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「金八先生」最終回

「金八先生」第7シリーズの最終回は、またまた金八先生おトクイの漢字ばなし連発で、有名な「人という字」のはなしもでてきたり、卒業式のあと、生徒ひとりひとりに漢字ひと文字の手紙をわたしたりしてた。ちょっと隷書っぽい字がよかったけど、クラス全員だから、さすがにちょっとくるしい説明のものもあった。

たいていは漢字のなりたちにひっかけてものをいってたけど、そうじゃないのもあった。たとえば“車掌”ってあだ名の生徒にした「帆」のはなし。「帆船[はんせん]の帆[はん]、帆柱[ほばしら]の帆[ほ]。ふねのうしろのことをトモといいます。そのトモの方角から風がピューッとふいてくると、まっすぐまえにすすむことができます。だから、まっすぐのひとになってください」。最初に「帆」の音よみと訓よみのことがでてくるのはおもしろいけど、「みただけで意味がわかる」はずの漢字の意味とは関係ないはなしだった。

それとか“チビ飛鳥”の「紅」って字のときもそう。「くれない。白っぽい赤の色、さきはじめたばっかりのモモの花の色です。モモの花はね、日がくれても、くれない、くれない。きみによくにあう字です」。これはさらに漢字からはなれたはなしで、「くれない」のダジャレになってる。「紅」は「べに」ともよむんだから、「くれない」のはなしを「紅」っていう漢字のことにしちゃうのはどうなんだろ。そもそも、漢字ひと文字ってことで統一するなんてムリがあるんだよ。

卒業式の最後のほうで、「仰げば尊し」をうたってたけど、内容のことはともかくとしても、歌詞が文語だから、いまとなっては実感のないわかりにくいことばだ。「おもえばいととし」(いと とし=すごくはやい)とか「いまこそわかれめ」(「こそ」があるから かかりむすびで「わかれむ」〔=わかれよう〕が已然形になってる)とか。「わかれめ」なんて、「きれ目」の「目」みたいな感じの「わかれ目」っておもってる子もおおいんじゃないかとおもうけど。…あっ、でも、練習するとき歌詞の意味もおそわるか。

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2005.03.26 kakikomi

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