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「トリビアの泉」アリストテレースのことば

「トリビアの泉」のオープニング。すこしまえまではアシモフのことばをつかってたけど、いまはこうなってる。

かの哲学者アリストテレスはこう言いました。
「全ての人間は生まれながらにして知る事を欲する」。

このことばは、アリストテレースの『形而上学[けいじじょうがく]』のいちばん最初の文章で、原文のギリシャ語だとこうなってる(大文字と小文字のふたとおりで)。

ΠΑΝΤΕΣ ΑΝΘΡΩΠΟΙ ΤΟΥ ΕΙΔΕΝΑΙ ΟΡΕΓΟΝΤΑΙ ΦΥΣΕΙ.

πάντες ἄνθρωποι τοῦ εἰδέναι ὀρέγονται φύσει.

[pántes ántɔːpoi tûː eːdénai oréɡontai pʰýseː

パンテス アントローポイ トゥー エ~デナイ オレゴンタイ ピュセ~

単語の意味は、「パンテス」が「すべての」、「アントローポイ」が「人間たちは」、「トゥー・エ~デナイ」が「しっていることを」、「オレゴンタイ」が「もとめている、のぞんでいる」、「ピュセ~」が「うまれつき、本来」。

ところで、この「形而上学」ってことばは、英語なら metaphysics だけど、ph もあるし、単語のおわりじゃないとこに母音としての y もあるし、いかにもギリシャ語だ。そもそもが、この『形而上学』って本の題名からはじまってることばで、もともと

ΤΑ ΜΕΤΑ ΤΑ ΦΥΣΙΚΑ

τὰ μετὰ τὰ φυσικά

tá metá pʰysiká]

タ メタ タ ピュスィカ

っていってた。「自然学の本(タ・ピュシカ)のあと(メタ)の本」って意味なんだけど、これがそのうち ちぢまってラテン語で metaphysica [メタピュスィカ]になった。内容としても「自然学」をこえたことをあつかってるもんだから、「メタ」が「超」みたいな感じになって、それこそ「超自然学」って感じのことばになった。

これを訳すのに、『易経』にでてくる「形而上」ってことばをつかったもんだから、「形而上学」なんてことになっちゃったんたけど、中国の古典からことばをとってくるとロクなことないような…。「形而上」っていうのは「かたちより上」ってことで、かたちのある現象の世界より上の世界のことだけど、このばあい「而」は「以」とおんなじだから、「而上」は「以上」ってことだ。だから「形以上学」だったらもうちょっとわかりやすかったんだろうけど、それでも、まあ、「科学」と「化学」なんていうのとはちがって、「けいじじょうがく」とおんなじよみになることばはないから、「かがく」よりはましかな。

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2005.03.24 kakikomi; 2015.08.18 kakitasi

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