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文字とつづり―― 英語と日本語

義務教育で英語をやってるから、たいていのひとはとにかく英語にすこしは接したことがあるわけだけど、このことから、文字とつづりについてゆがんだ感覚をうえつけられることになってるとおもう。

うまれそだったことばが《まとも》なつづり(かきかた)のことばならそういう結果にはならないとおもうけど、日本人のばあいは日本語がこんなかきかただし、いちばんおおくみかける外国語が英語だから、《まとも》なつづり(かきかた)にしたしむ機会があんまりないことになる。

そのせいで、ローマ字みたいな規則的なつづりをみると、なんか幼稚な感じがすることになるんじゃないのかな。ほんとはアルファベットみたいな発音をあらわす文字はつづりと発音が一致してるのがあたりまえだし、基本的にそういうふうになってることばは世界中にいくつもあるのに、そうじゃないほうがなんか高級なような、まともなような感覚になっちゃってるんだろう。複雑だったり不規則だったりするほうが歴史があるような感じがするのかも?

こういうことはリクツ以前に、しらないうちにこころの奥にしみこんじゃって、結局いまの日本語の複雑なかきかたをありがたがることにもつながってくような気がする。かきかたより なかみなのに…。それに複雑で不規則な文字やつづりをならいおぼえるより、もっとほかのことにエネルギーをかたむけられたほうがいいんじゃないの? 日本語とか英語みたいなかきかたは、知識人とか作家とかが特権をまもるのにはちょうどいいんだろうけど。

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 ・田中克彦『エスペラント』のなかの日本語についての文章

2005.04.11 kakikomi

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