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マジシャンはもともと…

なにやらおかしな学者とくんで、超能力者のインチキをあばくっていうパフォーマンスをしてる手品師がいる。このコンビはかなりベテランの手品師なんだけど、なんでこんなくだらないことしてるんだろ。むかしながらの手品じゃうけなくなったからかな。

手品師が超能力者とかのインチキをあばくっていうのは、天につばするようなもんだ。手品師はもともとはインチキの魔術師(魔法つかい)だったんだから。手品師はマジシャン(magician)ともいうけど、マジシャンっていうのはもとはといえば魔術師(魔法つかい)のことだ。マジック(magic)だってもとの意味は魔術(魔法)だ。ほんものの魔術と称してインチキをみせてたのが結局はいまの手品のはじまりだろう。手品についてはトリックっていうことばもつかうけど、これも「ごまかし、ぺてん、みせかけ」って意味じゃないか。

いまじゃ魔術なんてものは ものがたりのなかだけのものってことになってるから、手品師がやることも、最初っからほんとの魔術だとか超能力だとは観客もおもってない。ただプロの芸をみにきてるだけだ。だから、ただ手品をしてるだけじゃほかの手品師とのちがいがだせないから、なかには「超魔術」とか称してほんとの超能力じゃないかっておもわせるような演出もでてくる。超能力をあばくっていうパフォーマンスも、ほかの手品師とのちがいをだすための演出なのかもしれない。

でも、そもそもこんなパフォーマンスはなんになるんだろ(金にはなるんだろうけど)。これで観客をたのしませればいいっていうんなら、それはそれでわるくないのかもしれない。けど、こんなことしたって、それだけじゃ超能力そのものがインチキだっていう証明にはなってない。手品でできるからって、手品以外じゃできないってことにはならないんだから。それに、ほんものがあるからこそニセものがあるんだから、手品っていうニセの魔術とか超能力をみせたからって、かえってほんものの存在を感じさせるようなもんだ。

2005.06.01 kakikomi; 2010.09.07 kakinaosi

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