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「ヴ」のつかいかた

いうまでもないけど、「ヴ」は[v]の発音をあらわすためにつかわれる。でも、これがかいてあっても実際[v]を発音してるかっていうと、たぶんそうじゃない。日本人が[v]の発音ができないわけじゃないけど。

日本語には[l]と[r]の区別がないから、ラ行の子音はばあいによってまちまちで、[l]の一種みたいなときも[r]の一種ときもそれ以外のときもある。それとおんなじで[b]と[v]の区別もないから、バ行の子音も実際にはいろんな発音があって、[b]だったり、[v]だったり、スペイン語にあるみたいな完全にくちびるをとじない[β]だったりする。だから「ヴ」をつかったって区別してるのは文字のうえだけのことで、発音しわけてるわけじゃない。

それで、ただ文字だけの区別っていうのはべつに意味がないとおもうから、「ヴ」はつかわないほうがいいんじゃないかな。だけど、けっこう最近はみかけるんだよな、とくにひとの名まえなんかには。

名まえ以外の外来語、いわゆる普通名詞だけど、これに「ヴ」をつかうのははっきりいってバカげてるとおもう。「ヴァイオリン」とか「ヴィデオ」とか「ヴェール」とか「レヴェル」なんてかいて、なんの意味があるんだろ。「バイオリン」「ビデオ」「ベール」「レベル」でいいじゃないか。「ヴァイオリン」と「バイオリン」がべつものだっていうんなら、かきわけなきゃしょうがないかもしれないけど。

基本的には名まえも普通名詞も発音のしかたがちがうわけじゃない。でも、普通名詞は日本語の一部としてよくつかうものだけど、名まえのほうはそういうもんでもないし、やっぱりもとの発音にちかづけたいっていうのはわからないでもない。もちろん、逆に「ヴ」をつかわなきゃいけないってこともないから、まちまちになるのは当然だろう。まあ、べつに「ベートーベン」でも「ベートーヴェン」でもいいのかもしれないけど、名まえに「ヴ」をつかったからって、やっぱり[v]の発音でよむわけじゃないんだから…。外国語としてその名まえにしたしんでるひとはちがうかもしれないけど。

それとか、ドイツ語とかロシア語の[v]の発音をワ行でうつすことがあるけど、あれはなかなかいいんじゃないかな。ドイツ語とかロシア語は[v]のほかに[w]があるわけじゃないから、ワ行でうつすのはちょうどいい。

ついでにいうと、名まえに「ヴ」をつかうみたいに、普通名詞じゃなくて名まえのほうをもとの発音にちかづけるっていうんならまだわかるんだけど、なぜか逆のことをやってるひとたちがいるんだよな。普通名詞のほうはながい母音を表記するのに、名まえだとながい母音をわざわざはぶいたりして(ギリシャ語・ラテン語のながい母音のあつかい」)。あれはなんなんだ?

ところで、「ヴ」に関しては、先人がせっかく「ヴ」っていうかきかたを工夫したのに、それをつかわないのはよくない、みたいなことをいうひとがいるんだけど、これってそういう問題?

「ヴ」はもともと外国語の発音をあらわすためにかんがえられたかきかただから、それはそれでわるくない。外国語の学習書とかで発音記号のかわりにカタカナで発音をあらわすことがあるけど、そういうばあいには「ヴ」はおおいに役にたつ。このばあいは先人が工夫してくれたものをおおいに活用すればいい。[b]と[v]の区別があることばだったら、当然それは必要なことだ。

でも、外来語をかくっていうのはこれとははなしがちがうだろう。外来語は外国語じゃなくて日本語だ。外国語の発音をあらわすのに「ヴ」をつかうとしても、日本語になった外来語をかきあらわすのに「ヴ」をつかうのはおかしいんじゃないかな。

[v]に関連して[f]のことをかんがえるひともいるかもしれない。外来語のもとが[f]の発音のばあい、いまじゃふつうに「ファ」とかかいてるし、かいてるとおり「ファ」って発音してる(発音しにくいっていうひともいるし、「ファ」じゃなくて「フア」っていうばあいもあるけど)。ただし「ファ」の子音は英語の[f]とはべつもので、「フ」の子音[ɸ]だ。でもとにかく、「ファ」は「ハ」とか「パ」と区別できる。ところが、濁音になると区別がなくなって、日本語の発音としては「ヴァ」と「バ」の区別はない。

濁音になると区別がなくなるのは、ほかにもある。いわゆる「四つ仮名」(じ、ぢ、ず、づ)がそうだ。「シ」と「チ」の区別はつくのに、濁音になると「ジ」と「ヂ」の発音のちがいがなくなる。おんなじように、「ス」と「ツ」はちがうのに、「ズ」と「ヅ」だとおんなじになる。これは日本語に[s]と[ts]の区別はあるのに、これをそれぞれ有声音(濁音)にした[z]と[dz]には区別がないからだ(どっかの方言で「四つ仮名」の区別をしてるとこがあるらしいけど)。「ズ」ってかいても「ヅ」ってかいても、どっちも[zɯ]のことも[dzɯ]のこともあって、ちがいがない。

こういうふうに、[v]と[b]の区別がないもんだから、外来語についておもしろい工夫がうまれることもある。英語のアルファベットの v の名まえは[viː]だけど、b の「ビー」と区別するために、「ブイ」っていうようになってる。「ヴィ」を英語のとおりには発音できないから、「フィ・ル・ム」が「フ・イ・ル・ム」になったり「ウィ・ー・ン」が「ウ・イ・ー・ン」になるみたいに、2拍の「ブイ」になって、さらに「ヴィー」は全体としてもともと2拍だから、「ブイ」で2拍になった関係で「ー」はなくなったってことだろう。

こういうふうに、外来語のかきかたについては、「ヴ」なんてカナをつかわないで、あくまで日本語としての発音をかんがえて工夫するんじゃなきゃしょうがないとおもうんだけど。

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2004.11.07 kakikomi; 2011.08.07 kakinaosi

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コメント

L/Rを区別せず、B/Vを区別したがるのは、たしかにヘンですよね。
 で、どうかいてもいいとなると、検索をかけるときに、いろいろ混乱がおきそうです。あらかじめ、ユレがあることをおりこみずみで、しらべさせるとか、なにか対応しないと。
 あと、人名の転写で、長母音がはぶくという実例がすぐおもいかばないんですが、ドイツ語圏の人名で“Habermas”は、なぜか「ハーバーマス」ってうつすのが大半です(笑)。

投稿: ハラナ・タカマサ | 2005.10.08 15:11

ながい母音をはぶくのがいちばん目につくのは古代ギリシャ・ローマのなまえです。ドイツ語なら「Telemann(テーレマン)」がたいていは「テレマン」になってますね。それとか「Rudolf(ルードルフ)」が「ルドルフ」だったり、「Adolf(アードルフ)」が「アドルフ」だったり。

それから、「Wagner」は「ワーグナー」がふつうだとおもいますが、「ワグナー」というのもみかけます。「Adler(アードラー)」は「アドラー」がおおいですね。あとは、「Habsburg(ハープスブルク)」が「ハプスブルク」っていうのもあります。このてのものは、子音が複数つづくせいでみじかい母音だとおもわれているのでしょう。ですから、これはたんなるまちがいですが、ギリシャ・ローマのなまえのばあい、ながい母音なのはあきらかなのに無視しています。凡例にわざわざ母音のながさは区別しないなんてかいてあるぐらいですから。

投稿: yumiya | 2005.10.09 18:54

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