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四智梵語はシュローカじゃない

四智しち梵語ぼんごっていう真言しんごんみたいなものがある。日本の仏教のいろんな宗派でよまれてるけど、たとえば『初会しょえ金剛頂経こんごうちょうぎょう』っていうお経にでてくる。いまのこってるこのお経のサンスクリット語の原文をみると、日本につたわってる四智梵語にはない接続詞の ca [チャ](英語の and)が2行めのまんなかあたりにはいってて、そのサンスクリット語の原文はこうなってる。

ओं वज्रसत्त्वसंग्रहाद्वज्ररत्नमनुत्तरम्।
वज्रधर्मगायनैश्च वज्रकर्मकरो भव॥

o vajrasattvasagrahād vajraratnam anuttaram|
vajradharmagāyanaiś ca vajrakarmakaro bhava∥

オーン ヴァッジュラサットワサングラハード ヴァッジュララトナマヌッタラム 〔ヴァッジュララトナム アヌッタラム〕
ヴァッジュラダルマガーヤナイシュ チャ ヴァッジュラカルマカロー バヴァ∥

四智梵語は、どうもこの ca がはいってるかたちでシュローカ(श्लोक śloka)だっておもわれてるみたいで、たとえば坂内龍雄『真言陀羅尼』(平河出版社)でもシュローカとしてあつかわれてる。でも、ほんとはシュローカにはなってない。

シュローカっていうのはインドの代表的な詩の形式で、その韻律はこういうものだ。

「―」はながい音節、「∪」はみじかい音節をあらわしてる。2つの記号がかさなってるとこは、ながくてもみじかくてもいい。1行が16音節で、後半の8音節、つまり上の図の3と4はどの形式でもおんなじだ。これが2行でひと組になる。1と3で、まんなかの2つの音節が両方ともみじかいのはゆるされない。3の3音節めがみじかくて4音節めがながいのもゆるされない。それから、コンマはカエスーラ(caesura)をしめしてる。2のあとにもカエスーラがある。カエスーラのとこには単語のきれ目(ばあいによっては ながい複合語の構成要素のきれ目)がくる。

これとはちょこっとちがう図式がかいてある本もあるんだけど、ここでは Michael Coulson “Sanskrit: An Introduction to the Classical Language” (Teach Yourself Books)と辻直四郎『サンスクリット読本』(春秋社)をもとにした(ちがう図式のほうをもとにしても、ここでのはなしにかわりはない)。

で、『初会金剛頂経』のサンスクリット本にある四智梵語の韻律をみてみると、

――∪― ∪―∪―|―∪―∪ ∪―∪―|
―∪―∪ ―∪―∪|―∪―∪ ∪―∪∪∥

っていうふうになってて、それぞれの行の後半はシュローカとおんなじになってるんだけど、前半はシュローカのどの形式にもあてはまらない。ただし、音節の数はシュローカといっしょだ。

音節の数がおんなじってことからかんがえると、四智梵語をシュローカだってカンちがいしただれかが、ちゃんとしたかたちにしようとおもって、もともとなかった ca をつけたしちゃったんじゃないのかな。

だから、日本につたわってるほうがもともとのかたちだろう。そうかんがえるのには、ほかにも理由がある。

四智梵語の日本式のよみかたは宗派によってすこしちがいがあるんだけど、そのひとつでいえばこうなってる。

オン・バザラサトバ・ソウギャラカ、バザラアラタンノウ・マドタラン
バザラタラマ・キャヤタイ、バザラキャラマ・キャロハンバ

この1行めから最初の「オン」(デーバナーガリー文字だと ओं または o [オーン])をとれば、1行めと2行めの音節の数がおんなじになる。でもって、この2行の韻律をしらべてみると、おんなじ形式になってることがわかる。

वज्रसत्त्वसंग्रहाद्वज्ररत्नमनुत्तरम्।
वज्रधर्मगायनैर्वज्रकर्मकरो भव॥

vajrasattvasagrahād vajraratnam anuttaram|
vajradharmagāyanair vajrakarmakaro bhava∥

ヴァッジュラサットワサングラハード ヴァッジュララトナマヌッタラム|
ヴァッジュラダルマガーヤナイル ヴァッジュラカルマカロー バヴァ∥

―∪―∪―∪―|―∪―∪∪―∪―|
―∪―∪―∪―|―∪―∪∪―∪∪∥

日本につたわってるのだと単語のおわりの子音がなかったりするんだけど、ここではいちおう正規の文法にしたがっておぎなった。ただし、その子音があってもなくても韻律にかわりはない。で、行の最後の音節はながくてもみじかくてもいいから、1行めと2行めはおんなじ形式だ。

「オン」っていうことばはいろんな真言の最初にでてくるから、ここでもそんな感じで、真言っぽくするためなのか、四智梵語の詩の形式とはべつに最初のとこにくっつけられたものなんじゃないのかな。じっさい「オン」がない四智梵語が『仏説秘密三昧大教王経』(大正新脩大蔵経 No.883、vol.18、p.446)に「秘密金剛歌詠大明」としてでてくるし、ネパールの密教儀礼にも「オン」がない四智梵語がでてくる。

こういうことからしても、ca がないほうがもともとのかたちだっていえるとおもう。だから、とうぜん最初っからシュローカでもなかったことになる。ca がなければ2行めは15音節で、それだけでもシュローカとはちがってる。

シュローカじゃないことをはっきりさせるために、四智梵語はたとえばこんなふうにでもかいたらいいんじゃないのかな(もちろん ca がないもともとのかたちで)。

ओं।
वज्रसत्त्वसंग्रहाद्वज्ररत्नमनुत्तरम्।
वज्रधर्मगायनैर्वज्रकर्मकरो भव॥

そうじゃなければ、こういうのもいいだろう。

ओं।वज्रसत्त्वसंग्रहाद्वज्ररत्नमनुत्तरम्।
वज्रधर्मगायनैर्वज्रकर्मकरो भव॥

デーバナーガリー:デーヴァナーガリー。

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2004.10.22 kakikomi; 2011.01.16 kakitasi

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