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カザンザキスの墓

ギリシャのクレタ島出身の作家ニコス・カザンザキス(Νίκος Καζαντζάκης [ˈnikos kazanˈdzakis]、1883-1957)は、日本だと『その男ゾルバ』あたりがいちばん有名だとおもうけど、クレタ島のイラクリオンにある墓にはある文章がきざまれてる。

その文章は、ある現代ギリシャ語の入門書には、「Δεν ελπίζω τίποτα. Δεν φοβάμαι τίποτα. Είμαι ελεύτερος.」ってかいてあったけど、カザンザキスの作品の対訳本の解説には、文章の順序もことばもちょっとちがってて、「Δεν φοβάμαι τίποτα, δεν ελπίζω τίποτα, είμαι λεύτερος.」になってた。どっちがほんとなんだろ…。

そうおもってたら、テレビのドキュメンタリー番組で、このカザンザキスの墓がうつったのがあって、その墓の映像をよくみてみると、きざんである文章がよみとれた。


Δέν ελπίζω τίποτα
Δέ φοβούμαι τίποτα
Είμαι λέφτερος

[ðen elˈpizo ˈtipota
de foˈvume ˈtipota
ˈime ˈlefteros]

ゼネルピーゾ ティーポタ
ゼ フォヴーメ ティーポタ
イーメ レフテロス

なにも のぞまない
なにも おそれない
わたしは自由だ

手がきの文字をきざんだもので、とうぜんカザンザキスの筆跡なんだろう。アクセント記号は、ただの点になってる(Δέ(ν) にもアクセントがある)。

1行めにふたつ、2行めにひとつでてくる π はオメガみたいなかたちの筆記体で、これがもとになった異体字 ϖ がユニコードにもある。

1行めの Δέν とちがって2行めの最初は Δέ だから、まずここが参考書とちがう。2行めのばあい、つぎの単語が摩擦音の φ ではじまってるから ν がなくなった。口語としてはこれが自然だろう。

2行めの「こわい、おそれる」はこのとおり φοβούμαι で、これも参考書にあった φοβάμαι とはちがうけど、この動詞にはこのかたちもある。それから、この φοβούμαι の ου は、ο にツノが2本はえたみたいな ο と υ の結合文字になってる。この字はむかしからつかわれてきたけど、いまもしっかりいきのこってるんだな。

3行めの「自由な」の λέφτερος は、対訳本の λεύτερος とは つづりがちがうだけで発音はおんなじで、入門書の ελεύτερος よりも俗語的だ。

有名なサイトにのってるこのことばの翻訳は文語文なんだけど、どうかとおもう。このことばは、文語文にあたる純正語じゃなくて、口語文にあたる民衆語の文章だし、それだけじゃなくて、標準的な民衆語よりも俗語的なかたちをつかってるんだから、文語で訳すのはおかしいだろう。文語訳ににげるのはよくあることだけど(文語復活だなんて」)。

それから、対訳本の解説にあった文章とおんなじものをギリシャ語のカザンザキス関係のサイトでもみかけたから、実際の文章とはちがうかたちでひろまっちゃってるみたいだ。

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2005.05.24 kakikomi; 2017.05.17 kakitasi

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