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キリスト教と日本語の「かみ」

キリスト教の神のことを日本語の「かみ」って訳したのはよくなかったってはなしがある。むかし宣教師が日本にきたとき、まずは「大日[だいにち]」って訳したらしいんだけど、密教(仏教の一派)の大日如来は神とはちがうってわかって、ラテン語の Deus [デウス]をそのまんまつかうことになった。そんなこともあったわけだけど、いまは「かみ」って言ってる。「天主さま」なんていうのもあったけど(いまもあるか)。

で、この件に関しては、とくに問題じゃないとおもう。日本語の「かみ」でどこがいけないんだろ。このはなしになると、すぐキリスト教の「ゴッド」は日本語の「かみ」とはちがうなんてことをいったりするけど、英語の「ゴッド」だって多神教の神のこともいうんだから、日本語の「かみ」とたいしてかわんないじゃないか。どうも、キリスト教の「ゴッド」は God っていうふうに大文字でかきはじめるからそこがちがうっていいたいみたいだけど、そんなの文字の上だけの区別で、しゃべってるときなんかは God も god もちがいはない。それに、ドイツ語だったら、名詞はみんな大文字でかきはじめるから、一神教の神も多神教の神も Gott [ゴット]で、かわりはない。だいたい、キリスト教の「ゴッド」なんていいかたはずいぶんくるしい感じがする。なんで英語で代表させるんだ?

もっとも、単語としてはおんなじだけど、つかいかたがちがうとはいえる。キリスト教の God は、複数形にならないのは当然だけど、定冠詞の the も不定冠詞の a もつかない(形容詞がついてるときは定冠詞がつくこともあるみたいだけど)。それに対して、神がみのほうは、単数なら不定冠詞がつくし、複数でも単数でもばあいによって定冠詞もつく。ただ、それにしても、やっぱり単語としてはおんなじなんだから、日本語の「かみ」とそれほどちがわないとおもうんだけど。だいたい、冠詞とか つかってちがういいまわしにしなきゃなんないのは、おんなじことばだからだ。

まあ、英語・ドイツ語あたりをみただけじゃしょうがないか。英語の God にしても、もともとは日本語の「かみ」とおんなじで翻訳なんだから。それよりキリスト教のおおもとをみてみないと。つまり、聖書の原文だけど、聖書には旧約聖書と新約聖書がある。旧約聖書の原文はヘブライ語と一部がアラム語だけど、最初のころのキリスト教徒にとって聖書っていえばギリシャ語訳の旧約聖書のことだった(まだ新約聖書ができてないころだから、「旧約」ってこともないんだけど)。これを「七十人訳」とか「セプトゥアギンタ(Septuaginta)」っていってる。それから、新約聖書の原文もギリシャ語だから、けっきょく七十人訳と新約聖書のギリシャ語で神のことをなんていってるか みてみりゃいい。

まず七十人訳の例をあげると、いちばん最初に「ἐν ἀρχῇ ἐποίησεν ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν.」(『創世記』1:1、「初めに、神は天地を創造された。」)っていうのがある。それから新約聖書の例としては、「ὁ θεὸς ἀγάπη ἐστίν.」(『ヨハネの手紙一』4:16、「神は愛です。」)をあげておこう(日本語訳は新共同訳)。

神話の神はギリシャ語で ΘΕΟΣ/θεός [tʰeós テオス]っていうけど(現代語なら θεός [θɛˈɔs セオス])、うえの例をみてわかるように、このおんなじことばが聖書の神にもつかわれてる。つまり、ギリシャ語でも英語とかとおんなじことで、神話の神がみも聖書の神もおんなじ「テオス」だ。つかいわけっていえば、英語とは逆に、聖書の神のほうはたいてい定冠詞がついてる(うえの例でいえば、主格単数の がついてる)。不定冠詞はむかしのギリシャ語にはない。それから、古代には大文字しかなかったから、聖書の神のほうを大文字でかきはじめるなんてこともない(いまのギリシャ語だとキリスト教の神は大文字でかきはじめて Θεός になる)。

ってことで、キリスト教の原典でも、多神教の神がみとおんなじことばをつかってるんだから、日本語でも「かみ」でべつに問題はないとおもう。

ついでにいうと、それぞれの単語のもとの意味はまちまちで、ギリシャ語の「テオス」は「まつられるもの」、ラテン語の「デウス」は「かがやくもの」(ギリシャ神話のゼウス(Ζεύς [zděus ズデウス])、サンスクリット語の देव deva [デーヴァ]とおんなじ語源)、英語の「ゴッド」、ドイツ語の「ゴット」は「よびかけられるもの、いのりをささげられるもの」。日本語の「かみ」の語源ははっきりしてないみたいだ。

さらに、ついでにもうひとつ。サンスクリット語訳の新約聖書をみてみたら、神のことを、たんなる神つまり「デーヴァ」(仏教用語だと「天」って訳されてる)とはちがうことばで訳してあった。それは ईश्वर īśvara [イーシュワラ〔イーシュヴァラ〕]なんだけど、簡単にいうと最高神をあらわすことばだ。ヒンドゥー教は多神教だから、唯一の神とはちがうけど、でも、ほかの神がみと区別することばがあるんなら、こういうふうに、そのことばで訳すのももちろんわるくないだろう。

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 ・○○は神」「神○○―― 日本語の「かみ」とギリシャ語の「テオス」

2005.04.28 kakikomi; 2009.05.07 kakinaosi

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コメント

ご無沙汰しております。
サンスクリット語の聖書なんてものがあるんですね!見てみたいナァ。キリスト教専門の書店など置いてあるのですか?それともインド書籍の本屋さんの方が見つけやすいでしょうか?

投稿: BuSuKu | 2005.04.29 11:56

おひさしぶりです。
サンスクリット語訳の新約聖書は、銀座の教文館の洋書のところにあります。教文館のサイト(http://www.kyobunkwan.co.jp/)で注文することもできます。

投稿: ゆみや | 2005.04.30 01:01

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