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『書物としての新約聖書』

『書物としての新約聖書』(田川建三著、勁草書房)っていう本をよんだことがあるけど、どうも看板にいつわりありって感じがしなくもなかった。この題名からすると、信者がよむ聖典としての新約聖書じゃなくて、ふつうのよみものとしての新約聖書ってことじゃないかっておもってたんだけど、じつはそうじゃなくて、文献学のはなしだった。つまり、「書物として」っていうのは、文献学があつかうような意味の書物で、写本のことだとか、そういうことがながながとかいてある。

新約聖書はむかしの本だから、まずはそのあたりことが問題になるのはわかるけど、そこからはじまって新約聖書のなかみのことにいくのかとおもったら、そういうんじゃなかった。もちろん、著者はわざっといつわりの題名をつけたわけじゃないだろうけど。こっちが勝手にカンちがいしただけのことで……。それに、おもしろいことはおもしろかったし。

ところで、この著者は学者にはめずらしく「ギリシャ」ってかいてる。「後書き」でわざわざこのことにふれて、「ギリシア」ってかきかたを批判してた。ただ、このひとは「カンボジア」も「カンボジャ」だっていうんだけど、すくなくともいまは、これはちがうとおもう(「ギリシア」という表記について」「「ギリシャ」のかなづかい」)。

それから、新約聖書の文書はそれぞれ著者がちがうから、文章じたいずいぶんちがいがある。最高の文章だっていわれてる『ヘブライ人への手紙』から、文法違反だらけの異様な文章の『ヨハネの黙示録』までいろいろだ。福音書のなかじゃルカの文章がいちばん評判がいい。このへんのことに関連して、この著者はこんなことをかいてる。

マタイもルカも、資料としてマルコ福音書とQ資料を用いているから、その文章に引きずられて、いかにもぎこちないギリシャ語になっているところも多い。それでも、マルコと比べれば、マタイやルカは、マルコの「下手な」ギリシャ語をともかくもギリシャ語の書物としてさまになるように苦労して多く修正する努力をしている。

そういうわけで、これをギリシャ語の勉強につかう提案もしてる。

ギリシャ語の初級の文法と文体の訓練のために面白いのは、ルカとマルコを比べて、ルカがどのようにマルコの文を修正しているかをチェックする作業である。むろん、内容的、思想的な変更もかなり多数あるから、何でも文法や文体の問題というわけにもいかないが、文法的、文体的な改善に属する修正もそれに劣らず沢山あるから、いいギリシャ語の勉強になる。

ただギリシャ語の文章をよむだけじゃなくて、こういう比較をするっていうのはまたちょっとちがういい勉強になるだろうけど、でも、ギリシャ語を勉強するのに、キリスト教徒ならともかく、そうじゃなけりゃ、なにもわざわざ新約聖書で勉強しなくてもいいだろう。まずは、いわゆるギリシャの古典をよめばいいんだから。

関連記事
 ・「ギリシア」という表記について
 ・「ギリシャ」のかなづかい
 ・『ラテン語小文典』(附 ギリシア語要約およびラテン・ギリシア造語法)

2005.05.28 kakikomi; 2014.01.16 kakitasi

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コメント

ギリシャとギリシアで私も困っています。
ギリシャのときは現代の学問とは関係ないジャンルで、
ギリシアは学術的なときに使うのかなぁと思っていますが、
ハッキリしません。

投稿: lemonodasos | 2005.05.30 01:40

「ぎ・り・しゃ」と3拍でよませるつもりで「ギリシア」とかくなら、いまの日本語のかなづかいとしてまちがっているので、自分では「ギリシア」とはかきません。「ぎ・り・し・あ」というというのなら、「ギリシア」とかくことになるでしょうけど、このばあいのアクセントはどうなるのかわかりません。というか、そもそも「ぎ・り・し・あ」という日本語は本当にあるのでしょうか。

学問のほうで「ギリシア」とかくと“きまっている”わけでもないでしょう。だれがはじめたのかしりませんが、「ギリシア」とかくのが学者っぽい感じになっていて、学者自身がそうですが、学者じゃないひとも学者のマネをしてるんじゃないでしょうか。

べつのいいかたをすれば、業界用語みたいなものかもしれません。「ギリシア」とかけば業界人(学者)っぽくなるのでしょう。まあ、「ギリシァ」とかくのなんかは論外だとおもいますけど…。

いつだったか、教科書かなんかでそれまで「ロシヤ」とかいていたものが「ロシア」とかくようになったということがあったみたいで、そのときに、そういうのといっしょにされて、「ギリシア」とかくようになったんじゃないかともおもったりするんですけど、関係ないでしょうかねえ。

ただ、まあ、けっきょく日本語の表記のことですから、西洋古典とか西洋哲学の学者は日本語の専門家ではないので、このひとたちのかきかたは基準にはならないとおもいます。新聞だと「ギリシャ」とかいていますし、そのあたりが常識的だとおもうんですけど…。

投稿: ゆみや | 2005.05.30 18:45

レビューを拝読いたしまして「面白そうだな」とおもい、さっそく古本屋で探してきました。かなり厚い本だったので文献学の概説のところだけちょっと読んでみたのですが、なかなか面白いですね。
・・・などと思いながら、ひと先ず本棚に、と思って行ってみると、なんと棚の下の方に同じ本が・・・。日焼けして背表紙の色が変わってしまっているところをみると、相当前に買い込んだまま、ほったらかしにしてたようです。
5000円、古本屋に寄付してしまったようなものですね(涙)

投稿: BuSuKu | 2005.06.10 08:39

う~ん、なんともうしあげていいのやら……。もともとたかい本ですからねえ。

投稿: ゆみや | 2005.06.11 18:12

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