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英語と古典式発音

Libra (てんびん座)の発音を、Daniel Jones の “Cambridge English Pronouncing Dictionary (16th Edition)” でみてみたら(これからのはなしは全部イギリス英語で、発音記号の音節のくぎりははぶく)、[ˈliːbrə]っていうのがいちばん最初になってて、そのあと[ˈlibrə, ˈlaɪbrə]ってつづいてた。まえに英和辞典をひいたときは、[láɪbrə]が最初だったんだけど。[ˈlaɪbrə]っていうのはいかにも英語よみで、それに対して、i を[iː]ってよむのは、あたらしくフランス語からはいった machine、unique、technique みたいなものぐらいだとおもってたから、ちょっとふしぎな気がした。

そこで、Libra とおんなじラテン語の文句をさらにその発音辞典でしらべてみると、vox populi (民の声)は[ˌvɒksˈpɒpjʊliː]で、英語よみの[ˌvɒksˈpɒpjʊlaɪ]とちょっとちがう。それから、Agnus Dei (神の小ヒツジ)は[ˌæɡnəsˈdeɪi, -nʊs-, -ˈdiːaɪ]で、英語よみの[-ˈdiːaɪ]がいちばん最後になってた。

ラテン語はヨーロッパ各地で伝統的な発音があって、イギリスなら英語よみっていえるようなよみかたをしてきた。だから、英語のなかでラテン語の単語なり格言なりをつかうときも、とうぜん英語よみだった。ところが、いつのまにか、英語のなかのラテン語は、英語式じゃなくて古典式にちかい発音があたりまえになったのかも。

ジェイムズ・ヒルトンの『チップス先生 さようなら』(新潮文庫)のなかで、1908年にチップス先生はあたらしい校長からこういわれてる。

ラテン語の発音の問題にしても、何年か前に、あなたに注意したと思うが、この学校では新式(ニュースタイル)を採用して貰いたいのです。

それから、W. V. クワインの『哲学事典』(白揚社)にはこんなことがかいてある。

オックスフォード大学の学位授与式はラテン語で行われる。私はその席上で、伝統的な英語風のラテン語の発音と研究により再構成された古典風の発音とが、対位法を織りなしていたのを思い出す。名誉総長のハリファクス卿は英語風の発音、総長のサー・モーリス・バウラは古典風の発音であった。シーザーの“Veni, vidi, vici”(来た、見た、勝った)という台詞は、伝統的な英語風の発音では、「ヴィーナイ、ヴァイダイ、ヴァイサイ」となるが、古典風発音では、「ウェイニー、ウィーディー、ウィーキー」となる。今世紀のはじめごろ、英米の学校では、英語風発音形式が古典風形式に道を譲った。

ここで、古典式発音ってことで「ウェイニー」ってかいてあるのがちょっとおもしろい。“ちゃんとした” 古典式なら「ウェーニー」になるはずだけど、英語に「エー」っていうながい母音がないもんだから「エイ」になっちゃうんだろう。じっさい、英語でかいてあるギリシャ語・ラテン語の参考書をみると、「エー」ってよむところを英語の「エイ」でよむようにかいてあったりする。ちなみに、『研究社 新英和大辞典』の第5版には[víːnaɪ-váɪdaɪ-váɪsaɪ]っていう英語式の発音ものってるんだけど、第6版にはなくなってる。Jones の発音辞典だと、英語式がなくて、[ˌveɪniːˌviːdiːˈviːkiː]っていう v だけ英語式の発音がまずのってて、そのあとに[ˌweɪniːˌwiːdiːˈwiːkiː]がのってる。どっちも「エー」じゃなくて「エイ」なんだな、やっぱり(カエサルのこのことばについては「VENI・VIDI・VICI (きた・みた・かった)」を参照)。

20世紀にはいって、じょじょに学校ではラテン語を古典式発音でよむようになってったみたいで、それがいまでは定着したってことなのかな。だから、英語のなかにラテン語のまんまとりいれられたことば(ラテン語起源の単語じゃなくて)のよみかたも、古典式になってきたのかもしれない。

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 ・VENI・VIDI・VICI (きた・みた・かった)

2005.05.16 kakikomi; 2009.05.19 kakinaosi

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