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うらないは統計だとかいうけど

統計っていうことばをよく耳にする。うらないは統計だとかいうのも ときどき きくことがある。姓名判断とか星うらないあたりがそんな感じだ。どうも、統計だから科学だとでもいいたいみたいだ。それに、カードうらないみたいなものとはちがうっていうのもあるのかもしれない。

そういえば、数学をつかえば科学になるとでもおもってるようなのもよくある気がする。そのなかでも、古典物理学みたいな感じで数学がつかえるわけじゃないものは、統計をもちだすみたいだ。社会学とか経済学あたりがそうだろう。超心理学なんかもそうだ。まあ、自然科学のまねごととしては、ほかにやりようがないか。

うらない師は実際にたくさん実例をみてきているわけだけど、そのことで統計としてわかってくるとかいうんじゃなくて、経験をつんでうらない師としての直感がやしなわれるんじゃないのかな。うらないそのものの直感とともに、ひとのこころをよむってほうのカンもやしなわれるんだろう。うらない師っていうのはそういうことが得意なはずだ。

星うらないでも、ホロスコープをつくるとこまではだれがやってもおんなじようなもんだろうけれど(方式のちがいをのぞけば)、それをよみとる段階になると うらない師によってちがいがでてくるわけで、そういうことでいえば、カードうらないなんかとおんなじようなもんだろう。そのへんを強調すると、星うらないは名人芸みたいなものになっちゃって、客観性がうしなわれるなんていっているひともいるみたいだけど、そういう問題なのかな。

統計とか客観性とか、そんな中途半端な科学めいた説明なんて、よけいなことだとおもう。それに、いくら統計をもちだして、ちゃんとした学問だ、科学だっていってみても、しょせんは経済学とか社会学みたいなインチキ学問(御用学問)とおんなじレベルのはなしになるだけだろう。

2005.01.30 kakikomi; 2010.09.07 kakinaosi

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