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参考記事: わかちがきのための単語のみわけかた

学校でおそわる国文法では、品詞をおおきく自立語と付属語にわけていて、付属語には助詞と助動詞があります。でも、この付属語という くくりにはちょっと問題があって、付属語ということになっている助詞と助動詞は、単語としての付属 と、語尾としての付属 形式 にわけられます。つまり、国文法の品詞は単語とはちがうばあいがあるということです(国文法のおかしなところ」)。そのため、単語式のわかちがきに国文法はあまり役にたちません(かな漢字変換ソフトの開発にも国文法は役にたたなかったようです)。

日本語が単語によるわかちがきをしていないために、国文法には単語という意識がなくて、単語よりもこまかい単位までふくめて品詞分解してしまっています。そのために付属語と付属形式の区別がありません。

わかちがきには単語式のほかに文節式とか折衷式とかがありますが、文節式ならば、単語というものをかんがえる必要はありません。国文法をもとにして、自立語のまえはきりはなして、付属語は自立語につなげる、というふうにすればそれですみます。ただそれだと、国文法の問題点がみえてきません。単語式のわかちがきをするなら、国文法ではわからない単語というものを意識することになって、日本語の文法をみなおすきっかけにもなります。

ローマ字文のわかちがきは単語式なのですが、かな文字文のばあいは文節式のほうがいいというかんがえかたがあるようです。でも、ローマ字文と かな文字文で共通のわかちがきをしたほうがいいのではないでしょうか。それに、文節式だと文章の最後の文節にいろんな付属語がつづいて、ダラダラとながくなっていまうこともおおいので、そのことからいっても、単語式のほうがいいとかんがえています。

文節式とか折衷式でも、固有名詞とか外来語につづく助詞はきりはなす、ということをするやりかたがあります。でも、こういう区別をするぐらいなら、単語式みたいにすべて きりはなしたほうが簡単ではないでしょうか。

ここでは、単語式のわかちがきをするために、日本語の単語をみわける方法を、服部四郎『言語学の方法』(岩波書店)におさめられている「附属語と附属形式」という論文をもとにして、まとめてみることにします。

例文でカタカナになっているのが、問題になっている付属語か付属形式で、わかちがきとしては、付属語は きりはなして、付属形式はつなげる、ということになります。論文からの引用文は《 》にいれておきました。それと、この論文は日本語だけをあつかっているわけではなくて、どのことばにも通用するものとして論じています。

《原則Ⅰ. 職能や語形変化の異なる色々の自立形式につくものは自由形式(すなわち、「附属語」)である》。簡単にいえば、いろんな品詞の自立語につくものは付属語つまり単語ということです。こういう付属語は、わかちがきとしては、そのまえの単語からきりはなします。たとえば、

ねこノ 京都までノ 大阪からノ  ちょっとノ

という例をみてみると、「ノ」は、「ねこ」という名詞、「まで」「から」という助詞、「ちょっと」という副詞、というように、ちがう品詞についているので、付属語つまり単語だとことになります。おなじようにして、カタカナでかいた つぎのようなものも単語だということがわかります。

ねこノが きれいなノが きくノが あかいノが
ねこダケ きれいなダケ きくダケ あかいダケ
ねこだケレド きれいだケレド きくケレド あかいケレド
ねこだトすれば きれいだトすれば きくトすれば あかいトすれば
音楽ヲ ねこのヲ あなただけヲ くるかこないかヲ
音楽ハ 京都にハ 大阪からハ きれいでハ きいてハ あかくてハ
音楽モ 京都にモ 大阪からモ きれいでモ きいてモ あかくてモ
音楽サエ 京都にサエ 大阪からサエ きれいでサエ きいてサエ
音楽だゾ 大阪からだゾ きれいだゾ きくゾ あかいゾ
音楽だヨ 大阪からだヨ きれいだヨ きくヨ あかいヨ
音楽だネ 京都にネ 大阪からネ ねこをネ きれいだネ きくネ あかいネ
音楽ヤ文学 わたしのヤあなたの 1枚ヤ2枚 しあわせヤふしあわせ
音楽ダ 大阪からダ きれいダ きくのダ あかいからダ
音楽ラシイ 大阪からラシイ きれいラシイ きくラシイ あかいラシイ
音楽カ 大阪からカ きれいカ きくカ あかいカ
音楽ナラ 大阪からナラ きれいナラ きくナラ きくのナラ あかいナラ
音楽デある 大阪からデある きれいデある きくのデある あかいからデある
見学ニいく 見学しニいく 音楽をききニいく
反省ナサイ 反省しナサイ そうナサイ そうしナサイ おききナサイ ききナサイ
残念ナガラ ききナガラ うまれナガラ しっていナガラ われナガラ しかしナガラ いつもナガラ なみだナガラの せまいナガラも

《自立形式につくというだけでは、附属語と認めるわけには行かない》。たとえば、「きくマイ」「きくナ(禁止)」「ききマス」「ききタイ」の「マイ」「ナ」「マス」「タイ」は、《同一の職能の、1種類の自立語のみにつくから、附属形式と認められる》。つまり、動詞だけにつくので、単語ではなくて語尾だということになります。このようなものは、わかちがきとしても きりはなしません。

《附属形式につくものは、勿論附属形式である》。たとえば、「おおきナ」「ちいさナ」「すでニ」「ほんノ(すこし)」のばあい、「オオキ」「チイサ」「スデ」「ホン」が自立語としてつかわれることがない付属形式なので、この「ナ」「ニ」「ノ」も付属形式ということになります。それから、「きいテ」「うっテ」「およいデ」「くんデ」の「キイ」「ウッ」「オヨイ」「クン」と「テ」「デ」がそれぞれ付属形式なので、「みテ」「たべテ」「あかくテ」の「テ」も付属形式ですし(「ミ」「タベ」「アカク」とかは自立形式とおなじかたちをしていますが)、「きいタ」「うっタ」「およいダ」「くんダ」「あかかっタ」のばあいも、「キイ」とかおなじで「アカカッ」と「タ」「ダ」も付属形式なので、「みタ」「たべタ」の「タ」も付属形式ということになります。おなじように、「きかナイ」「うらナイ」「およがナイ」「くまナイ」「みナイ」「たべナイ」の「ナイ」、「きけバ」「うれバ」「およげバ」「くめバ」「みれバ」「たべれバ」「あかけれバ」の「バ」も付属形式です(「キカ」「ウラ」「オヨガ」「クマ」「ミレ」「タベレ」「アカケレ」が付属形式なので)。国文法の用語をつかっていえば、未然形・連用形・仮定形につく助詞・助動詞は付属形式なので、わかちがきとしては用言につなげる、ということになります。

《原則Ⅱ. 二つの形式の間に別の単語が自由に現れる場合には、その各々は自由形式である。従って、問題の形式は附属語である》。たとえば、形容詞につく「ナイ」と動詞につく「ナイ」をくらべてみると、形容詞のばあいは、

あかくナイ あかくはナイ あかくもナイ
うつくしくナイ うつくしくはナイ うつくしくもナイ

になって、「あかく」と「ナイ」、「うつくしく」と「ナイ」のあいだに「は」「も」とかがはいりこめるので、この「ナイ」は付属語つまり単語なのに対して、動詞のばあい、「きかナイ」は「きかはナイ」「きかもナイ」とはならないので、こっちの「ナイ」は付属形式つまり語尾ということになります。これに「は」「も」をはいりこませるには、「ききはしナイ」「ききもしナイ」というふうに、「きか」が「きき」にかわって「ナイ」も「しナイ」にしなくてはいけません。国文法にもこのふたつの区別はあって、形容詞につく「ナイ」は形容詞、動詞につく「ナイ」は助動詞、ということになっています。形容詞の「ナイ」はもちろん自立語なので、そのまえの形容詞とは きりはなします。助動詞の「ナイ」は、国文法でいうのとはちがって付属形式なので、まえにある動詞につなげます。それから、

読書スル 読書をスル 読書はスルが 読書もスルし
得スル 得をスル 得はスルが 得もスルし

というように、「どくしょ」とかと「スル」のあいだにほかの単語がはいりこめるので、こういうのはそれぞれが単語だということになります。これに対して、「愛する」「属する」とかのばあいは「愛はスルが」とかにはならないで、「愛しはスルが」「愛しもスルし」というふうになるので、「あいする」「ぞくする」でそれぞれひとつの単語です。わかちがきとしては、「どくしょする」のようなものは「どくしょ」と「する」をきりはなすのに対して、「あいする」のようなものは きりはなしません。

《原則Ⅲ. 結びついた二つの形式が互に位置を取りかえて現れ得る場合には、両者ともに自由形式である》。日本語についてはこの原則はとくに必要ではないみたいで、英語の「He is...」「Is he...」、ドイツ語の「Sie kommen...」「Kommen Sie...」なんかがいい例でしょう。

ちなみに、この論文では、こういう区別は段階的なもので、たとえば付属形式のなかでも「マス」「タイ」はほかのものにくらべて むすびつきがよわく、「マス」と「タイ」では「タイ」のほうが むすびつきがつよい、ということもいっています(わかちがきのいくつかの問題点」)。

わかちがき:分かち書き、分ち書き。

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[つぎに、ここでまとめた単語のわけかたにもとづいて、単語単位でわかちがきした うえの文章をのせておきます。こういう単語式のわかちがきは基本的に「東大式」のわかちがきとおなじものです。「東大式」では、カナひと文字の助詞とかがつづくばあいは、そのふたつをつなげてもいいことになっていますが、ここではあくまで単語でわけるということで、そういうふうにはしていません。「東大式」については、「Rômazi Bunko」というサイトにある「わたしたちの分ち書きが決まるまで(後藤篤行)」を参照してください。]

わかちがき の ため の たんご の みわけかた

がっこう で おそわる こくぶんぽう で は、 ひんし を おおきく じりつご と ふぞくご に わけて いて、 ふぞくご に は じょし と じょどうし が あります。 で も この ふぞくご と いう くくり に は ちょっと もんだい が あって、 ふぞくご と いう こと に なって いる じょし と じょどうし は、 たんご と して の ふぞく と、 ごび と して の ふぞく けいしき に わけられます。 つまり、 こくぶんぽう の ひんし は たんご と は ちがう ばあい が ある と いう こと です (こくぶんぽう の おかしな ところ」)。 その ため、 たんご しき の わかちがき に こくぶんぽう は あまり やく に たちません (かな・かんじ へんかん そふと の かいはつ に も こくぶんぽう は やく に たたなかった よう です)。

にほんご が たんご に よる わかちがき を して いない ため に、 こくぶんぽう に は たんご と いう いしき が なくて、 たんご より も こまかい たんい まで ふくめて ひんし ぶんかい して しまって います。 その ため に ふぞくご と ふぞく けいしき の くべつ が ありません。

わかちがき に は たんご しき の ほか に ぶんせつ しき と か せっちゅう しき と か が あります が、 ぶんせつ しき ならば、 たんご と いう もの を かんがえる ひつよう は ありません。 こくぶんぽう を もと に して、 じりつご の まえ は きりはなして、 ふぞくご は じりつご に つなげる、 と いう ふう に すれば それ で すみます。 ただ それ だ と こくぶんぽう の もんだいてん が みえて きません。 たんご しき の わかちがき を する なら、 こくぶんぽう で は わからない たんご と いう もの を いしき する こと に なって、 にほんご の ぶんぽう を みなおす きっかけ に も なります。

ろーまじ ぶん の わかちがき は たんご しき な の です が、 かなもじ ぶん の ばあい は ぶんせつ しき の ほう が いい と いう かんがえかた が ある よう です。 で も ろーまじ ぶん と かなもじ ぶん で きょうつう の わかちがき を した ほう が いい の で は ない でしょう か。 それ に、 ぶんせつ しき だ と ぶんしょう の さいご の ぶんせつ に いろんな ふぞくご が つづいて、 だらだら と ながく なって しまう こと も おおい の で、 その こと から いって も、 たんご しき の ほう が いい と かんがえて います。

ぶんせつ しき と か せっちゅう しき で も、 こゆう めいし と か がいらいご に つづく じょし は きりはなす、 と いう こと を する やりかた が あります。 で も こう いう くべつ を する ぐらい なら、 たんご しき みたい に すべて きりはなした ほう が かんたん で は ない でしょう か。

ここ で は、 たんご しき の わかちがき を する ため に、 にほんご の たんご を みわける ほうほう を、 はっとり しろう の 「ふぞくご と ふぞく けいしき」 と いう ろんぶん を もと に して、 まとめて みる こと に します。

れいぶん で かたかな に なって いる の が、 もんだい に なって いる ふぞくご か ふぞく けいしき で、 わかちがき と して は、 ふぞくご は きりはなして、 ふぞく けいしき は つなげる、 と いう こと に なります。 ろんぶん から の いんよう は 《 》 に いれて おきました。 それ と、 この ろんぶん は にほんご だけ を あつかって いる わけ で は なくて、 どの ことば に も つうよう する もの と して ろんじて います。

《げんそく Ⅰ. しょくのう や ごけい へんか の ことなる いろいろ の じりつ けいしき に つく もの は じゆう けいしき (すなわち、 「ふぞくご」) で ある》。 かんたん に いえば、 いろんな ひんし の じりつご に つく もの は ふぞくご つまり たんご と いう こと です。 こう いう ふぞくご は、 わかちがき と して は その まえ の たんご から きりはなします。 たとえば、

ねこ ノ、 きょうと まで ノ、 おおさか から ノ、 ちょっと ノ

と いう れい を みて みる と、 「ノ」 は、 「ねこ」 と いう めいし、 「まで」 「から」 と いう じょし、 「ちょっと」 と いう ふくし、 と いう よう に ちがう ひんし に ついて いる の で、 ふぞくご つまり たんご だ と こと に なります。 おなじ よう に して、 かたかな で かいた つぎ の よう な もの も たんご だ と いう こと が わかります。

ねこ ノ が、 きれい な ノ が、 きく ノ が、 あかい ノ が
ねこ ダケ、 きれい な ダケ、 きく ダケ、 あかい ダケ
ねこ だ ケレド、 きれい だ ケレド、 きく ケレド、 あかい ケレド
ねこ だ ト すれば、 きれい だ ト すれば、 きく ト すれば、 あかい ト すれば
おんがく ヲ、 ねこ の ヲ、 あなた だけ ヲ、 くる か こない か ヲ
おんがく ハ、 きょうと に ハ、 おおさか から ハ、 きれい で ハ、 きいて ハ、 あかくて ハ
おんがく モ、 きょうと に モ、 おおさか から モ、 きれい で モ、 きいて モ、 あかくて モ
おんがく サエ、 きょうと に サエ、 おおさか から サエ、 きれい で サエ、 きいて サエ
おんがく だ ゾ、 おおさか から だ ゾ、 きれい だ ゾ、 きく ゾ、 あかい ゾ
おんがく だ ヨ、 おおさか から だ ヨ、 きれい だ ヨ、 きく ヨ、 あかい ヨ
おんがく だ ネ、 きょうと に ネ、 おおさか から ネ、 ねこ を ネ、 きれい だ ネ、 きく ネ、 あかい ネ
おんがく ヤ ぶんがく、 わたし の ヤ あなた の、 1 まい ヤ 2 まい、 しあわせ ヤ ふしあわせ
おんがく ダ、 おおさか から ダ、 きれい ダ、 きく の ダ、 あかい から ダ
おんがく ラシイ、 おおさか から ラシイ、 きれい ラシイ、 きく ラシイ、 あかい ラシイ
おんがく カ、 おおさか から カ、 きれい カ、 きく カ、 あかい カ
おんがく ナラ、 おおさか から ナラ、 きれい ナラ、 きく ナラ、 きく の ナラ、 あかい ナラ
おんがく デ ある、 おおさか から デ ある、 きれい デ ある、 きく の デ ある、 あかい から デ ある
けんがく ニ いく、 けんがく し ニ いく、 おんがく を きき ニ いく
はんせい ナサイ、 はんせい し ナサイ、 そう ナサイ、 そう し ナサイ、 おきき ナサイ、 きき ナサイ
ざんねん ナガラ、 きき ナガラ、 うまれ ナガラ、 しって い ナガラ、 われ ナガラ、 しかし ナガラ、 いつも ナガラ、 なみだ ナガラ の、 せまい ナガラ も

《じりつ けいしき に つく と いう だけ で は、 ふぞくご と みとめる わけ に は いかない》。 たとえば、 「きくマイ」 「きくナ (きんし)」 「ききマス」 「ききタイ」 の 「マイ」 「ナ」 「マス」 「タイ」 は、 《どういつ の しょくのう の、 1 しゅるい の じりつご のみ に つく から、 ふぞく けいしき と みとめられる》。 つまり、 どうし だけ に つく の で、 たんご で は なくて ごび だ と いう こと に なります。 この よう な もの は、 わかちがき と して も きりはなしません。

《ふぞく けいしき に つく もの は、 もちろん ふぞく けいしき で ある》。 たとえば、 「おおきナ」 「ちいさナ」 「すでニ」 「ほんノ (すこし)」 の ばあい、 「オオキ」 「チイサ」 「スデ」 「ホン」 が じりつご と して つかわれる こと が ない ふぞく けいしき な の で、 この 「ナ」 「ニ」 「ノ」 も ふぞく けいしき と いう こと に なります。 それ から、 「きいテ」 「うっテ」 「およいデ」 「くんデ」 の 「キイ」 「ウッ」 「オヨイ」 「クン」 と 「テ」 「デ」 が それぞれ ふぞく けいしき な の で、 「みテ」 「たべテ」 「あかくテ」 の 「テ」 も ふぞく けいしき です し (「ミ」 「タベ」 「アカク」 と か は じりつ けいしき と おなじ かたち を して います が)、 「きいタ」 「うっタ」 「およいダ」 「くんダ」 「あかかっタ」 の ばあい も、 「キイ」 と か おなじ で 「アカカッ」 と 「タ」 「ダ」 も ふぞく けいしき な の で、 「みタ」 「たべタ」 の 「タ」 も ふぞく けいしき と いう こと に なります。 おなじ よう に、 「きかナイ」 「うらナイ」 「およがナイ」 「くまナイ」 「みナイ」 「たべナイ」 の 「ナイ」、 「きけバ」 「うれバ」 「およげバ」 「くめバ」 「みれバ」 「たべれバ」 「あかけれバ」 の 「バ」 も ふぞく けいしき です (「キカ」 「ウラ」 「オヨガ」 「クマ」 「ミレ」 「タベレ」 「アカケレ」 が ふぞく けいしき な の で)。 こくぶんぽう の ようご を つかって いえば、 みぜんけい れんようけい かていけい につく じょし じょどうし は ふぞく けいしき な の で、 わかちがき と して は ようげん に つなげる、 と いう こと に なります。

《げんそく Ⅱ. ふたつ の けいしき の あいだ に べつ の たんご が じゆう に あらわれる ばあい に は、 その おのおの は じゆう けいしき で ある。 したがって、 もんだい の けいしき は ふぞくご で ある》。 たとえば、 けいようし に つく 「ナイ」 と どうし に つく 「ナイ」 を くらべて みる と、 けいようし の ばあい は、

あかく ナイ、 あかく は ナイ、 あかく も ナイ
うつくしく ナイ、 うつくしく は ナイ、 うつくしく も ナイ

に なって、 「あかく」 と 「ナイ」、 「うつくしく」 と 「ナイ」 の あいだ に 「は」 「も」 と か が はいりこめる の で、 この 「ナイ」 は ふぞくご つまり たんご な の に たいして、 どうし の ばあい、 「きかナイ」 は 「きか は ナイ」 「きか も ナイ」 と は ならない の で、 こっち の 「ナイ」 は ふぞく けいしき つまり ごび と いう こと に なります。 これ に 「は」 「も」 を はいりこませる に は、 「きき は しナイ」 「きき も しナイ」 と いう ふう に、 「きか」 が 「きき」 に かわって 「ナイ」 も 「しナイ」 に しなくて は いけません。 こくぶんぽう に も この ふたつ の くべつ は あって、 けいようし に つく 「ナイ」 は けいようし、 どうし に つく 「ナイ」 は じょどうし、 と いう こと に なって います。 けいようし の 「ナイ」 は もちろん じりつご な の で、 その まえ の けいようし と は きりはなします。 じょどうし の 「ナイ」 は、 こくぶんぽう で いう の と は ちがって ふぞく けいしき な の で、 まえ に ある どうし に つなげます。 それ から、

どくしょ スル、 どくしょ を スル、  どくしょ は スル が、 どくしょ も スル し
とく スル、 とく を スル、 とく は スル が、 とく も スル し

と いう よう に、 「どくしょ」 と か と 「スル」 の あいだ に ほか の たんご が はいりこめる の で、 こう いう の は それぞれ が たんご だ と いう こと に なります。 これ に たいして、 「あいする」 「ぞくする」 と か の ばあい は 「あい は スル が」 と か に は ならない で、 「あいし は スル が」 「あいし も スル し」 と いう ふう に なる の で、 「あいする」 「ぞくする」 で それぞれ ひとつ の たんご です。 わかちがき と して は、 「どくしょする」 の よう な もの は 「どくしょ」 と 「する」 を きりはなす の に たいして、 「あいする」 の よう な もの は きりはなしません。

《げんそく Ⅲ. むすびついた ふたつ の けいしき が たがい に いち を とりかえて あらわれうる ばあい に は、 りょうほう とも に じゆう けいしき で ある》。 にほんご に ついて は この げんそく は とくに ひつよう で は ない みたい で、 えいご の 「He is...」 「Is he...」、 どいつご の 「Sie kommen...」 「Kommen Sie...」 なん か が いい れい でしょう。

ちなみ に、 この ろんぶん で は、 こう いう くべつ は だんかい てき な もの で、 たとえば ふぞく けいしき の なか で も 「マス」 「タイ」 は ほか の もの に くらべて むすびつき が よわく、「マス」 と 「タイ」 で は 「タイ」 の ほう が むすびつき が つよい、 と いう こと も いって います (わかちがき の いくつ か の もんだいてん」)。

2008.09.14 kakikomi; 2009.01.13 kakitasi

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