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人称

人称っていう文法用語をしったとき、はじめはなんのことだかわからなかった。1人称が「わたし」で、2人称が「あなた」で…っていう説明をきいてもさっぱりわけがわからない。ものごとを、こういうふうに3つの人称にわけるってことじたいが理解できなかった。日本語に人称ってものがあれば、そうわからなくもなかったんだろうけど。

国文法には人称代名詞がでてくる。でも、あれはおかしいとおもう。「わたし」とか「きみ」とかはもともとたんなる名詞だし、人称代名詞っていわれてても、文法的にふつうの名詞とかわりがない。それに、自分とか相手のことを「わたし」とか「おれ」とか「あなた」とか「おまえ」とかいわないで、肩がきなんかでいうことがおおい。教師が生徒に対して自分のことを「先生」っていうみたいに、ただの名詞で自分とか相手のことをいうのがふつうだし、「わたし」とか「きみ」もそういう名詞のひとつにすぎない。動詞の人称変化もないんだから、日本語の文法で人称代名詞なんてものをたてる意味があるとはおもえない。

これに対して、インド・ヨーロッパ語族の人称代名詞は、はやりすたりがある日本語のいわゆる「人称代名詞」とちがって、おおむかしから一貫しておんなじことばがつかわれてきた。1人称単数でいえば、ギリシャ語の ἐγώ [eɡɔ̌ː]、ラテン語の ego、サンスクリット語の अहम् (aham)、イタリア語の io、スペイン語の yo、フランス語の je、英語の I、ドイツ語の ich、ロシア語の я (ya)…、こういうのは、ずいぶんちがうようだけど、さかのぼれば結局ひとつの単語にいきつく。文法的にも名詞とはちがってる。

ところで、その人称のかぞえかたにはちょっとしたちがいがある。ヨーロッパのことばだと、英語からわかるように「わたし」が1人称、「あなた」が2人称、それ以外が3人称だけど、インドの伝統的な文法だと逆で、「わたし」が3人称、「あなた」が2人称、それ以外が1人称になる。

動詞の代表として辞書にのるかたちにもちがいがある。サンスクリット語は動詞の語根がみだし語になるけど、それにつづいて活用の種類と直説法現在3人称(インドの1人称)単数形がかいてある。みだし語の語根をのぞけば、動詞の代表として(ヨーロッパの)3人称があがってるわけだ。伝統文法で1人称っていうだけのことはあるって感じかな。おもしろいことに、セム語族のヘブライ語・アラビア語の動詞は、辞書のみだし語として3人称単数(男性)形をつかうけど、これなんかちょっとインドと共通の感覚があるのかもしれない。

これとはちがって、ギリシャ語・ラテン語の動詞は、直説法現在1人称単数形が辞書のみだし語になる。これも1人称っていうだけのことはあるかも。ただし、その後の近代ヨーロッパ語だと、不定詞がみだし語になってるけどね。それでも、現代ギリシャ語は、むかしとおんなじ直説法現在1人称単数がみだし語としてつかわれてる。現代語には不定詞がなくなったから、そもそも不定詞をつかうわけにはいかないんだけど。

2005.05.07 kakikomi; 2009.05.07 kakinaosi

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