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参考記事: ラテン語の発音(古典式とローマ式)

古典式][ローマ式

最初に古典式発音についてざっと説明して、そのあとローマ式(教会式)発音の説明をします。

古典式

ラテン文字(ローマ字)はその名のとおり もともとラテン語の文字で、よみかたはだいたいローマ字よみです。

ラテン語の母音文字は a e i o u y の6つで、古典時代には母音のながさの区別がありました。辞書や入門書ではながい母音にはのばす記号がついて ā ē ī ō ū ȳ となっていますが、正式のつづりには記号はつきません。

a は ながさだけのちがいだったようですが、それ以外は ながいばあいはせまい母音で、みじかいばあいはひろい母音だったようです。ここでは一応ながい母音は[eː][iː][oː][uː]、みじかい母音は[ɛ][ɪ][ɔ][ʊ]とあらわしておきます。

y はギリシャ語起源の外来語につかわれて、ギリシャ語の υ [y(ː)]をあらわします。これはドイツ語の ü、フランス語の u の発音で、u の口のかたちで i を発音します。

二重母音には ae oe au ei ui eu があって、つづりどおりに発音します。ただしこまかくいえば ae oe の e はせまい母音なので[アイ][オイ]にちかい[アエ][オエ]です。ei ui eu というつづりでも二重母音ではないものもあります。

半母音の i u は[j][w]ですが、これには j v をつかうこともあります。このばあいも j は[j]、v は[w]という発音です。例: Jūlius [jûːliʊs ユーリウス]、Venus [wɛ́nʊs ウェヌス]。

母音にはさまれた半母音の i/j は[jj]になります。このばあい i/j のまえの母音にのばす記号をつける習慣がありますが、その母音はのばしません。māior/mājor は[májjɔr マイヨル]と発音します。ただし Gāius だけは例外で[ɡâːiʊs ガーイウス]になります。

b は s と t のまえでは無声音[p]になります。例: urbs [ʊ́rps ウルプス])。

c と g は現代の西洋語のように2つの発音があるわけではなくてつねに[k][ɡ]です。ただし gn は[ŋn]になります。例: cōgnōscō [koːŋnôːskoː コーク゚ノースコー]。

単語のおわりの m はそのまえの母音を鼻母音にするだけで子音ではありませんでした。

q のあとにはかならず u がつづいて qu で[kʷ]になります。例: quaestio [kʷâestioː クヮエスティオー]。

おなじように母音のまえの ngu も[ŋɡʷ]になります。また母音のまえの su もおおくのばあい[sʷ]になります。例: lingua [lɪ́ŋɡʷa リングヮ]。

s はつねに[s]、x はつねに[ks]です。

z は[z]ですが、母音のあいだでは[zz]と発音されます。ただし、古典式発音として[dz]と説明しているものもあります。

おなじ子音文字が2つあるばあいは、そのまま2つ分発音されます。例: terra [tɛ́rra テッラ]。

ch ph th はギリシャ語の χ φ θ をうつすもので、もとのギリシャ語のように[kʰ][pʰ][tʰ]と発音します。rh はギリシャ語の をうつしたものです。ギリシャ語の発音は無声音の[]なので、ラテン語としてもそのつもりなのでしょう。

アクセントは2音節の単語ではうしろから2番めの音節にあります。3音節以上の単語では、うしろから2番めの音節がながいばあいにはそこにあって、みじかいばあいにはそのまえの音節つまりうしろから3番めの音節にあります。それ以上まえにはいきません。ながい音節というのは、ながい母音か二重母音がある音節、または母音がみじかくてもそのあとに2つ以上の子音がつづいているばあいのことで、それ以外はみじかい音節です。x は[ks]なのでながい音節をつくります。qu [kʷ] は2つの子音ではなくてひとつの子音としてあつかわれます。ch [kʰ] ph [pʰ] th [tʰ]もそれぞれ2つの子音ではなくてひとつの子音です。閉鎖音(c, g, p, b, t, d)+流音(l, r)のくみあわせはひとつの子音のようにあつかわれます。

-que -ve -ne -ce -met のような まえの単語につづけてかかれる まえより語(enclitic)がついたばあいは、もともとのアクセントではなくなって、まえより語のすぐまえの音節にアクセントがおかれます(まえより語のすぐまえの音節がみじかいばあいはそのひとつまえにアクセントがおかれたという説もあります)。例: páter patérque。

ローマ式

つぎにローマ式(教会式)発音について古典式とのちがいを中心に説明します。これは1903年に教皇ピオ(ピウス)10世がみとめたローマ・カトリックの教会ラテン語の発音です。ただし実際の演奏ではローマ式でうたっているものでもこまかい点で発音にばらつきがあります。また、カトリックのラテン語の曲でもドイツ語圏ではたいていドイツ式にうたわれています。

古典時代の発音では母音のながさの区別がありましたが、教会ラテン語ではその区別はなくなっています。また y は i とおなじになりました。a e i o u の発音は[a][ɛ][i][ɔ][u]です。

二重母音の ae oe は古典時代とは発音がかわってどちらも[ɛ]になりました。au ei ui eu はつづりのとおりです。

子音のよみかたは古典式よりすこし複雑です。c にはふたつの発音があります。[ɛ][i]のまえでは[tʃ]、それ以外では[k]になります。発音が[ɛ]になるつづりは e ae oe、[i]になるつづりは i y なので、こうしたつづりのまえの c は[tʃ]になるということです。それ以外のばあいというのは母音[a][ɔ][u]のまえか子音のまえか単語のおわりということで、そこでは[k]になります。例: Caecilia [tʃɛˈtʃilia チェチリア]、cymbalum [ˈtʃimbalum チンバルム]。

c をふくむつづりにもおなじ区別があります。sc は[ɛ][i]のまえでは[(ʃ)ʃ]、それ以外では[sk]になります。xc は[ɛ][i]のまえでは[kʃ]、それ以外では[ksk]になります。cc は[ɛ][i]のまえでは[ttʃ]、それ以外では[kk]になります。例: sceptrum [ˈʃɛptrum シェプトルム]、discipulus [di(ʃ)ˈʃipulus ディ(ッ)シプルス]、discantus [disˈkantus ディスカントゥス]、exceptus [ɛkˈʃɛptus エクシェプトゥス]、excubitor [ɛksˈkubitɔr エクスクビトル]、ecce [ˈɛttʃɛ エッチェ]、accola [ˈakkɔla アッコラ]。

g にもふたつの発音があって、[ɛ][i]のまえでは[dʒ]、それ以外では[ɡ]になります。c の区別とおなじです。例: genius [ˈdʒɛnius ヂェニウス]、gymnicus [ˈdʒimnikus ヂムニクス]。

gn は古典式とはちがって[(ɲ)ɲ]です。もともとは[ŋn]というふたつの鼻音でしたが、このふたつが同化して中間の位置の鼻音になりました。例: agnus [ˈa(ɲ)ɲus ア(ン)ニュス]。

h は発音しません。ただし mihi と nihil は例外で、この h は[k]と発音して[ˈmiki ミキ][ˈnikil ニキル]となります。また ch rh th の h も発音しないので[k][r][t]になります。ch はつぎにつづくものによるちがいはありません。例: hymnus [ˈimnus イムヌス]、schema [ˈskɛma スケマ]、rhetorica [rɛˈtɔrika レトリカ]、Thomas [ˈtɔmas トマス]。

ph は古典式とはちがって[f]になります。英語とかとおなじです。例: phoenix [ˈfɛniks フェニクス]。

半母音の i j は古典式とおなじ[j]ですが、母音のあいだで[jj]にはなりません。例: alleluia [allɛˈluja アッレルヤ]、jejunus [jɛˈjunus イェユヌス]。

単語のおわりの m は子音として発音します。

s は古典式ではつねに[s]でしたが、ローマ式では母音のあいだで[z]になります。ただし単語の最初の s は複合語で母音にはさまれても[s]のままです。また(もともとギリシャ語のためか) eleison の s も[z]になりません(キリエ・エレイソン」)。ss はそれぞれの s が母音にはさまれてはいないので[ss]です。例: musica [ˈmuzika ムズィカ]、desuper (de-super) [ˈdɛsupɛr デスペル]、passio [ˈpassiɔ パッスィオ]。

ti のあとに母音がつづくと ti の発音はふたとおりになります。ti+母音のまえに s t x があるときは[ti]ですが、それ以外のばあいは[tsi]になります。ただし『ミサ曲・ラテン語・教会音楽 ハンドブック』では prophetia と tiara は例外で[tsi]にならないとしています。例: hostia [ˈɔstia オスティア]、mixtio [ˈmikstiɔ ミクスティオ]、gratia [ˈɡratsia グラツィア]、lectio [ˈlɛktsiɔ レクツィオ]、Pontio [ˈpɔntsiɔ ポンツィオ]。

v は古典式とはちがって[v]です。例: ave [ˈavɛ アヴェ]。

x はほとんどのばあい[ks]ですが、ex+(h, s+)母音のときは[ɡz]になります。例: exaudio [ɛɡˈzaudiɔ エグザウディオ]、exhibeo [ɛɡˈzibɛɔ エグズィベオ]、exsulto [ɛɡˈzultɔ エグズルト]。

z は[dz]です。例: zephyrus [ˈdzɛfirus ヅェフィルス]。

ローマ式でもアクセントの位置は古典式とおなじです。ローマ式では母音のながさの区別はないわけですが、古典式の母音のながさがわかっていないとアクセントの位置がわからないばあいがあります。ただし歌詞のばあい、グレゴリオ聖歌のような拍子のない音楽でなければ、音楽からアクセントの位置がわかります。

古典ラテン語のアクセントは たかさアクセントだったという説にしたがって発音記号には たかさアクセントの記号をつかっています。ながい母音か二重母音にアクセントがあるばあいは1拍めがたかくて2拍めがひくいという『グレゴリオ聖歌』(水嶋良雄著、音楽之友社)の説明にしたがってヤマガタ記号をつけました。また歴史的には「教会ラテンのアクセントは,まず第1に,音を高めるという特質を有す」(『グレゴリオ聖歌』)ということなのですが、それ以後の中世の発音や現在うたわれている発音をかんがえにいれて、ローマ式では つよさアクセントの記号をつかっています。アクセントについては「「物質的」になったアクセント」も参照してください。

参考文献
● W. Sydney Allen, Vox Latina: A Guide to the Pronunciation of Classical Latin, second edition (Cambridge University Press).
● Edgar H. Sturtevant, The Pronunciation of Greek and Latin, second edition (Ares).
● Timothy J. McGee, A. G. Rigg & David N. Klausner (ed.), Singing Early Music: The Pronunciation of European Languages in the Late Middle Ages and Renaissance (Indiana University Press).
● 水嶋良雄『グレゴリオ聖歌』音楽之友社
● 三ヶ尻正『ミサ曲・ラテン語・教会音楽 ハンドブック ―ミサとは・歴史・発音・名曲選―』ショパン

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 ・キリエ・エレイソン

2011.07.12 kakikomi; 2014.12.20 kakinaosi

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