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漢字の訓よみ

とりあえず漢字は音よみだけにして漢語だけにつかうっていうかんがえかたがあるんだけど、これに反対するひともいて、漢字は訓よみがあってはじめて意味がわかるんだっていったりする。でも、そうかなあ。

朝鮮半島では、基本的に漢字は音よみしかなかったらしい。朝鮮語の固有語には漢字をあてなかったってことだけど、それでも漢字語はつかわれてきたんだし、訓よみがなかったからって漢字の意味がわからなかったわけじゃないだろう。

いまの日本語をみても、訓よみのない漢字もつかわれてるし、もともと訓よみがあってもいまじゃつかわなくなったものもある。そういう漢字の意味がわからないことはない。

『漢字の未来』(野村雅昭著、筑摩書房)って本には、「漢字による造語が、かならずしも、訓の存在を要件としない例」として、「案」「員」「圏」「制」「層」がでてくる。「改革・具体」「会社・公務」「首都・通勤」「全寮・通信」「読者・高年齢」なんていうように、接尾語としてさかんにつかわれてる。この5つには訓よみはないけど意味はちゃんとわかるし、「これらの概念に対応する訓つまり和語がないからこそ、造語力を発揮しているともいえる」。それから、「掃除機」「出版社」の「機」「社」は「はた」「やしろ」って訓よみがあるけど、このばあいの意味には関係ない。

とりあえず自分でおもいつくものでも、まだいくつもある。「絵」の訓よみはないけど意味はちゃんとわかる。「肉」はいまじゃ訓よみはないっていえるだろうけど(古文なら「しし」がある)、だからって意味がわからないひとはいないはず。「式」の訓よみの「のり」だっておんなじことで、訓よみはないようなもんだ。でも「式」の意味がわからないってことはない。

「愛」の訓よみだってむかしはいろいろあったけど、いまじゃ、ないようなもんだ(名まえにはあるけど)。だから「愛」の意味が訓よみがあってはじめてわかるなんてことはいえないはず。「信」だって、いまは名まえ以外で訓よみはまずつかわないだろうけど、「信じる」なんていうのはよくわかることばだ。

だから、訓よみがなくたって意味がわかるものはわかるし、訓よみがないと意味がわからなくなるような漢字ならつかわなきゃいい。漢字が音よみだけになれば、日本語のよみかきもずいぶんマシになるのに(ただ、そうなっても、おんなじ発音の漢語がいっぱいあるのにかわりはないし、そっちのほうがずっと問題だけど)。

音よみ:音読み。 訓よみ:訓読み。

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2005.04.12 kakikomi; 2009.03.29 kakikae

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コメント

訓読みは、後に日本人が都合良く理解する
為に創られたと何かで読んだけど今だに
判別つかない状態で絵という字は絵画のかいと
えが単純にどちらか二方に分かれるのかと…
この記述を読みはずかしくなり又小学校から
やり直したい心境です。

[投稿日時:2005年4月13日 午前 09時15分]

投稿: 鈴木ケイコ | 2008.01.10 14:07

コメントありがとうございます。まあ、ふだんいちいち音よみだとか訓よみだとか区別してないのがあたりまえでしょうから…。

訓よみというのは、けっきょく翻訳です。たとえば英語の単語を訳すとしたら、訳語はひとつとはかぎらないのとおなじことで、とくにむかしは訓よみはたくさんありました。戦後、漢字制限とともに音よみと訓よみも制限したので、いまはちょっとマシになっています。でもとにかく、もともと翻訳なので、「話す」とかいて「はなす」とよむのは、「SPEAKす」とかいて「はなす」とよむようなものです。

音よみもなん種類かあって、代表的なのは呉音と漢音です。「絵」でいえば、「え」が呉音、「かい」が漢音ということになりますが、漢字によっては唐宋音とかほかにもあります。「椅子」の「子[す]」は唐宋音です。こういうのは中国語の場所と時代による発音のちがいがもとになっています。たいていは漢音がおおいのですが、「絵」みたいに日本語にとけこんでいることばは、けっこう呉音のものがあります。呉音のほうがふるくて、仏教のことばはたいてい呉音です。

[投稿日時:2005年4月13日 午後 07時51分]

投稿: ゆみや | 2008.01.10 14:08

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