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日本語の大蔵経

イラクの武装勢力が日本のことを「けがれた仏教国」なんていってたりするけど、「けがれた」はともかくとして、「仏教国」っていうのはどうなんだろ。

まあ、いちおう1000年以上の日本仏教の歴史もあることだし……なんていえないこともないけど、どうも仏教国っていうにはなさけないことがひとつある。それは、けっこう歴史があるくせに、日本語の大蔵経[だいぞうきょう]がないってことだ。

大蔵経っていうのは仏教の経典を集大成したもので、日本には『大正新脩大蔵経』っていう立派なものもあるけど、これは基本的に漢文(中国の文語文)の大蔵経だ。この叢書のうしろのタイトルページは「THE TAISHO SHINSHU DAIZOKYO (THE TRIPITAKA IN CHINESE)」ってなってて、CHINESE の TRIPITAKA (三蔵=仏教経典)だってはっきりかいてある(ごく一部、「続諸宗部」ってとこに日本語の部分がすこしあって、親鸞とか道元なんかがかいたものがはいってるけど)。漢文を訓読した『国訳一切経』っていうのもあるけど、全部じゃないし、翻訳っていうのともちがうとおもう。

東南アジアの仏教国はパーリ語(古代インドのことばのひとつ)の大蔵経はあるけど、それぞれのことばに訳した大蔵経があるわけじゃないだろう。それをかんがえたら、べつにいいじゃないかってことになるかもしれない。でも、大乗仏教の地域でくらべると、中国には漢文の大蔵経があるし、チベットにはチベット語のがある。それから、モンゴル語のもあるとか…。それからすると、日本の仏教はなにやってたんだろうっていいたくなる。いまだにお寺じゃ漢文のまんまのお経を、中国の発音がもとになった日本式の音よみでよんでるんだもんな。

どの宗教でも経典っていうのはたいていフシがついててとなえるものだけど、日本の仏教の経典が漢文じゃなきゃフシつけてとなえられないっていう理由はないはずだ。じっさい琵琶の伴奏で訓読したお経をとなえることもあるんだし。

「仮名書き」のお経っていうのもあるにはあったけど(「仮名書き」っていっても要するに訓読文で、漢字かなまじり文)、ごく一部にとどまった。いまにいたるまで大蔵経は漢文のまんまっていうのは、やっぱり漢字と漢文をありがたがるのと関係あるだろう。このことはもちろん仏教だけのことじゃないけど。

いま日本語訳のお経はそれなりにでてるけど、こういうのをあつめたら、どのくらいのものができるのかな。漢文の大蔵経にくらべりゃ、ほんのちょっとだろうな…。

2005.06.03 kakikomi; 2011.02.03 kakinaosi

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