。でも、あらわしていることはおなじです。

ギリシャ語のアクセントは、アクセント記号がついているところだけがたかくなります。逆にいえば、アクセント記号がついていないところはアクセントがあるところよりひくくなります。音素(音韻)としてはこのようにただアクセントがあるところよりもないところがひくいといえばすむのですが、実際の音声としては、アクセントのまえにある音節よりアクセントのあとにある音節のほうがひくくなったようです(古典ギリシャ語のアクセントの発音:単語のアクセント」)。これを発音記号であらわすとすれば、たとえば μεγάλα なら[mēɡálà]となるのですが、この「中ぐらい たかい ひくい」というパターンはきまったことなので、そこまで発音記号であらわす必要はありません。発音記号ではいちばんたかいアクセントがあるところだけをしめします。それ以外のたかさのパターンはいわゆる約束事にふくめておきます。

καλὸς βασιλεὺς ἀγορὰ

ギリシャ語のアクセント記号には以上のほかに重アクセントというものがあります。重アクセントについては説がわかれているようですが、ここでは、アクセントがまったくなくなるのではなくて、鋭アクセントよりはひくくなるという説をとっているので、これにしたがった記号をつかっています(古典ギリシャ語のアクセントの発音:重アクセント」)。このことをしめすために、重アクセントがある音節には鋭アクセントのばあいとおなじ[ˊ]か[ˇ]をつけて、さらにその音節のまえに「低目(downstep)」の記号をつけます。この記号は上つきの ちいさな下むきの矢印[]です。

『国際音声記号ガイドブック ―国際音声学会案内―』(国際音声学会編、竹林滋・神山孝夫訳、大修館書店。原書は The lnternational Phonetic Association “Handbook of the lnternational Phonetic Association: A Guide to the Use of the International Phonetic Alphabet” Cambridge University Press)ではこの記号について、「通常の音調記号で示される声の高さに手を加え,[] と [] を用いて,それぞれ高目 (upstep) と低目 (downstep) を表すことができる。〔p.21〕」(The symbols [] for upstep and [] for downstep are used to show modifications (raising or lowering) of the pitch indicated by ordinary tone symbols. 〔p.15〕)と説明していて、イグボ語とかアカン語とかハウサ語とかポルトガル語につかわれているのをみることができます。ただし、この本の「付録2 IPA記号のコンピュータ・コード化」のところにのっている「高目」と「低目」の記号のユニコード番号は、実際にはこの記号ではなくて、ただの矢印の番号になっています。「高目」と「低目」の記号はユニコードの Modifier Tone Letters のところの Africanist tone letters にあって、「高目」はA71B、「低目」はA71Cです。このようにユニコードにはちゃんとわりあてられているのですが、このサイトの本文では表示の関係で、正式な「低目」の記号ではなくて、ただの矢印をちいさく上つきにしてつかっています。

鋭アクセント記号がついている音節のつぎの音節がひくくなるのとちがって、重アクセントにつづくつぎの単語の最初の音節は重アクセントよりひくくはなりません。重アクセントはそれよりまえの音節よりはたかくて、あとにつづく単語よりたかくはない、ということになります。したがって、つぎにつづく単語はそのまえの重アクセントのたかさか、それよりすこし上ぐらいのたかさからはじまることになります。重アクセントがある単語としてはアクセントがなくなるわけではないのですが、つぎにつづく単語にとっては重アクセントはアクセントがないのとおなじだということです。その結果、重アクセントのある単語は、そのあとの単語のアクセントにいたるまでの ゆるやかな のぼり坂の一部になります。このことは発音記号にはあらわしていません。約束事のひとつということにしておきます。

重アクセントのたかさは単語の種類によってちがいがあって、内容語(content word = lexical word:名詞とか形容詞とか動詞とか)より機能語(function word = nonlexical word:冠詞とか前置詞とか接続詞とか)の重アクセントのほうがひくくて、ばあいによってはほぼ平坦な感じにもなったようです。これも約束事ということになります。

あとより語(proclitic)の重アクセントは実際のアクセントではなかったともいわれていますが、ここではつづりにある重アクセント記号にしたがった発音記号にしています。

最後の音節に鋭アクセントがある単語に まえより語(enclitic)がつづくときは、その鋭アクセントは重アクセントにはなりません。そうすると、その まえより語の最初の音節は、単語のなかで鋭アクセントのあとにある音節とおなじように ひくくなります。これは、鋭アクセントのあとの音節がひくくなるという約束事にふくまれます。

ὁ λόγος οἶκός τις

アクセント記号がつかない1音節の あとより語とそのうしろの単語は連結記号[]でつなぐことにします。また、まえより語とそのまえの単語も、その まえより語がそれ自身のアクセントをもたないばあい連結記号でつなぐことにします。

1音節の あとより語のばあい、重アクセント記号がつくものとつかないもので、発音記号にもそのちがいがあらわされることになりますが、発音としてはとくにちがいはなかったようです。重アクセント記号のある1音節の あとより語の発音記号は「低目」の記号と鋭アクセント記号がついたものになるのに対して、アクセント記号がつかない1音節の あとより語では、発音記号にもアクセント記号がつかないだけでなくて、つづく単語と連結記号でむすばれます。重アクセントのある あとより語は、つづく単語のアクセントにいたるまでの のぼり坂の一部になるのですが、一方、連結記号でむすばれたアクセントのない あとより語も、つづく単語とひとつになって発音されるので、これもその単語のアクセントにいたるまでの のぼり坂の一部になります。そのため、発音としてはおなじようなことになります。

母音
εἰρήνη

ɛː]は口のひらきがおおきい[エー](「アー」にちかい「エー」)、[eː]は口のひらきがちいさい[エー](「イー」にちかい「エー」)をあらわしています。カタカナがきとしては[eː]のほうは[エ~]としています(ギリシャ語の文字と発音:Η η」「ギリシャ語の文字と発音:ΕΙ ει」)。

ὅλως

ɔː]は口にひらきがおおきい[オー](「アー」にちかい「オー」)、[oː]は口のひらきがちいさい[オー](「ウー」にちかい「オー」)をあらわしています。カタカナがきとしては[oː]のほうは[オ~]としています。ただし、[oː]は古典時代のころに[uː]になったので、古典式発音としては ながい[oː]はとりあえずでてきません(ギリシャ語の文字と発音:Ω ω」「ギリシャ語の文字と発音:ΟΥ ου」)。

πῦρ πυρός

[y]は英語にはありませんが、ドイツ語とかフランス語にはでてくる母音で(ドイツ語の ü y、フランス語の u)、くちびるをまるめた「イ」の音です。くちびるをまるめた「ウ」の口のかたちのまま、舌は(口のなかは)「イ」のかたちにして発音します(ギリシャ語の文字と発音:Υ υ」)。

ὀϊστός

二重母音については、はっきり二重母音であることをあらわすために音節副音につける記号をつかうこともできるのですが、どうしても必要なものというわけではなくて、『国際音声記号ガイドブック』の例文でもつかわれていないので、ここでもその記号はつけていません。そのかわり、二重母音ではなくて母音連続のばあいは、ちがう音節であることをしめすために、IPA で音節のきれ目をしめす記号としてつかわれているピリオドをいれます。

子音
θέα φεῦ χοή

有気閉鎖音 θ φ χ はそれぞれ[tʰ][pʰ][kʰ]というように有気音をあらわす[ʰ]をつけます(ギリシャ語の文字と発音:Θ θ」「ギリシャ語の文字と発音:Φ φ」「ギリシャ語の文字と発音:Χ χ」)。

ἐν πᾶσι ἐκ λόγου κόσμος

語尾の ν はばあいによって発音がかわるので、そのばあいは発音にしたがってあらわします(ギリシャ語の文字と発音:Ν ν」)。おなじように、前置詞と接頭辞の ἐκκ も発音がかわるので、発音にしたがってあらわします(ギリシャ語の文字と発音:Κ κ」)。有声音になる σ は発音のとおり[z]であらわします(ギリシャ語の文字と発音:Σ σ ς」)。

ἐγγύς πρᾶγμα

鼻音の γ には英語でもおなじみの「ŋ」をつかいます。γ は、γɡ]と κ [k]と ξ [ks]と χ [kʰ]のほかに μ [m]のまえでも鼻音になりました。ν [n]のまえでどうだったかは説がわかれるようですが、ここでは、単語の最初では鼻音にはならなくて、単語の途中では鼻音になったとかんがえて、そのようにあらわしています(鼻音のガンマ」「ギリシャ語の文字と発音:Γ γ」)。

ῥέω ἄῤῥην

単語のあたまの ρ のように有気記号がついて無声音になるので、発音記号では無声音の記号(ちいさい丸)を下につけて[]とします。単語の途中の ρρῤῥ とかかれることもあるように、ひとつめの ρ は有声音ですが、ふたつめの ρ は無声音なので、発音記号ではふたつめの[r]に無声音の記号をつけて[r]とします(ギリシャ語の文字と発音:Ρ ρ」「無声音になる流音」)。

θρόνος φρήν ἄχρι

ρ は有気閉鎖音 θ φ χ のあとでも無声音になったので、θρ φρ χρ というくみあわせでは、有気閉鎖音のほうに有気音の記号はつけないで、[r]のほうに無声音の記号をつけて、[t][p][k]とあらわします(ギリシャ語の文字と発音:Ρ ρ」「無声音になる流音」)。

χλόη ἰσθμός δάφνη

有気閉鎖音につづくほかの流音と鼻音つまり λμν については、無声音になったのかどうかなんともいえないかもしれませんが、ここでは無声音になったとかんがえて、ρ のばあいとおなじように流音・鼻音のほうに無声音の記号をつけて、有気閉鎖音のほうには有気音の記号はつけません(無声音になる流音」)。

οἷος λεύειν ζῷον

ギリシャ文字には半母音をあらわす文字はありません。それでも、半母音の発音があらわれることがあります。二重母音に母音がつづくばあいには二重母音のあとにわたり音がはいったともいわれているので、ここではそれにしたがって半母音をいれています。また、下がきのイオータをつかってあらわされる ながい二重母音では、そのあとに母音がつづくとイオータは半母音だったという説にしたがって、半母音として表記しています。

οἷος λεύειν θύραι εἰσίν αὖ ἐγώ

韻文では、母音がつづいている二重母音が韻律にあわせてみじかく勘定されることがあります。これは二重母音の第二要素が半母音として発音されたとかんがえられるので、そのようにあらわします。

例文「北風と太陽」

つぎに発音記号の例文をあげておきます。『国際音声記号ガイドブック』とか『世界言語概説』(研究社)では例文として「北風と太陽」をつかっているので、ここでもアイソーポス(イソップ)の「北風と太陽」の原文をつかうことにします。

Βορέας καὶ Ἥλιος περὶ δυνάμεως ἤριζον.
ἔδοξε δὲ αὐτοῖς ἐκείνῳ τὴν νίκην ἀπονεῖμαι
ὃς ἂν αὐτῶν ἄνθρωπον ὁδοιπόρον ἐκδύσῃ.
καὶ ὁ Βορέας ἀρξάμενος σφοδρὸς ἦν· τοῦ δὲ
ἀνθρώπου ἀντεχομένου τῆς ἐσθῆτος μᾶλλον
ἐπέκειτο. ὁ δὲ ὑπὸ τοῦ ψύχους καταπονού-
μενος ἔτι μᾶλλον καὶ περιττοτέραν ἐσθῆτα
προσελάμβανεν, ἕως ἀποκαμὼν ὁ Βορέας τῷ
Ἡλίῳ μεταπαρέδωκε. κἀκεῖνος τὸ μὲν πρῶ-
τον μετρίως προσέλαμψε· τοῦ δὲ ἀνθρώπου τὰ
περισσὰ τῶν ἱματίων ἀποτιθεμένου σφοδρό-
τερον τὸ καῦμα ἐπέτεινε, μέχρις οὗ πρὸς τὴν
ἀλέαν ἀντέχειν μὴ δυνάμενος ἀποδυσάμενος
ποταμοῦ παραρρέοντος ἐπὶ λουτρὸν ἀπῄει.
Ὁ λόγος δηλοῖ ὅτι πολλάκις τὸ πείθειν τοῦ
βιάζεσθαι ἀνυστικώτερόν ἐστι.

まえより語:前より辞、前接語、前接辞、後倚辞。 あとより語:後より辞、後接語、後接辞、前倚辞。 アイソーポス:アイソポス。

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2009.02.11 kakikomi; 2015.09.24 kakinaosi

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