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「主格」という文法用語

主格っていうのは、ふつうは主語をあらわす格とかいわれてるし、主格っていう用語そのものもそういうつもりで訳されたんだろう。でも、もとになることばにさかのぼると、主語をあらわすっていうのは疑問におもえてくる。

主格は英語だと nominative で、これはラテン語の nominativus [ノーミナーティーウス](命名の、名づけに関する)からきてる。このラテン語は nomino [ノーミノー](よぶ、名づける)からうまれたことばで、ギリシャ語の ὀνομαστική [onomastikɛ̌ː オノマスティケー]を訳したものだ。このギリシャ語も、ラテン語とおんなじように、「名づける」って意味の ὀνομάζω [onomázdɔː オノマズドー]からきてる。ってことで、nominative ってことばからすれば、主格は主語の格じゃなくて名づけの格ってことになる。だから、「名格」って訳したほうがいいっていう意見もあるぐらいだ(「めいかく」っていうと「明確」があるけど、アクセントがちがうから問題ないかな)。

実際のつかいかたをみても、主格は主語になるだけじゃない。述語名詞とか述語形容詞が主語の格と一致して主格になるし、主格補語っていうのもあるし、本の題名とか表題にも主格をつかう。「みだし用の格」って説明もある。主語っていうのは主格のつかいかたの一部にすぎない。

インド・ヨーロッパ語族のばあい、格変化があって、名詞には語尾があるから、日本語の名詞みたいにただものの名前をあげるだけのいいかたはできないっていわれることがある。でもそれは、主格を主語の格ってかんがえてるからで、そうかんがえるかぎりは、たしかに主格はただ名前をしめすだけじゃなくて、格の関係もはいっちゃってるってことになる。ところが、主格はじつは名づけの格だってことなら、主格の名詞は、文章のなかにおけば主語とか述語になるけど、それだけならやっぱりただ名前をしめしてるだけってことになるとおもう。

もっとも、そういうことなら、「名格」っていうのも問題で、「格」なんてことばがついてるのはおかしいってことになるかもしれない。たしかに、ともとも主格は格じゃなかった。「オノマスティケー」とか「ノーミナーティーウス」っていうのは「格」ってことばを省略したいいかたで、ギリシャ語でいえば πτῶσις [ptɔ̂ːsis プトースィス]、ラテン語でいえば casus [カースス]ってことばが略されてる。この「プトーシス」とか「カースス」は「おちること、かたむき」って意味で、主格を基準にしてそのほかのかたちを「かたむき」ってかんがえてた。だから主格は格つまり「かたむき」じゃなかったんだけど、そのうちもとの意味がわすれられて、主格についても「かたむき」っていうようになった。主格のことを別名「直立格」ともいうけど、直立した「かたむき」っていうのはおかしなはなしだ。

というわけで、主格っていうのは、nominative の意味からしても、もともとは「格」(かたむき)じゃなかったってことからしても、主語とか述語とかいう文章のなかの関係つまり格をあらわしてるんじゃなくて、ただそのものの名前をしめしてるっていう説明のほうがいいとおもう。だから主格っていう翻訳語はそういう意味じゃちょっと問題ってことになるだろう。

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2005.04.30 kakikomi; 2016.09.07 kakinaosi

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コメント

なるほど、格というのは「かたむく」というのが原義でしたか。
となると、「屈折」という用語も「かたむく」と関係あるのでしょうかねぇ・・・?

投稿: コラムニスト | 2005.05.03 20:37

これについては、「屈折と「かたむき」」という記事にかきます。

投稿: ゆみや | 2005.05.04 00:20

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