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ローマ字のつづり

漢字をつかわないで日本語をかくとしたら、候補としてはいろんな文字がかんがえられるけど、実際にはひらがなかカタカナかローマ字ってことになるだろう。で、日本語の発音の特徴をかんがえると、ローマ字よりひらがなかカタカナのほうがいいような気がするけど、かなのばあい、かなづかいやらいろんなことがついてまわる。

ローマ字は、いま現在、補助的なものとしてはつかわれてる。あくまでも補助的なものってことなら、「翻字」方式でもいいのかもしれない。これは要するに、いまのかなづかいのかな1文字ずつをローマ字にうつすやりかただ。でも、補助的なものでも、ちゃんとそれ自体のつづりをかんがえることだってできる。実際にいままでつかわれてきてる訓令式もヘボン式も「翻字」方式じゃないわけで、「99式」なんていう「翻字」方式のローマ字もあるにはあるみたいだけど、ローマ字の歴史からして、いまさら「翻字」でもないだろう。それに、「翻字」方式だと、ローマ字にまでかなづかいの問題をひきずることになる。だから、ここでは「翻字」じゃない正書法としてのローマ字つづりについてかんがえてみたい。

で、どうもときどきヘンなつづりのローマ字をみかける。ヘンっていうのは訓令式でもヘボン式でもないってことだ。訓令式はいちおう日本語の発音の体系にそったつづりだけど、ヘボン式のほうは子音だけが英語式になってる。たとえば「し」「しゃ」「じ」「じゃ」「ち」「ちゃ」「つ」「ふ」は、訓令式なら si sya zi zya ti tya tu hu で、ヘボン式なら shi sha ji ja chi cha tsu fu になる。

ヘンなローマ字で目だつのは「じゃ」「じゅ」「じょ」を jya jyu jyo ってかくやつだ。訓令式なら zya zyu zyo だし、ヘボン式なら ja ju jo なのに、どっちでもない。っていうか両方をまぜたようなもんか。それから、オ段の母音をのばすとき ou ってかくのもそうだ。「学校」を gakkou なんてかいてる。訓令式なら gakkô、ヘボン式なら gakkō か gakkoh か のばす母音を無視して gakko にするか、そんなとこだろう。それから助詞の「は」「へ」「を」を ha he wo にしてるのまである。これは訓令式でもヘボン式でも wa e o だ。

こういうのは、イラストにちょっとそえてある文章だとか、CDのタイトルだとか、URLとかメール・アドレスなんかによくある。なんかだんだんおおくなってるような気もする。たぶんこれはパソコンのローマ字入力の影響だろう。

ローマ字入力は、単語とか文章とかの全体をローマ字文として入力するもんじゃなくて、かな1文字ずつをローマ字で入力してるから、ちゃんとした ローマ字にならないこともよくある。それに、訓令式だのヘボン式だのの知識がなくても、テキトーに入力してちゃんと変換するようにしてあるみたいだから、ヘンなローマ字のまんまでダイジョブなようになってる。「じゃ」「じゅ」「じょ」のばあい、たとえば「き(ki)」と「きゃ(kya)」の関係からすれば、「じ」が ji だから「じゃ」は jya だってかんがえるのもムリはない。だからローマ字入力じゃこれでもいいようにしてあるんだろう。

ところで、ヘボン式はもともと日本語の体系にあってないローマ字だから、正書法としては問題外だとおもうけど、訓令式も、いわゆる「四つ仮名」(じ・ず・ぢ・づ)に関して問題がのこってる。タ行の t がにごるとダ行の d になるけど、「ぢ(zi)」と「づ(zu)」についてはそうはなってなくて z をつかう。ここが、訓令式がヘボン式からも日本式からも攻撃されるとこで、t と d の対応になれると、「ぢ」と「づ」についても日本式みたいに di du ってかきたくなるってこともおこるらしい。

で、こういうことだと「ぢ」「づ」を zi zu ってかくのが問題みたいだけど、そうじゃない。問題はタ行のほうにある。服部四郎の新日本式だと「ち」「つ」を ci cu ってかいて、タ行は ta ci cu te to、「ちゃ」「ちゅ」「ちょ」は cya cyu cyo になる。こうすると、イ段とウ段の子音がほかの段とちがってるダ行の da zi zu de do、zya zyu zyo ともきちんと対応するようになるし(「オシム」は「オスィム」?」)、「四つ仮名」の問題はなくなる。この c のつかいかたはローマ字つづりとしてはひろまってないけど、日本語の音韻表記としてはひろくつかわれてる。いまあるローマ字のなかじゃこの新日本式がいちばんいいとおもう。訓令式とのちがいはこの ci cu cya cyu cyo だけだ(ただし母音と y のまえの「ん」には n’ じゃなくて ñ をつかったりするみたい)。

このやりかたについて、『世界言語概説 下巻』(研究社、1955)の「日本語」のなかの「文字」のとこにはこんなことがかいてある(旧字体は新字体に、旧かなづかいは現代かなづかいになおした)。

日本式及び訓令式のタ行音綴りに、上記のような改訂を加えると、その他もろもろの困難が消失する。即ち、70年になんなんとするローマ字論争の理論的部分に終止符を打ち得るのである。
 然るに、文部省ローマ字調査分科審議会は、政治的解決法により、1952年末、訓令式を第1表として採用し、問題を未解決のまま残した。

服部四郎はあとになって c のかわりに ç をつかうようになった。それは c が目だちにくいから下にちょっとつきだしてる ç のほうがいいってことみたいで、そのほかに c がつかわれてる外国語での c の発音のこともある。でも、これって学者のとりこし苦労っていうか、かんがえすぎだろう。それでも、ローマ字でかいた1949年の論文にはこの ç がつかってあって、その理由もかいてあるんだけど、もっとあとの1984年にでた本だと c をつかってるから、結局は ç をつかうのをやめたみたいだ。

ローマ字のつづりに関しては、d とか j みたいに上下にとびだしてる文字があったほうがよみとりやすいなんてことをいうことがよくあるけど、ロシア文字なんかのことをかんがえれば、そんなことはたいした問題じゃないとおもう。ロシア人はロシア文字のつづりをとくによみにくいとはおもってないんじゃないかな。それに、日本語のローマ字のつづりは、英語なんかとくらべるとデコボコがすくない印象があるけど、おんなじようにデコボコがあんまりない感じなのはフィンランド語とかほかにもある。これだって、フィンランド人はフィンランド語のつづりをとくによみにくいとはおもってないだろう(ローマ字文のみた目」)。

それから母音をのばすときのつづりに関しては、ヘンなローマ字ってことじゃなくてもいろいろある。â とか ā もわるくはないけど、ばあいによってはこの記号がつかえないこともあったり、つかえるのにつかってなかったりする。英語がなんにも記号をつかわないっていうのも関係あるだろう。でもやっぱりちゃんと母音のながさの区別をかかないと、日本語の名まえとしてはおかしなことになる。たとえば Ono だけじゃ「小野」と「大野」の区別がつかない。

で、ながい母音のあらわしかたとしては、â とか ā みたいな記号をつかうより、母音字をかさねて aa ってかくほうがいいとおもう。記号をつかわないほうがパソコンなんかであつかうときに都合がいいっていうのもあるけど、これをかんがえたきっかけはアクセント記号だった。アクセントで意味を区別する単語にはアクセント記号をつけて区別すればいいとおもうけど、母音をのばす記号がついてると、そこにさらにアクセント記号はつけにくい。ただ、ローマ字はあくまで補助的なものだとすると、アクセント記号までつかわなくてもいいかもしれない。

かさね母音字式のつづりがいいっていうのには、こういうことよりもおおきな理由がある。世界には、日本語とちがって母音のながさを区別しないことばもある。そういうことばのはなし手は、母音をのばす記号があっても、みじかい母音と区別して発音するのはむずかしいだろう。でも、母音字がふたつかいてあれば、ながい母音として発音できなくても、とにかく母音をふたつ分よむことにはなる。そしたら「アー」じゃなくて「ア・ア」って発音になったとしても、みじかい母音ひとつの「ア」とはちがうことになるし、拍(モーラ)の数だってちゃんともとのまんま、つまり2拍分になる。

それに、ながい母音を母音字ふたつであらわしてることばっていうのもちゃんとあるから(フィンランド語なんかがそうだし、ドイツ語も一部そうなってる)、その点からもおかしくない。

だから、外国人むけに日本語の単語をローマ字でかいたり、ラテン文字(ローマ字)をつかってる外国語のなかで日本語の単語をかくときには、母音字をふたつかいてながい母音をあらわすやりかたがいちばんいいとおもう。

そういえば訓令式でも最初が大文字だったり全部大文字でかくときは Oono、OONO っていうのをみとめてたんじゃなかったっけ。大文字だと印刷の関係でながい母音の記号がつかえないなんてことがあるからだろう。それから i をのばすときは大文字じゃなくても ii ってかくのがふつうだけど、これもたしか印刷の関係で i の点と母音をのばす記号がぶつかるからって理由だったとおもう。

あと、「ん」には専用の文字をつかいたい。「ん」は実際の音声としてはいろんなばあいがあるけど(鼻音のかきかた」)、日本語の音韻としてはひとつなんだから、ヘボン式みたいに n だったり m だったりするのはおかしいし(実際にはもっとちがう発音もあるんだし)、かといって、ナ行の子音ともべつの音韻なんだから、訓令式とかみたいに n っていうのもイマイチだとおもう。だから新日本式で部分的につかってる ñ を全部の「ん」につかうのがいいんじゃないかな。

ただ、ñ はこのまんまじゃ URL とかメール・アドレスにはつかえない。でもドイツ語のウムラウト(ä、ö、ü)が、この活字がつかえないばあいには ae、oe、ue におきかえられるみたいに、ñ がつかえないばあいのことをきめとけば、問題はないだろう。たとえば、そういうばあいは訓令式とおんなじようにただの n にして、母音と y のまえでは n’ にするってことでもいい。それなら最初っからそれでいいじゃないかってはなしにもなるかもしれないけど、正書法としては「ん」はあくまでナ行の子音とはべつの音韻だってことを尊重したい。ちなみにパソコンで入力するばあいスペイン語のキーボードの設定をつかえば ñ は簡単に入力できる。

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[つぎに、ここでかんがえたつづりかたのローマ字で上の文章をかいてみたものをのせておく。文章そのものがはなしことば口調だから、引用文をのぞいて、「えい」は「ei」じゃなくて「ee」にした。]

ROOMAZI NO CUZURI

Kañzi o cukawanai de Nihoñgo o kaku to sitara, kooho to site wa iroñna mozi ga kañgaerareru kedo, zissai ni wa hiragana ka katakana ka roomazi tte koto ni naru daroo. De, Nihoñgo no hacuoñ no tokucyoo o kañgaeru to, roomazi yori hiragana ka katakana no hoo ga ii yoo na ki ga suru kedo, kana no baai, kanazukai yara iroñna koto ga cuite mawaru.

Roomazi wa, ima geñzai hozyo teki na mono to site wa cukawareteru. Aku made hozyo teki na mono tte koto nara, "hoñzi" hoosiki de mo ii no ka mo sirenai. Kore wa yoosuru ni, ima no kanazukai no kana hitomozi zucu o roomazi ni ucusu yarikata da. De mo hozyo teki na mono de mo, cyañto sore zitai no cuzuri o kañgaeru koto datte dekiru. Zissai ni ima made cukawarete kiteru kuñree siki mo Heboñ siki mo "hoñzi" hoosiki zya nai wake de, "99-siki" nañte yuu "hoñzi" hoosiki no roomazi mo aru ni wa aru mitai da kedo, roomazi no rekisi kara site, imasara "hoñzi" de mo nai daroo. Sore ni, "hoñzi" hoosiki da to, roomazi ni made kanazukai no moñdai o hikizuru koto ni naru. Da kara, koko de wa "hoñzi" zya nai seesyohoo to site no roomazi cuzuri ni cuite kañgaete mitai.

De, doo mo tokidoki heñ na cuzuri no roomazi o mikakeru. Heñ tte yuu no wa, kuñree siki de mo Heboñ siki de mo nai tte koto da. Kuñree siki wa icioo Nihoñgo no hacuoñ no taikee ni sotta cuzuri da kedo, Heboñ siki no hoo wa siiñ dake ga Eego siki ni natteru. Tatoeba, "し" "しゃ" "じ" "じゃ" "ち" "ちゃ" "つ" "ふ" wa, kuñree siki nara "si" "sya" "zi" "zya" "ti" "tya" "tu" "hu" de, Heboñ siki nara "shi" "sha" "ji" "ja" "chi" "cha" "tsu" "fu" ni naru.

Heñ na roomazi de medacu no wa, "じゃ" "じゅ" "じょ" o "jya" "jyu" "jyo" tte kaku yacu da. Kuñree siki nara "zya" "zyu" "zyo" da si, Heboñ siki nara "ja" "ju" "jo" na no ni, docci de mo nai. Tte yuu ka, ryoohoo o mazeta yoo na moñ ka. Sore kara, o-dañ no boiñ o nobasu toki "ou" tte kaku no mo soo da. "学校" o "gakkou" nañte kaiteru. Kuñree siki nara "gakkô", Heboñ siki nara "gakkō" ka "gakkoh" ka, nobasu boiñ o musi site "gakko" ni suru ka, soñna toko daroo. Sore kara, zyosi no "は" "へ" "を" o "ha" "he" "wo" ni siteru no made aru. Kore wa kuñree siki de mo Heboñ siki de mo "wa" "e" "o" da.

Koo yuu no wa, irasuto ni cyotto soete aru buñsyoo da to ka, CD no taitoru da to ka, URL to ka meeru adoresu nañ ka ni yoku aru. Nañ ka dañdañ ooku natteru yoo na ki ga suru. Tabuñ kore wa pasokoñ no roomazi nyuuryoku no eekyoo daroo.

Roomazi nyuuryoku wa, tañgo to ka buñsyoo to ka no zeñtai o roomazi de nyuuryoku suru moñ zya nakute, kana hitomozi zucu o roomazi de nyuuryoku siteru kara, cyañto sita roomazi ni naranai koto mo yoku aru. Sore ni, kuñree siki da no Heboñ siki da no no cisiki ga nakute mo, tekitoo ni nyuuryoku site cyañto heñkañ suru yoo ni site aru mitai da kara, heñ na roomazi no mañma de daizyobu na yoo ni natteru. "じゃ" "じゅ" "じょ" no baai, tatoeba "き (ki)" to "きゃ (kya)" no kañkee kara sureba, "じ" ga "ji" da kara "じゃ" wa "jya" da tte kañgaeru no mo muri wa nai. Da kara roomazi nyuuryoku zya kore de mo ii yoo ni site aru ñ daroo.

Tokoro de, Heboñ siki wa motomoto Nihoñgo no taikee ni atte nai roomazi da kara, seesyohoo to site wa moñdaigai da to omou kedo, kuñree siki mo, iwayuru "yocugana" (じ, ず, ぢ, づ) ni kañsite moñdai ga nokotteru. Ta-gyoo no "t" ga nigoru to da-gyoo no "d" ni naru kedo, "ぢ (zi)" to "づ (zu)" ni cuite wa soo wa natte nakute "z" o cukau. Koko ga, kuñree siki ga Heboñ siki kara mo Nihoñ siki kara mo koogeki sareru toko de, "t" to "d" no taioo ni nareru to, "ぢ" to "づ" ni cuite mo Nihoñ siki mitai ni "di" "du" tte kakitaku naru tte koto mo okoru rasii.

De, koo yuu koto da to, "ぢ" "づ" o "zi" "zu" tte kaku no ga moñdai mitai da kedo, soo zya nai. Moñdai wa ta-gyoo no hoo ni aru. Hattori Siroo no "Siñ Nihoñ siki" da to "ち" "つ" o "ci" "cu" tte kaite, ta-gyoo wa "ta, ci, cu, te, to", "ちゃ" "ちゅ" "ちょ" wa "cya" "cyu" "cyo" ni naru. Koo suru to, i-dañ to u-dañ no siiñ ga hoka no dañ to cigatteru da-gyoo no "da, zi, zu, de, do" "zya, zyu, zyo" to mo kiciñto taioo suru yoo ni naru si ('"オシム" WA "オスィム"?'), "yocugana" no moñdai wa naku naru. Kono "c" no cukaikata wa roomazi cuzuri to site wa hiromatte nai kedo, Nihoñgo no oñiñ hyooki to site wa hiroku cukawareteru. Ima aru roomazi no naka zya kono Siñ Nihoñ siki ga icibañ ii to omou. Kuñree siki to no cigai wa kono "ci, cu, cya, cyu, cyo" dake da (tadasi boiñ to "y" no mae no "ん" ni wa "n'" zya nakute "ñ" o cukattari suru mitai).

Kono yarikata ni cuite, "Sekai Geñgo Gaisecu: Ge-kañ" (Keñkyuusya, 1955) no 'Nihoñgo' no naka no 'Mozi' no toko ni wa koñna koto ga kaite aru.

Nihoñ siki oyobi kuñrei siki no ta-gyoo cuzuri ni, zyooki no yoo na kaitei o kuwaeru to, sono ta moromoro no koñnañ ga syoosicu suru. Sunawaci, 70 neñ ni nañ nañ to suru roomazi roñsoo no riroñ teki bubuñ ni syuusihu o ucieru no de aru.
 Sikaru ni, Moñbu Syoo Roomazi Buñka Siñgikai wa, seizi teki kaikecu hoo ni yori, 1952 neñ macu, kuñrei siki o dai 1 hyoo to site saiyoo si, moñdai o mikaikecu no mama nokosita.

Hattori Siroo wa ato ni natte "c" no kawari ni "ç" o cukau yoo ni natta. Sore wa "c" ga medaci nikui kara, sita ni cyotto cukidasiteru "ç" no hoo ga ii tte koto mitai de, sono hoka ni mo "c" ga cukawareteru gaikokugo de no "c" no hacuoñ no koto mo aru no ka mo sirenai. De mo kore tte gakusya no torikosiguroo tte yuu ka, kañgaesugi daroo.

Roomazi no cuzuri ni kañsite wa, "d" to ka "j" mitai ni zyooge ni tobidasiteru mozi ga atta hoo ga yomitori yasui nañte koto o yuu koto ga yoku aru kedo, Rosia mozi nañ ka no koto o kañgaereba, soñna koto wa taisita moñdai zya nai to omou. Rosiaziñ wa Rosia mozi no cuzuri o toku ni yomi nikui to wa omotte nai ñ zya nai ka na. Sore ni, Nihoñgo no roomazi no cuzuri wa, Eego nañ ka to kuraberu to dekoboko ga sukunai iñsyoo ga aru kedo, oñnazi yoo ni dekoboko ga añmari nai kañzi na no wa Fiñrañdogo to ka hoka ni mo aru. Kore da tte, Fiñrañdoziñ wa Fiñrañdogo no cuzuri o toku ni yomi nikui to wa omotte nai daroo ('ROOMAZIBUÑ NO MITAME').

Sore kara, boiñ o nobasu toki no cuzuri ni kañsite wa, heñ na roomazi tte koto zya nakute mo iroiro aru. "Â" to ka "ā" mo waruku nai kedo, baai ni yotte wa kono kigoo ga cukaenai koto mo attari, cukaeru no ni cukatte nakattari suru. Eego ga nañni mo kigoo o cukawanai tte yuu no mo kañkee aru daroo. De mo yappari cyañto boiñ no nagasa no kubecu o kakanai to, Nihoñgo no namae to site wa okasina koto ni naru. Tatoeba "Ono" dake zya "小野" to "大野" no kubecu ga cukanai.

De, nagai boiñ no arawasikata to site wa, "â" to ka "ā" mitai na kigoo o cukau yori, boiñzi o kasanete "aa" tte kaku hoo ga ii to omou. Kigoo o cukawanai hoo ga pasokoñ nañ ka de acukau toki ni cugoo ga ii tte yuu no mo aru kedo, kore o kañgaeta kikkake wa akuseñto kigoo datta. Akuseñto de imi o kubecu suru tañgo ni wa akuseñto kigoo o cukete kubecu sureba ii to omou kedo, boiñ o nobasu kigoo ga cuiteru to, soko ni sara ni akuseñto kigoo wa cuke nikui. Tada, roomazi wa aku made hozyo teki na mono da to suru to, akuseñto kigoo made cukawanakute mo ii ka mo sirenai.

Kasane boiñzi siki no cuzuri ga ii tte yuu no ni wa, koo yuu koto yori mo ookina riyuu ga aru. Sekai ni wa, Nihoñgo to cigatte boiñ no nagasa o kubecu sinai kotoba mo aru. Soo yuu kotoba no hanasite wa, boiñ o nobasu kigoo ga atte mo, mizikai boiñ to kubecu site hacuoñ suru no wa muzukasii daroo. De mo boiñzi ga hutacu kaite areba, nagai boiñ to site hacuoñ dekinakute mo, tonikanu boiñ o hutacu buñ yomu koto ni wa naru. Sositara "ā" zya nakute "a a" tte hacuoñ ni natta to site mo, mizikai boiñ hitocu no "a" to wa cigau koto ni naru si, haku (moora) no kazu datte cyañto moto no mañma, cumari 2 haku buñ ni naru.

Sore ni, nagai boiñ o boiñzi hutacu de arawasiteru kotoba tte yuu no mo cyañto aru kara (Fiñrañdogo nañ ka ga soo da si, Doicugo mo icibu soo natteru), sono teñ kara mo okasiku nai.

Da kara, gaikokuziñ muke ni Nihoñgo no tañgo o roomazi de kaitari, Rateñ mozi (roomazi) o cukatteru gaikokugo no naka de Nihoñgo no tañgo o kaku toki ni wa, boiñzi o hutacu kaite nagai boiñ o arawasu yarikata ga icibañ ii to omou.

Soo ieba, kuñree siki de mo, saisyo ga oomozi dattari, zeñbu oomozi de kaku toki wa, "Oono" "OONO" tte yuu no o mitometeta ñ zya nakattakke. Oomozi da to, iñsacu no kañkee de nagai boiñ no kigoo ga cukaenai nañte koto ga aru kara daroo. Sore kara, "i" o nobasu toki oomozi zya nakute mo "ii" tte kaku no ga hucuu da kedo, kore mo tasika iñsacu no kañkee de "i" no teñ to boiñ o nobasu kigoo ga bucukaru kara tte riyuu datta to omou.

Ato, "ん" ni wa señyoo no mozi o cukaitai. "ん" wa zissai no oñsee to site wa iroñna baai ga aru kedo ('BIOÑ NO KAKIKATA'), Nihoñgo no oñiñ to site wa hitocu na ñ da kara, Heboñ siki mitai ni "n" dattari "m" dattari suru no wa okasii si (zissai ni wa motto cigau hacuoñ mo aru ñ da si), ka to itte, na-gyoo no siiñ to mo becu no oñiñ na ñ da kara, kuñree siki to ka mitai ni "n" tte yuu no mo imaici da to omou. Da kara, Siñ Nihoñ siki de bubuñ teki ni cukatteru "ñ" o zeñbu no "ん" ni cukau no ga ii ñ zya nai ka na.

Tada, "ñ" wa kono mañma zya URL to ka meeru adoresu ni wa cukaenai. De mo Doicugo no umurauto (ä, ö, ü) ga, kono kacuzi ga cukaenai baai ni wa "ae, oe, ue" ni okikaerareru mitai ni, "ñ" ga cukaenai baai no koto o kimete okeba, moñdai wa nai daroo. Tatoeba, soo yuu baai wa, kuñree siki to oñnazi yoo ni, tada no "n" ni site, boiñ to "y" no mae de wa "n'" ni suru tte koto de mo ii. Sore nara, saisyokkara sore de ii zya nai ka tte hanasi ni mo naru ka mo sirenai kedo, seesyohoo to site wa, "ん" wa aku made na-gyoo no siiñ to wa becu no oñiñ da tte koto o soñcyoo sitai. Cinami ni, pasokoñ de nyuuryoku suru baai, Supeiñgo no kiiboodo no settee o cukaeba "ñ" wa kañtañ ni nyuuryoku dekiru.

2005.05.25 kakikomi; 2009.04.13 kakinaosi

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