参考記事: ギリシャ語の文字と発音
[Α α][Β β][Γ γ][Δ δ][Ε ε][Ζ ζ][Η η][Θ θ][Ι ι][Κ κ][Λ λ][Μ μ][Ν ν][Ξ ξ][Ο ο][Π π][Ρ ρ][Σ σ ς][Τ τ][Υ υ][Φ φ][Χ χ][Ψ ψ][Ω ω]
[ΑΙ αι][ΕΙ ει][ΟΙ οι][ΥΙ υι][ΑΥ αυ][ΕΥ ευ][ΟΥ ου][ΗΥ ηυ]
[下書きのイオータ][アクセント記号と気息記号など][句読点]
それぞれの文字の説明の最初にギリシャ文字と発音記号で示したのは文字の名前で、上が古典時代(紀元前5・4世紀)のアテネ(古典ギリシャ語でアテーナイ)、というかアッティカ地方のもの、下が現代のものです。現代ギリシャ語ではアクセントのある母音は長めに発音されますが(イタリア語ほど長くはありません)、古典語とちがって母音の長さの区別があるわけではないので、発音記号としてはあらわしていません。
それぞれの名前のあとには文字のあらわす発音を発音記号であげてあります。
ギリシャ文字の名前については「ギリシャ文字の名前(古典ギリシャ語・現代ギリシャ語・英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語)」にもまとめてあります。また、「日本でみかけるギリシャ文字の名前」でもギリシャ文字の名前について、とくに日本でつかわれている名前と英語読みについて書いています。
発音記号については「古典ギリシャ語の発音記号」を参照してください。
Α α
古典語は「アルパ」で、現代語は「アルファ」です。これからすると日本語で「アルファ」と言っているのは現代ギリシャ語から来ているようにも思えますが、たぶんそうではないでしょう。古典式発音には「アルパ」のほかに「アルファ」と読むやりかたもあるので(とくに欧米の伝統的な古典式では)、それがもとになったか、あるいは、英語でもドイツ語でもフランス語でも「アルファ」と発音するので、そのあたりが日本語に入ったのではないでしょうか。古代と現代では発音がかわっただけでおなじ名前ですが、つづりとしては記号がすこしちがっています。現代語としては必要がなくなった記号が1982年に廃止されたので、それ以来、下のようにアクセント記号だけになりました。
発音は、古典語では短い[ア]と長い[アー]の場合があります。現代語では母音の長さの区別がなくなったので[ア]だけです(アクセントがあると長めになります)。
この文字は、アルファベット式の数字として、αʹ で1、͵α で1000をあらわします。
Β β
古典語の名前は「ベータ」ですが、現代語だと発音がかわって「ヴィータ」になりました。1982年から、3つあったアクセント記号がひとつだけ(鋭アクセント)になったので、つづりとしては、アクセント記号がかわっています。
この文字の別のかたちに ϐ というのがあって(要するに β の筆記体)、ユニコードにも入っています。この異体字はフランスで出版された本で使われていて、単語の頭では β、それ以外では ϐ が使われます。
名前の発音からわかるとおり、この文字の発音は、古典語では[b]、現代語では[v]です。したがって、古典語では π [p]の有声音でしたが、現代語では φ [f]の有声音になっています。
現代語では[b]という音は μπ というつづりであらわします。
この文字は、アルファベット式の数字として、βʹ で2、͵β で2000をあらわします。
Γ γ
古典語なら「ガンマ」、現代語なら「ガーマ」という感じです。現代語では μμ はひとつの子音としてしか読みません。また、発音記号からわかるように、ガンマそのものの発音もちがっています。現代語には発音にあわせた γάμα というつづりもあります。
西ギリシャのガンマの丸い変種(当時はいまの大文字にあたるものしかありません)が、エトルリア文字を経由して、ラテン文字(ローマ字)の C になりました。ただしラテン語の C は最初は[k]と[ɡ]をあらわしていたのですが、のちに C に1画つけくわえて[ɡ]をあらわす G ができたので、C は[k]専用になりました(名前の略字では[ɡ]をあらわすばあいが残りました)。
発音は、古典語では[ɡ]の音ですが、γ [ɡ]、κ [k]、ξ [ks]、χ [kʰ]、μ [m]のまえでは鼻音、つまりカ行・ガ行のまえの「ン」、発音記号の[ŋ]になります。ν [n]のまえでも鼻音になったかどうかは説がわかれています。この鼻音のガンマには ἄγμα [áŋma アク゚マ](「ク゚」は鼻濁音のグ)という名前があります(→「鼻音のガンマ」「鼻音のかきかた」)。
現代語では、スペイン語にあるような摩擦音の g になりました。日本語のガ行の子音も母音と母音のあいだでこの摩擦音になることがあります。発音記号は[ɣ]で、この発音記号はガンマがもとになっています。また、母音[i][e]のまえでは口がい化して、ヤ行の子音みたいな音になります(ばあいによってはヤ行とガ行の中間みたいな感じ)。発音記号ではたいてい[j]であらわされます([ʝ]をつかうこともあります)。たとえば γε は[イェ]という感じです([ギェ]にちょっとちかいばあいも)。γ、κ、ξ、χ のまえでは鼻音[ŋ]になります。γγ は[ŋɡ]で、ふたつ目の γ は摩擦音ではありません。さらに、この γγ の[ɡ]は母音[i][e]のまえでは口がい化するので(発音記号は[ɡʲ])、たとえば -γγε は[ŋɡʲe ンギェ]になります。
この文字の発音は、古典語では κ [k]の有声音でしたが、現代語では χ [x, ç]の有声音になっています。
現代語では[ɡ]という音は γκ というつづりであらわします。母音[i][e]のまえでは口がい化して[ɡʲ]になります。
この文字は、アルファベット式の数字として、γʹ で3、͵γ で3000をあらわします。
Δ δ
古典語と現代語で名前のつづりはおなじですが、発音がすこしちがいます。古典語は「デルタ」、現代語は「ゼルタ」です(現代語の名前として「デルタ」というカタカナがきもみられます)。
西ギリシャのデルタのまるい変種(当時はいまの大文字にあたるものしかありません)が、エトルリア文字を経由して、ラテン文字(ローマ字)の D になりました。
発音は、古典語では閉鎖音の[d]ですが、現代語では摩擦音の[ð](英語の the の th の音)になりました。したがって、古典語では τ [t]の有声音でしたが、現代語では θ [θ]の有声音になっています。
現代語では[d]という音は ντ というつづりであらわします。
この文字は、アルファベット式の数字として、δʹ で4、͵δ で4000をあらわします。
Ε ε
日本語でも現代ギリシャ語でも「エプシロン」といっていますが、古典時代の名前は「エー(エイ)」でした。その後、この ε とおなじ発音になった αι と区別するために、ビザンチン時代(中世)に、「二重母音の αι」(α̅ι̅ δίφθογγος)に対して「たんなる ε」「ただの ε」という意味の ἒ ψιλόν [エ プスィロン](かりに古典式でよめば[エ プスィーロン])という名前でよばれるようになって、それが現代ギリシャ語の名前のもとにもなりました。さらに、さまざまな外国語でもこの名前がつかわれています。また、現代ギリシャ語では語尾の -ν [-n]がとれた έψιλο [ˈepsilo エプスィロ]という口語的なかたちもあります。
日本語ではこの文字のことを科学者なまりで「イプシロン」ということがありますが、これでは、現代ギリシャ語やそのほかのさまざまな外国語で υ (ユプシロン)のことを「イプシロン」といっているのとおなじになってしまいます。もしかしたらこのいいかたは英語よみのつもりなのかもしれませんが、epsilon に「イプシロン」という英語の発音はありません。まちがった英語よみがもとになっているのかもしれません(→「日本でみかけるギリシャ文字の名前」)。
この文字にはひと筆がきの ε のほかに、ε というかたちのものもあって、活字やフォントによってちがっているのですが、ユニコードにはこの異体字もはいっています。
発音は、古代でも現代でもみじかい[エ]です。
この文字は、アルファベット式の数字として、εʹ で5、͵ε で5000をあらわします。
Ζ ζ
日本語では「ゼータ」といっていますが、古典時代には「ズデータ」でした。現代語では「ズィータ」です。1982年から、3つあったアクセント記号がひとつだけ(鋭アクセント)になったので、つづりとしては、アクセント記号がかわっています。
発音は、古典時代には[zd]だったのですが(時期によっては[dz]だったともいわれています)、のちには[z]になりました。したがって現代語では[z]です。実用的には古典式でも[z]でいいようなものですが、これはもともと二重子音なので、韻律をかんがえて韻文をよむばあいにはふたつの子音としてよむ必要があります。そのためには、[zd]という発音を採用しないばあい、[zz]または[ddz]とよめばいいでしょう。カタカナでかけば[ッズ]ということで、これで[zz]か[ddz]の発音になります。[dz]だったという説にしても、その[dz]は二重子音なので、日本語のザ行の子音にでてくる破擦音の[dz]ではなくて(ザ行の子音は[z]のばあいもあります)、実際には[ddz]のような発音になります。
この文字は、アルファベット式の数字として、ζʹ で7、͵ζ で7000をあらわします。
Η η
古典時代の名前は「エータ」で、日本語でも「エータ」といっていますが、現代語では「イータ」です。とくに自然科学のほうでは日本語でも「イータ」ということがありますが、それは英語よみです。現代語としては必要がなくなった記号が1982年に廃止されたので、それ以来、下のように鋭アクセント記号だけになっています。
この文字は地域によって、あるいは時期によって[h]の音をあらわしていたので、それがエトルリア文字を経由して、ラテン文字(ローマ字)の H になりました。
発音は古典時代にはひろい[ɛː](アにちかいエのながい母音)でした。これはかならずながい母音です。そのうちだんだん口のひらきがせまくなって[イー]になり、さらに母音のながさの区別もなくなって、現代語では ι υ などとおなじ[イ]になりました。
この文字は、アルファベット式の数字として、ηʹ で8、͵η で8000をあらわします。
Θ θ
日本語では「テータ」とも「セータ」とも「シータ」ともいっているようですが、「テータ」と「セータ」は古典ギリシャ語よみで、「シータ」は英語よみです。「テータ」と「セータ」のちがいは古典式発音のよみかたのちがいによるものですが、古典時代の名前は「テータ」でした。欧米の伝統的な古典式発音では「セータ」とよまれることがおおいようですが、日本でこれをまねする必要はないでしょう。英語よみは結果として現代語の名前とおなじことになっています。1982年から、3つあったアクセント記号がひとつだけ(鋭アクセント)になったので、現代語のつづりはアクセント記号がかわっています。
この文字には θ のほかに、ひと筆がきの ϑ というかたちのものもあって(要するに θ の筆記体)、活字やフォントによってちがっているのですが、ユニコードにはこの異体字もはいっています。
発音は、古典時代には[t]の有気音、つまりはっきりした息をともなった[tʰ]でした。日本語のタ行の子音はたいていそれほどつよくない有気音です。とくに単語のあたまがそうなのですが、ギリシャ語の θ を発音するばあいは、意識的にはっきり息をいれるようにしたほうがいいでしょう。朝鮮語の激音、ペキン語の有気音が参考になるかもしれません。ヒンディー語とかのインドのことばやタイ語とかにも有気音と無気音の区別があるので、そういうものを参考にすることもできるでしょう。
現代語では摩擦音の[θ](英語の think の th の音)になりました。この音をあらわす発音記号は英語の辞書でよくみかけるとおもいますが、このギリシャ文字からとったものです。古典式発音でも、この文字を現代語のような摩擦音でよむやりかたがあって、「セータ」という名前はその発音によるものです。
この文字は、アルファベット式の数字として、θʹ で9、͵θ で9000をあらわします。
Ι ι
日本語では「イオタ」とも「イオータ」ともいっていますが、古典語では「イオータ」です。現代語なら「ヨータ」で、その発音をあらわすために、つづりがすこしちがっています(ガンマがない ιώτα というつづりもあります)。1982年から、3つあったアクセント記号がひとつだけ(鋭アクセント)になったので、アクセント記号もかわっています。
発音は、古典語ではみじかい[イ]とながい[イー]のばあいがあります。
現代語では母音のながさの区別がなくなったので[イ]だけです。アクセントがないと母音のまえで半母音[j]になることがあります。また、まえにある子音を口がい化するはたらきをして、それ自身は半母音でもなくなるばあいもあります。ただし[r]でおわる子音連続のあとでは母音のままです。
この文字は、アルファベット式の数字として、ιʹ で10、͵ι で1万をあらわします。
Κ κ
古典語なら「カッパ」、現代語なら「カーパ」という感じです。現代語では ππ はひとつの子音としてしかよみません。そのため発音にあわせた κάπα というつづりもあります。
この文字には κ のほかに、ひと筆がきの ϰ というかたちのものもあって(要するに κ の筆記体のひとつ)、活字やフォントによってちがっているのですが、ユニコードにはこの異体字もはいっています。
古典語の発音は無気音の[k]です。無気音というのは、有気音と無気音の区別がない日本語のはなし手にとってはかえってむずかしいもので、口のまえに手のひらをだして「カ」と発音して、手のひらに息がかからなければ無気音になっています。実際の発音としては、フランス語・イタリア語・スペイン語の[k]の音、朝鮮語の濃音(ただの無気音ではないけれど)、ペキン語の無気音が参考になるでしょう。
前置詞・接頭辞の ἐκ の κ はつぎの子音と同化します。鼻音以外の有声子音(単語のあたまの ῥ- は無声音なので、ここにはふくまれません)のまえでは[ɡ]になりました。また、γ とおなじように μ [m]のまえでは鼻音、つまりカ行・ガ行のまえの「ン」、発音記号の[ŋ]になったようです。ν [n]のまえでも[ŋ]になったかどうかは説がわかれるところでしょう。また、θ [tʰ]と φ [pʰ]のまえではおなじ有気音の[kʰ]になりました。
現代語の発音も基本的にはかわりがないのですが、母音[i][e]のまえでは口がい化して、日本語の「キ」の子音のような音になります(発音記号は[kʲ])。たとえば κι、κε は[kʲi キ][kʲe キェ]になります。また、γκ というくみあわせになると、単語のあたまでは[ɡ]、それ以外では[ɡ]か[ŋɡ]になります。さらに、この γκ の[ɡ]は母音[i][e]のまえでは口がい化するので(発音記号は[ɡʲ])、たとえば γκε は[(ŋ)ɡʲe (ン)ギェ]になります。
この文字は、アルファベット式の数字として、κʹ で20、͵κ で2万をあらわします。
Λ λ
英語のつづりは lambda ですが、発音は b をよまずに[ˈlæmdə ラムダ]になります。日本語の「ラムダ」はこれからきているのでしょう。古典時代の名前は「ラブダ」でした。その後 λάμβδα [lámbda ランブダ]というかたちもできました。現代語では「ラムザ」ですが、λάμβδα [ˈlaɱvða ランヴザ]というかたちもあります(→「ラムダ、ランブダ、ラブダ」)。
この文字には、ふるくは「レ」みたいなかたちの上下が逆になったものもあって、これがエトルリア文字を経由して、ラテン文字(ローマ字)の L になりました。
発音は、古典語でも現代語でも[l]です。
この文字は、アルファベット式の数字として、λʹ で30、͵λ で3万をあらわします。
Μ μ
古典語なら「ミュー」、現代語なら「ミ」です。1982年から1音節の単語にはアクセント記号をつけなくなりました。現代語には発音にあわせた μι というつづりもあります。
発音は古代でも現代でも[m]ですが、現代語では β [v]と φ [f]のまえではおなじ口のかたちの鼻音[ɱ]になります(→「鼻音のかきかた」)。
この文字は、アルファベット式の数字として、μʹ で40、͵μ で4万をあらわします。
Ν ν
古典語なら「ニュー」、現代語なら「ニ」です。1982年から1音節の単語にはアクセント記号をつけなくなりました。現代語には発音にあわせた νι というつづりもあります。
発音は古代でも現代でも[n]ですが、単語のおわりの ν は、つづけて発音するばあい(とくに意味的につながっているとき)、つぎにつづく子音と同化する傾向があるので、古典語では γ [ɡ]、κ [k]、χ [kʰ]、ξ [ks]のまえでは[ŋ]、β [b]、π [p]、φ [pʰ]、μ [m]のまえでは[m]になりました。さらに、λ [l]のまえでは[l]、ρ [r]のまえでは[r]、σ [s]のまえでは[s]になり、σ+子音のまえではなくなりました。以上の音の変化はふるい碑文にはそのままかかれていますが、その後つづりが固定されて、どのばあいでも語尾の ν はつづりのうえでは ν のままです。この変化は複合語のばあいはそのままつづりにもあらわれています。
現代語では、鼻音としてのこるばあいは、β [v]と φ [f]まえで[ɱ]になるほかは古典語とおなじです。古典語で[l][r][s]というふうに完全に同化してしまうばあいは、現代語では ν はなくなります。また、摩擦音のまえでもなくなることがおおくて、全体として現代語の語尾の ν はなくなる傾向にあります。
この文字は、アルファベット式の数字として、νʹ で50、͵ν で5万をあらわします。
Ξ ξ
「グザイ」「クサイ」は英語よみです。日本語では「クシー」ともいっているようですが、これは古典時代よりあとの発音で、古典時代の名前は「クセー(クセイ)」でした。現代ギリシャ語では「クシ」といいます。ει [eː]というながい母音は口のひらきがさらにせまくなって[iː]になったので、ι とかかれるようになって、現代語のつづりにもなりました。1982年から1音節の単語にはアクセント記号をつけなくなりました。
発音は古代でも現代でも[ks]で、とりあえず英語の x とおなじことです(ただし「ギリシャ語の「ξ」「ψ」の発音」を参照)。現代語では鼻音のあとで[ɡz]になることがあります。
この文字は、アルファベット式の数字として、ξʹ で60、͵ξ で6万をあらわします。
Ο ο
日本語で「オミクロン」、現代ギリシャ語で「オーミクロン」といっていますが、古代ではもともと口のひらきがちいさい「オー」という名前で、古典時代のあいだに「ウー」になったようです。のちに ω と発音のちがいがなくなったので、このふたつを区別するためにビザンチン時代(中世)に「ちいさい ο」「みじかい ο」という意味の ὂ μικρόν [オ ミクロン](かりに古典式でよめば[オ ミークロン])」とよばれるようになって、それが現代ギリシャ語の名前のもとにもなりました。さらに、さまざまな外国語でもこの名前がつかわれています。また、現代ギリシャ語では語尾の -ν [-n]がとれた όμικρο [ˈomikro オーミクロ]という口語的なかたちもあります。
発音は、古代でも現代でもみじかい[オ]です。
この文字は、アルファベット式の数字として、οʹ で70、͵ο で7万をあらわします。
Π π
円周率として有名な「パイ」は英語よみです。日本語では「ピー」ともいっているようですが、これは古典時代よりあとの発音で、古典時代の名前は「ペー(ペイ)」、現代語では「ピ」といいます。ει [eː]というながい母音は口のひらきがさらにせまくなって[iː]になったので、ι とかかれるようになって、現代語のつづりにもなりました。1982年から1音節の単語にはアクセント記号をつけなくなりました。
この文字には π のほかに、ϖ というかたちのものもあって(要するに π の筆記体)、ユニコードにはこの異体字もはいっています。
この文字は、ふるくはタテの棒の一方がみじかかったのですが、それがエトルリア文字を経由してラテン文字(ローマ字)になったあと、さらにみじかいほうのタテの棒がまるくまがってもう一方のタテの棒にくっついて P になりました。
古典語の発音は無気音の[p]です。無気音というのは、有気音と無気音の区別がない日本語のはなし手にとってはかえってむずかしいもので、口のまえに手のひらをだして「パ」と発音して、手のひらに息がかからなければ無気音になっています。実際の発音としては、フランス語・イタリア語・スペイン語の[p]の音、朝鮮語の濃音(ただの無気音ではないけれど)、ペキン語の無気音が参考になるでしょう。
現代語の発音も基本的にはかわりがないのですが、μπ というくみあわせでは、単語のあたまでは[b]、それ以外では[b]か[mb]になります。
この文字は、アルファベット式の数字として、πʹ で80、͵π で8万をあらわします。
Ρ ρ
古典語なら「ロー」、現代語なら「ロ」です。1982年から1音節の単語にはアクセント記号をつけなくなりました。また、気息記号もなくなりました。
この文字は活字やフォントによって ρ だったり ρ だったりするのですが、ユニコードには異体字としてはいっています。
この文字には、1画おおい R というかたちの変種が西ギリシャにあって、エトルリア文字を経由してラテン文字(ローマ字)になったあとは、P と区別するために R のほうがのこりました。
発音は、古典語でも現代語でも、まき舌の[r]です。古典語では、単語のあたまでかならず有気記号(→「アクセント記号と気息記号」)がついて ῥ- になりますが、これは無声の r で、発音記号では[r]の下にちいさい丸をつけます。ローマ人はこれを rh- というつづりでラテン語にうつしました。また、単語の途中で -ρρ- とつづくときは、ひとつ目に無気記号、ふたつ目に有気記号をつけて -ῤῥ- とかくことがあります。これもふたつ目の ρ が無声音だったためで、ローマ人はこれをうつして -rrh- とかきました。さらに、θρ、φρ、χρ というように有気閉鎖音につづくときも ρ は無声音になりました(→「無声音になる流音」)。
文章のなかで単語の最初の ῥ- のまえにみじかい母音があるときは、(つづけて発音されるばあい) ρ が二重になりました。たとえば τὸ ῥῆμα は τοῤῥῆμα のように発音されます。
この文字は、アルファベット式の数字として、ρʹ で100、͵ρ で10万をあらわします。
Σ σ ς
古代と現代では発音がすこしかわっただけで、おなじ「シグマ」という名前です。古典語では曲アクセントがついているつづりもみられるので、それだと「シーグマ」になります。
小文字がふたつありますが、ς のほうは単語のおわりにつかいます。ただし、εἰςάγω (εἰς+ἄγω)のように複合語のまえの要素のおわりにつかわれていたこともあります(一般的には εἰσάγω)。本によっては、大文字・小文字とも C のようなかたちのシグマをつかっているものもあります。
この文字には、Z を反対むきにしてすこしタテにひきのばしたような、角ばった S のような3画の変種がありました。それがエトルリア文字を経由してラテン文字(ローマ字)になったあと、まるくなって S になりました。
発音は、古典語でも現代語でも[s]ですが、有声子音のまえでは[z]になります。ただし ν、λ、ρ のまえで有声音になったのは時代がくだってかららしいので、古典時代のころは β、γ、δ、μ のまえで[z]になったとかんがえておけばいいでしょう。現代語では、λ と ρ のまえでどうなるのか ひとによってちがいがあるのですが、一般的には λ のまえでは[s]、ρ のまえでは[z]になります。
この文字は、アルファベット式の数字として、σʹ で200、͵σ で20万をあらわします。
Τ τ
古典語では「タウ」ですが、現代語では「タフ」という発音になりました。1982年から1音節の単語にはアクセント記号をつけなくなりました。現代語には τα [ta タ]というかたちもあります。
古典語の発音は無気音の[t]です。無気音というのは、有気音と無気音の区別がない日本語のはなし手にとってはかえってむずかしいもので、口のまえに手のひらをだして「タ」と発音して、手のひらに息がかからなければ無気音になっています。実際の発音としては、フランス語・イタリア語・スペイン語の[t]の音、朝鮮語の濃音(ただの無気音ではないけれど)、ペキン語の無気音が参考になるでしょう。
現代語の発音も基本的にはかわりがないのですが、ντ というくみあわせでは、単語のあたまでは[d]、それ以外では[d]か[nd]になります。また、τζ で[dz]をあらわします。
この文字は、アルファベット式の数字として、τʹ で300、͵τ で30万をあらわします。
Υ υ
日本語ではたいてい「ユプシロン」、現代ギリシャ語では「イプシロン」といっていますが、古代の名前は「ヒュー」または「ユー」でした。その後、この υ とおなじ発音になった οι と区別するために、ビザンチン時代(中世)に、「二重母音の οι」(ο̅ι̅ δίφθογγος)に対して「たんなる υ」「ただの υ」という意味の ὒ ψιλόν/ὖ ψιλόν [ユ プスィロン](かりに古典式でよめば[ユー プスィーロン])という名前でよばれるようになって、それが現代ギリシャ語の名前のもとにもなりました。さらに、さまざまな外国語でもこの名前がつかわれています。また、現代ギリシャ語では語尾の -ν [-n]がとれた ύψιλο [ˈipsilo イプスィロ]という口語的なかたちもあります。
発音はみじかい母音とながい母音のばあいがあって、ふるくは[ウ][ウー]でしたが、古典時代には[ユ][ユー]になりました。この[ユ][ユー]というのは日本語のユ[jɯ](子音+母音)ではなくて、発音記号の[y]であらわされる、フランス語の u とかドイツ語の ü とかとおなじ母音です。[u]を発音する口のかたちのまま[i]といえばこの音になります。くちびるのかたちは[u]で舌の位置は[i]というふうにいうこともできます。現代語では ι η などとおなじ[イ]になりました。
この文字は、アルファベット式の数字として、υʹ で400、͵υ で40万をあらわします。
Φ φ
「ファイ」というのは英語よみです。日本語では「フィー」ともいっているようですが、これは古典時代よりあとの発音で、古典時代の名前は「ペー(ペイ)」でした。現代ギリシャ語では「フィ」といいます。ει [eː]というながい母音は口のひらきがさらにせまくなって[iː]になったので、ι とかかれるようになって、現代語のつづりにもなりました。1982年から1音節の単語にはアクセント記号をつけなくなりました。
この文字には φ のほかに、ひと筆がきの ϕ というかたちのものもあって(要するに φ の筆記体のひとつ)、活字やフォントによってちがっているのですが、ユニコードにはこの異体字もはいっています。
発音は、古典時代には[p]の有気音、つまりはっきりした息をともなった[pʰ]でした。日本語のパ行の子音はたいていそれほどつよくない有気音です。とくに単語のあたまがそうなのですが、ギリシャ語の φ を発音するばあいは、意識的にはっきり息をいれるようにしたほうがいいでしょう。朝鮮語の激音、ペキン語の有気音が参考になるかもしれません。ヒンディー語とかのインドのことばやタイ語とかにも有気音と無気音の区別があるので、そういうものを参考にすることもできるでしょう。
現代語では、英語の ph とおなじで[f]の音になりました。古典式発音でも、この文字を現代語のような摩擦音でよむやりかたもあります。
この文字は、アルファベット式の数字として、φʹ で500、͵φ で50万をあらわします。
Χ χ
「カイ」というのは英語よみです。日本語では「キー」ともいっているようですが、これは古典時代よりあとの発音で、古典時代の名前は「ケー(ケイ)」でした。現代ギリシャ語では「ヒ」といいます。ει [eː]というながい母音は口のひらきがさらにせまくなって[iː]になったので、ι とかかれるようになって、現代語のつづりにもなりました。1982年から1音節の単語にはアクセント記号をつけなくなりました。
この文字は西ギリシャでは[ks]をあらわしていました。それがエトルリア文字を経由して、ラテン文字(ローマ字)の X になりました。
発音は、古典時代には[k]の有気音、つまりはっきりした息をともなった[kʰ]でした。日本語のカ行の子音はたいていそれほどつよくない有気音です。とくに単語のあたまがそうなのですが、ギリシャ語の χ を発音するばあいは、意識的にはっきり息をいれるようにしたほうがいいでしょう。朝鮮語の激音、ペキン語の有気音が参考になるかもしれません。ヒンディー語とかのインドのことばやタイ語とかにも有気音と無気音の区別があるので、そういうものを参考にすることもできるでしょう。
現代語では、ドイツ語の ach の ch とおなじ摩擦音[x](つよい[h])になりました。ただし、母音[i][e]のまえでは口がい化して[ç]になって(ドイツ語の ich の ch)、だいたい日本語の「ヒ」の子音([h]とはちがう)とおなじことになります。たとえば χι、χε は[çi ヒ][çe ヒェ]になります。古典式発音でも、この文字を現代語のような摩擦音でよむやりかたもあります。
この文字は、アルファベット式の数字として、χʹ で600、͵χ で60万をあらわします。
Ψ ψ
「プサイ」「サイ」というのは英語よみです。日本語では「プシー」ともいっているようですが、これは古典時代よりあとの発音で、古典時代の名前は「プセー(プセイ)」です。現代ギリシャ語では「プシ」といいます。ει [eː]というながい母音は口のひらきがさらにせまくなって[iː]になったので、ι とかかれるようになって、現代語のつづりになりました。1982年から1音節の単語にはアクセント記号をつけなくなりました。
発音は古代でも現代でも[ps]です(ただし「ギリシャ語の「ξ」「ψ」の発音」を参照)。現代語では鼻音のあとで[bz]になるばあいもあります。
この文字は、アルファベット式の数字として、ψʹ で700、͵ψ で70万をあらわします。
Ω ω
日本語では「オメガ」といっていますが、古代ではもともと口のひらきがおおきい「オー」という名前でした。のちに ο と発音のちがいがなくなったので、このふたつを区別するためにビザンチン時代(中世)に「おおきい ω」「ながい ω」という意味の ὦ μέγα [オ メガ](かりに古典式でよめば[オー メガ])とよばれるようになって、それが現代ギリシャ語の名前のもとにもなりました。さらに、さまざまな外国語でもこの名前がつかわれています。現代ギリシャ語では[オメーガ」です。
発音は、古代ではながくて口のひらきがおおきい[オー](かならずながい)、現代語では ο とおなじ[オ]です。
この文字は、アルファベット式の数字として、ωʹ で800、͵ω で80万をあらわします。
ΑΙ αι
古典語では二重母音[ai アイ]をあらわしています。この二重母音のあとに母音がつづくと、その母音とのあいだにわたり音がはいるので、[aij]となって、たとえば αια は[aija アイヤ]になります。
現代語では ε とおなじ発音、つまり[e エ]になっています。
ΕΙ ει
この2文字であらわされているものにはともとも[ei エイ]と[eː エ~]があったのですが、古典時代にはおなじ口のひらきがせまい[eː エ~](「イー」にちかい「エー」)になりました(日本語で「えい」とかいて「エー」とよむことをかんがえるとわかりやすいかもしれません)。のちにはさらに口のひらきがせまくなって[iː イー]になり、母音のながさのちがいがなくなって、現代語では ι η υ などとおなじ[i イ]になりました。古典式発音としては、日本の入門書では「エイ」とよむのがふつうです。これは、口のひらきがおおきい η [ɛː](こっちは「エー」とよむ)と区別するため、ということもあるのでしょう。このために、ει がふくまれる名前をカタカナがきするときも、たいてい「エイ」とかかれます。英語圏のあたらしい入門書では[eː]とよむものがふえています。
ΟΙ οι
古典語では二重母音[oi オイ]をあらわしています。この二重母音のあとに母音がつづくと、その母音とのあいだにわたり音がはいるので、[oij]となって、たとえば οια は[oija オイヤ]になります。
οι はのちには υ とおなじ発音になって、さらに現代語では ι η υ ει などとおなじ[i イ]になりました。
ΥΙ υι
古典語では二重母音[yi ユイ]をあらわしています(発音記号[y]の発音については「Υ υ」を参照)。この二重母音のあとに母音がつづくと、その母音とのあいだにわたり音がはいるので、[yij]となって、たとえば υια は[yija ユイヤ]になります。
οι は比較的はやい時期に[yː ユー]になったようです。現代語では ι η υ ει οι などとおなじ[i イ]になりました。
ΑΥ αυ
古典語では二重母音[au アウ]をあらわしています。この二重母音のあとに母音がつづくと、その母音とのあいだにわたり音がはいるので、[auw]となって、たとえば αυα は[auwa アウワ]になります。
現代語では、有声音のまえでは[av アヴ]、無声音のまえでは[af アフ]になりました。
ΕΥ ευ
古典語では二重母音[eu エウ]をあらわしていますが。この二重母音のあとに母音がつづくと、その母音とのあいだにわたり音がはいるので、[euw]となって、たとえば ευα は[euwa エウワ]になります。
現代語では、有声音のまえでは[ev エヴ]、無声音のまえでは[ef エフ]になりました。
ΟΥ ου
この2文字であらわされているものにはともとも[ou オウ]と[oː オ~]があったのですが、のちにはおなじ口のひらきがせまい[oː オ~]になって、古典時代のころには[uː ウー]になっていたようです。現代語では、母音のながさの区別がなくなっているので、[u ウ]です。古典式発音ではたいてい「ウー」とよみます。
ΗΥ ηυ
古典語では二重母音[ɛːu エーウ]をあらわしていますが、現代の発音では、有声音のまえでは[iv イヴ]、無声音のまえでは[if イフ]とよみます。
下がきのイオータ
下がきのイオータ(ラテン語で iota subscriptum [イオータ スプスクリープトゥム])とは、α η ω の下にちいさい ι (イオータ)をくわえたもので、古典時代の発音では[aːi アーイ][ɛːi エーイ][ɔːi オーイ]とよみます(このばあいの α はかならずながい)。全部大文字のときと最初が大文字のときはイオータをならべてかくので、ヨコがき(ならべがき)のイオータ(ラテン語で iota adscriptum [イオータ アドスクリープトゥム])といいます(最初が大文字のときも下がきのイオータになっている活字やフォントもあります)。
もともとはすべてヨコがきのイオータだったのですが、のちには[イ]が発音されなくなってただのながい母音になったために、イオータをかかなくなりました。ビザンチン時代(中世)になって、つづりのうえで古代のイオータを復元して下がきのイオータをつけるようになりました。現代の校訂本のなかには、古典時代にしたがって下がきのイオータをつかわずに、すべてヨコがきのイオータにするものもあります。古典式発音で下がきのイオータをよまないやりかたもありますが、古典時代には発音したわけですし、実用的にかんがえても、かいてあるとおりによんだほうがいいのではないかとおもいます。
これに母音がつづくと、イオータは半母音[j]のように発音されたのだろうとかんがえられています。たとえば ᾳα は[aːja アーヤ]のようになります。
現代の発音では[a ア][i イ][o オ]です。
アクセント記号と気息記号など
図は α と αι の小文字と大文字にアクセント記号と気息記号をつけたものです。いちばん上の行の左から順に、鋭アクセント・重アクセント・曲アクセント(以上、アクセント記号)、無気記号・有気記号(以上、気息記号)といいます。二重母音のばあいはふたつめの母音字につけます。ただし、ヨコがきのイオータのときはひとつめの母音字につけます。単語の最初の文字が大文字でそこに記号がつくときはその大文字の左かたにつけますが(上につけていたこともありました)、全部大文字でかくばあいには記号はつけません。アクセント記号と気息記号のくみあわせでは、鋭アクセント記号と重アクセント記号は気息記号の右に、曲アクセント記号は気息記号の上につけます。曲アクセント記号はながい母音か二重母音にしかつきません。Ά のように大文字にアクセント記号だけがつくのは現代語のばあいだけです。
曲アクセント記号はもともと鋭アクセント記号と重アクセント記号をくっつけたもので、アーチのかたちのほかに、ティルデ(~)のかたちのものもあります。
古代にはいまの大文字にあたるものしかなくて、古典時代にはアクセント記号と気息記号もなかったのですが、いまの古典ギリシャ語のテキストではこの3種類のアクセント記号と2種類の気息記号がついています。現代語では1982年に鋭アクセント以外の記号は廃止されました(ものによっては、またはひとによってはその後もつかっているばあいもあるようです)。現代語のアクセント記号はもともと鋭アクセント記号なのですが、ユニコードでは、現代語のアクセント記号と古典語の鋭アクセント記号はべつになっています(→「ギリシャ語フォントの鋭アクセント記号」)。
古典語のアクセントは たかさアクセントで、アクセント記号がついているところを日本語みたいにたかく発音します(くわしくは→「古典ギリシャ語のアクセントの発音」)。音程は5度をこえることはなかったといわれています(→「ギリシャ語の音程」)。
πολίτης [polǐːtɛːs ポリーテース]、χαίρω [kʰǎirɔː カイロー]みたいに ながい母音か二重母音に鋭アクセント記号がつくと、[リー][カイ]の後半がたかくなる のぼり調子になります。逆に、πολῖται [polîːtai ポリータイ]、χαῖρε [kʰâire カイレ]みたいに曲アクセント記号がつくと、[リー][カイ]の前半がたかくなる くだり調子になります。
単語の最後の音節についている鋭アクセント記号は、まえより語(enclitic)以外の単語がそのあとにつづくと重アクセント記号にかわります。重アクセントの発音については説がわかれているみたいですが、鋭アクセントよりはひくくなったというのがただしいのではないでしょうか。もうすこしくわしくいうと、重アクセントよりまえにあるアクセントのない音節よりはすこしたかくて、あとにつづく単語の最初の音節よりたかくはない、ということだったようです(くわしくは→「古典ギリシャ語のアクセントの発音:重アクセント」)。
現代語のアクセントはつよさアクセントで、アクセントのある母音をつよく発音します。また、ややながめになる傾向があります。どの程度ながくなるかは文章のなかでいろいろちがいがありますが、イタリア語ほどながくはなりません(カタカナで発音をしめすばあいはアクセントのある母音をいちおうのばしておきます)。
気息記号は、単語の途中の ῤῥ のほかは、単語のはじめにしかつきません(εἶἑν [êːhen エ~ヘン]という例外もあることはあります)。有気記号「῾」(アポストロフィーの逆むきのかたち)は[h]の音をあらわしています。したがって有気記号つきの ἁ は[ha]になります。[h]の音がないばあいは無気記号「᾿」(アポストロフィーとおなじかたち)がついて ἀ になります。単語のあたまの ρ と υ にはかならず有気記号がついて ῥ ὑ になります。
ふるくは Η が[h]の音をあらわしていたのですが、のちに口のひらきがおおきい[ɛː エー]をあらわすようになったので、その後 Η を半分にきったものの左半分が有気記号としてつかわれるようになりました。ヘレニズム時代には、右半分も無気記号としてつかわれるようになって、それからさらにかたちがかわってアポストロフィーのようなかたちになりました。
1982年以前の現代語の文章ではアクセント記号と気息記号がつかわれていましたが、アクセントの発音にちがいはなく、気息記号も発音には関係しません(現代語には[x]の音はありますが、[h]の音はありません)。
無気記号とおなじかたちの記号は省略記号(アポストロフィー、ἀπόστροφος [apóstropʰos アポストロポス])としてもつかわれます。さらに、つづいている母音が融合したときのしるし、コローニス(κορωνίς [korɔːnís])としてもつかわれます。二重母音のばあいはふたつ目の母音字につきます。コローニスとアクセント記号のくみあわせは無気記号のばあいとおなじです。κἀγώ [kaːɡɔ̌ː カーゴー]の ἀ のようにコローニスがついている α はながい[aː]なります。ただし、ἁγώ [haːɡɔ̌ː ハーゴー]のように、融合したあとの母音に気息記号がつくばあいはコローニスはつきません。
文字につく記号としては、そのほかに分離記号(分音符)がありますが、これはラテン文字(ローマ字)のことばでつかわれているものとおなじです。この図では、アクセント記号とくみあわさったものもあげてあります。さらに、その右のふたつは、左から順にながい母音とみじかい母音の記号ですが、これは参考書とか辞書でつかわれるもので、正式なつづりにはありません。
句読点
句読点は4つあって、左から順に、終止符、コンマ、コロン、疑問符です。終止符とコンマは英語とかとおなじです。コロンは、英語とかのコロンとちがって上だけの点で、コロンとセミコロンのようにつかわれます。疑問符は英語とかのセミコロンとおなじかたちです。
Ϝ/Ϛ
この文字は、アルファベット式の数字として、Ϛʹ で6、͵Ϛ で6000をあらわします。
これはもともと[w]の音をあらわしていて、名前は Ϝαῦ [wâu ワウ]だったといわれています。Ϝ というかたちから、のちには δίγαμμα [díɡamma ディガンマ](ふたつのガンマ)とよばれるようになりました。古典時代のアッティカ方言では文字としてはつかわれなくなっていましたが、紀元前2世紀ごろまでつかっていた地方もあります。ふるいアルファベットでディガンマは ε のつぎの文字だったので、数字としても ε (= 5)のつぎの6になっています。
この文字が、エトルリア文字を経由して、ラテン文字(ローマ字)の F になったのですが、そこでも F は E のつぎの文字です。ラテン語では、もともと[f]の音を FH であらわしていたのですが(これは wh とかくようなものでしょう)、その後 F だけになり、F は[f]の音をあらわす文字になりました。
ディガンマは文字としてつかわれなくなったあとも、数字としてはつかわれつづけて、のちには Ϛ のかたちになりました。これが σ と τ の結合文字とおなじかたちだったので、このふたつは混同されるようになりました。この中世の結合文字は、たとえば ἐϚίν(= ἐστίν [estín エスティン]のようにつかわれるのですが、その名前の στίγμα (Ϛίγμα)[stíŋma スティク゚マ]が Ϛ のかたちのワウの名前にもなりました。このふたつが混同されたため、6をあらわすのに Ϛʹ ではなくて στʹ とかくことがあります。
Ϙ/Ϟ/Ϟ
この文字は、アルファベット式の数字として、Ϙʹ で90、͵Ϙ で9万をあらわします。
これは κόππα (Ϙόππα)[kóppa コッパ]という名前で、もともとおもに ο と υ のまえで κ のかわりにつかわれていたのですが、のちには κ にとってかわられました。ふるいアルファベットでコッパは π のつぎの文字だったので、数字としても π (= 80)のつぎの90になっています。
この文字が、エトルリア文字を経由して、ラテン文字(ローマ字)の Q になったのですが、そこでも Q は π に由来する P のつぎの文字です。ラテン語でも Q は QU+母音という特殊なばあいにしかつかわれません。
コッパは文字としてつかわれなくなったあとも、数字としてはつかわれつづけて、Ϟ とか Ϟ というようなかたちにもなりました。
Ϡ/Ϡ
この文字は、アルファベット式の数字として、Ϡʹ で900、͵Ϡ で90万をあらわします。
これがもともとどういうものであったのかはっきりしていません。ふるいアルファベットに[s]の音をあらわす σάν [sán サン]という名前の M のかたちの文字があったのですが(のちには Σ にとってかわられました)、もともとはこれだったとか、σσ をあらわしている文字だったとかいわれています。ふるいアルファベットでの順番がわかっていないので、アルファベットの最後の文字 ω のあとにおかれていて、数字としても ω (= 800)のつぎの900になっています。
この文字にはビザンチン時代(中世)に σαμπῖ [サンピ]という名前がつきました(σαμπί、σάμπι というアクセントもみられます)。この名前は ὡς ἂν πῖ (π のような)がちぢまったものだといわれていますが、ふるいアルファベットのサンに由来するという説から、σάν+πῖ だともいわれています。
古典ギリシャ語:古代ギリシャ語。 口がい化:口蓋化。 ビザンチン:ビザンティン。 下がき:下書き。 ヨコがき:横書き。 ならべがき:並べ書き。 ティルデ:チルダ。 まえより語:前より辞、前接語、前接辞、後倚辞。
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2005.07.14 kakikomi; 2017.05.17 kakinaosi
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コメント
こんにちは。あらためて文字と発音をここで復習してみました(現代語だけですが)。悩みというと変なのですが、自分の姓がギリシャ語で書いてしまうと、おかしくなってくること。Χασιμοτοは、「ひゃしもと」という音が一番近くなりますが、なにか違和感が。さらにギリシャ語で書いたものをローマ字転記すると、Chashimoto。もう、コメディです。
投稿: xasimoto | 2005.08.06 19:11
この記事を参照してくださって、ありがとうございます。
もしかしたらドイツ語をひきあいにだしたことで誤解をあたえてしまったのかもしれませんが、現代ギリシャ語で「Χ」の発音が「ヒ」の子音のおとになる条件はドイツ語とはちがいます。たしかに「Chashimoto」はドイツ語式なら「ひゃしもと」ですが、現代ギリシャ語のばあい「ヒ」の子音のおとになるのは母音[i][e]の《まえ》だけです。つづりでいえば「η」「ι」「υ」「ει」「οι」「υι」「ε」「αι」「ευ」のまえです。ですから、「Χασιμοτο」は「はしもと」さんですから、ご安心ください。日本語で問題なのは「へ」だけです。これは「ヒェ」になってしまいます。
投稿: ゆみや | 2005.08.06 19:48
悩みは杞憂でした。子どもに「へ」がつく名前を付けなければ、限りなく日本語に近い音で表記できますね(もっとも予定はないですが…)解説ありがとうございました。
投稿: xasimoto | 2005.08.07 14:36
数学関係の仕事をしているのですが、ギリシャ文字の書き順がいまいちよく分からなくて、困っています。
特にγ(ガンマ)、δ(デルタ)、λ(ラムダ)、ρ(ロー)、σ(シグマ)
あたりが、どっちから書いていいか分かりません。
どっちでも良いのなら、そうと知っておきたいし、
はっきり決まっているのなら、なおさら知りたいし。
突然のコメントですが、是非教えてください。
投稿: 十六夜 | 2007.02.11 00:17
日本では、こどものころから漢字のかき順をうるさくいわれるために、外国語の文字についても、かき順を気にしがちですよね。漢字にしても学校でならうのとはちがう かき順もありますし、歴史的にもちがいがあります。
ギリシャ文字のかき順は、ある程度の習慣がないことはないみたいですが、実際問題としては、かき順はないといっていいでしょう。ギリシャ語の入門書には、かき順をしめしているものがいくつかありますが、くらべてみると、それぞれちがっています。田中利光『新ギリシャ語入門』(大修館書店)には「筆順は,随意に,正確で美しく書ける,また自分で書きやすい順で筆記してよいであろう.」とかいてあります。この本は断定的ないいかたをしないのがちょっとした特徴という感じなのですが、まあ結局こんなものでしょう。
それでも、ガンマは、ひととおりしか かき順はないでしょう。左うえからはじまって、ひと筆でかきます。デルタとローもひと筆ですが、ふたとおりあります。どっちからはじめてもかまいません。ラムダはひと筆ではありませんが、どっちをさきにかくかは、両方あります。シグマはひと筆ですが、右うえのでっぱりから左まわりに一気にかくやりかたのほかに、線が交差するところからはじめて、まず「o」を上中央から左まわりにかいて、そのあとつづけて でっぱりをつけるかきかたもあります。これは「o」の筆記体とおなじようなものです。それから、パイとタウは、ヨコ棒をさきにかいたり、あとにかいたりします。
投稿: yumiya | 2007.02.11 12:17