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「金八先生」と依存症

今回の「金八先生」で、金八が「依存」ってことをはなしてて、「ものや道具にたよって自分のよわいところをかくそうとする行為」とかいってた。漢字ずきの金八先生(あるいは武田鉄矢さん)がはなしてたもんだから、これをみててふとおもっちゃった。

「依存」といえば、日本語は漢字に依存してる。「よわいところをかくそうとする」ってことだと、なにをかくしてるんだろ。音の種類(音韻)がすくないことかな。なにしろハワイ語についで日本語は音韻の数がすくないっていうんだから。おんなじ発音のことばがたくさんあって、漢字をみなきゃ区別がつかないっていうのもあるし。これも、漢字のせいで気がつきにくくなってる。それか、漢語にまかせちゃって、いろんなことばを自まえで工夫してこなかったことかな。だいたい、日本語のかきことばは漢字にたよりすぎて、漢字にあまえて、漢字に支配されてるもんなあ。

「健全な依存」ってものもあるっていってたけど、漢字依存は健全なのかな。おんなじ発音のことばがたくさんあるっていう病気をひきおこしてるんだから、これだけでも健全とはいえないとおもうけど。それに、ほかにもおかしなことがいっぱいある。

漢字そのもののよさと、漢字をつかって日本語をかくばあいの問題点とはべつのことなのに、漢字のよさばっかりいいたがるひとは、やっぱり依存症じゃないかっていいたくなる。依存症っていうのは、まずは自覚があんまりないもんだし。

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2005.01.29 kakikomi

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