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天使の階級

天使っていうと、英語で angel [エインジェル]、ドイツ語で Engel [エンゲル]、イタリア語で angelo [アンジェロ]、フランス語で ange [オンジュ(アンジュ)]、ラテン語で angelus [アンゲルス(古典式)/アンジェルス(ローマ式)]だけど、このもとはギリシャ語の ἄγγελος [áŋɡelos アンゲロス]で、意味は「つかい、つかいのもの、使者、伝令」ってことだ。それが「天使」ってことでもつかわれるようになったのは、旧約聖書にでてくるヘブライ語の מלאך malʼākh [マルアーク](つかい、使者、天使)を、七十人訳(セプトゥアギンタ、Septuaginta、ギリシャ語訳旧約聖書)でそのまんま ἄγγελος って訳したからだ。ヘブライ語でもギリシャ語でも聖書のなかじゃ「主(=ヤハウェ)のつかい」っていうふうに「主の」がついてることがおおい。でも、「天」にあたることばはもともとはない。ただし「主」は神だから、「天」ってことばで神をさしてるんなら、「天使」ってことばは「主のつかい」とおんなじことだとはいえる。まあ、天のつかいっていえば神のつかいってことにちがいないだろう。

で、キリスト教の天使には9つの 階級 がある。上の位から順にならべると(カッコのなかは英語)、

  • 熾天使(seraphim)
  • 智天使(cherubim)
  • 座天使(thrones)
  • 主天使(dominations/dominions)
  • 力天使(virtues)
  • 能天使(powers)
  • 権天使(principalities/princedoms)
  • 大天使(archangels)
  • 天使(angels)

っていうふうになってる。英語はぜんぶ複数形。日本語訳だとわかんないけど、英語をみれば最初のふたつだけちょっとちがってるのがわかる。この seraphim と cherubim はもともとヘブライ語で、ギリシャ語・ラテン語経由で英語になった(「s」がついてないこのかたちが複数形。セラーフィームの複数形」)。のこりの7つは新約聖書にあることばで、原文はギリシャ語。

で、このヘブライ語とギリシャ語の名まえもあげると(これもやっぱり複数形。 カギカッコのなかは新共同訳の翻訳語)、

  • שרפים śərāphîm [セラーフィーム]:「セラフィム」
  • כרובים kərūbhîm/כרבים kərûbhîm [ケルービーム]:「ケルビム」
  • θρόνοι [tónoi トロノイ]:「王座」
  • κυριότητες [kyːriótɛːtes キューリオテーテス]:「主権」
  • δυνάμεις [dynámeːs デュナメ~ス]:「勢力」
  • ἐξουσίαι [eksuːsíai エクスースィアイ]:「権威」
  • ἀρχαί [arkʰǎi アルカイ]:「支配」
  • ἀρχάγγελοι [arkʰáŋɡeloi アルカンゲロイ]:「大天使」
  • ἄγγελοι [áŋɡeloi アンゲロイ]:「天使」

ってことになる。

シュタイナーはこの天使の階級をそのまんまひきついでるんだけど、独自にかんがえた名まえでいったり、もともとのギリシャ語とヘブライ語をうつしたことばをつかってたりする。独自の名まえのほうは、翻訳によるちがいはともかくとして、一応こんなふうになってる(カッコのなかはドイツ語と英語)。

  • 愛の霊(Geister der Liebe; spirits of love)
  • 調和の霊(Geister der Harmonie; spirits of harmony)
  • 意志の霊(Geister des Willens; spirits of will)
  • 英知の霊(Geister der Weisheit; spirits of wisdom)
  • うごき(運動)の霊(Geister der Bewegung; spirits of motion)
  • かたち(形態)の霊(Geister der Form; spirits of form)
  • 人格の霊(Geister der Persönlichkeit; spirits of personality)〔時代霊(Zeitgeist; spirit of the age)〕
  • 火の霊(Feuergeister; spirits of fire)〔民族霊(Volksgeist; folk spirit)〕
  • 薄明の子/生命の子(Söhne des Zwielichts/Söhne des Lebens; sons of twilight/sons of life)〔個人の守護天使〕

これに対して、もとのことばでいうときは、最初のふたつのヘブライ語起源のことば以外はギリシャ語をつかってる……ってことになるはずなんだけど、ひとつだけヘンなのがある。それは座天使(意志の霊)の名まえだ。シュタイナーは「トローネ(Throne)」っていってるけど、これはドイツ語だ(もちろんこれも複数形)。日本語訳だと、ぜんぶカタカナでうつしてそのまんまつかってるけど、原文でこれだけがドイツ語だってことは、これだけは日本語に訳して「座天使」とか「王座」とか「玉座」にするって手もあるような…。ただ、そのばあい、カタカナのことばのなかでこれだけが漢語だから目だちすぎるっていうか不つりあいかな。それでも、ドイツ語の原文のなかじゃ、ほかのみなれないことばに対して「トローネ」だけはふつうのドイツ語なんだから…。

シュタイナーの用語でこれだけがドイツ語なのは、たまたまドイツ語にギリシャ語起源のこのことばがあったからだろう。ドイツ語の「トローネ」のもとは上にかいたギリシャ語の「トロノイ」だ。シュタイナーの英語訳をみると、やっぱりおんなじことで、「トローネ」は英語の Thrones になってる。英語にもおんなじギリシャ語起源のこのことばがあるし、天使の階級の名まえとしてもともとつかわれてるから、こういうことができるけど、日本語訳となるとこうはいかない。でも、ドイツ語の「トローネ」のまんまっていうのもどうなんだろ。ほかのにあわせて、ギリシャ語にもどして「トロノイ」にするってやりかたもあるような…。

そういえば、Seraphim [ゼーラフィーム]と Cherubim [ヒェールビーム]も、天使の階級の名まえとしてドイツ語でもつかわれてきたことばだったっけ(ベートーベンの交響曲第9番《合唱》の歌詞に Cherubim の単数形 Cherub [ヒェールプ]がでてくる)。だから、最初の3つ(Seraphim、Cherubim、Throne)は外国語じゃなくてドイツ語をつかってるともいえるか(3つとも外来語だけど)。とはいっても、Throne [トローネ]は天使の階級専用のことばってわけじゃないから、ひとつだけふつうの単語がはいってることにかわりはないわけで、それってやっぱり不つりあいな感じはしないのかな。ドイツ語圏のひとにとってはどうなんだろ。

あと、シュタイナーは力天使(うごきの霊)のことを複数形の「デュナメイス(Dynameis)」じゃなくて単数形の「デュナミス(Dynamis)」っていってることもあるけど、これは講演の記録のまちがいとか…?
それから、「アルカンゲロイ(Archangeloi)」を「アルヒアンゲロイ」、「アルカイ(Archai)」を「アルヒャイ」ってドイツ語よみにしてる翻訳があるけど、それなら「デュナメイス(Dynameis)」はどうなんだっておもう。ドイツ語式に「デュナマイス」にしないわけ? ドイツ語圏のひとは「デュナマイス」っていってないのかな。それにしても、もともとドイツ語の単語じゃないんだから、日本語に訳すときドイツ語よみにすることはないとおもう。

ついでにいうと、シュタイナーの弟子でインド学者でもあったヘルマン・ベックは、この天使の階級を順につぎにあげるように仏教の天(神がみ)と対応させてるらしい。

  • 浄居じょうご
  • 光音天(遍光天)
  • 梵衆ぼんしゅ
  • 他化たけ自在天
  • 化楽けらく天(楽変化らくへんげ天)
  • 兜率とそつ
  • 夜摩やま
  • 忉利とうり天(三十三天)
  • 四天王天(四大王天)

これって、どうなんだろ……。

ベートーベン:ベートーヴェン。

関連記事
 ・セラーフィームの複数形

2005.06.15 kakikomi; 2011.04.01 kakinaosi

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コメント

わけわかんないっすね…

シュタイナーさんのとか最後のとか。天使が四天王天って、四人しかいないんかいってつっこみたくなります。

且つなおさらわからないのが、最初の英語訳を日本語訳したもの。特にvirtuesからprincipalitiesまで。
なぜ「勢力」というギリシャ語?が「徳」という英語になるんすかね?英語を飛び越えているから力天使になるのでしょうか?
「権威」が"power"になるのは「権力」という意味もあるから良いとして、この場合の「能」は一体?
「支配」がprincipalになるのも不思議?

この違和感はあっているのでしょうか?

投稿: Dice+K | 2005.06.17 03:30

シュタイナーの用語は翻訳ではなくて、シュタイナーの観点からなまえをつけたものなので、ことばとしてはもともと全然対応していません。仏教の四天王天は、四天王だけじゃなくて、四天王のみうちもふくまれるので、四天王の一族とでもいうんでしょうかねえ、四天王という神がみがふくまれる「階級」のことをさしているわけです。まあ、仏教との対応はとりあえず大天使あたりまではいいんですけど、うえのほうにいくといろいろ疑問が……。

日本語訳と英語訳をならべたのは、日本語のなまえが英語から訳されたというつもりではなかったんですけど、それでも、聖書の翻訳自体、英語訳の影響をうけているというか、すごく参照してるわけで、天使の階級のなまえも、もしかしたら英語から訳したのかもしれません。

力天使から権天使まではたしかにちょっとややっこしくて、当然の疑問なんですけど、「デュナメイス」の英語訳につかわれてる「virtue」のもとはラテン語の「virtus[ウィルトゥース]」で、もともと「おとこらしさ」という意味から「ちから、つよさ、勇気、長所、徳」という意味になりました。英語の「virtue」にも、ふるくは「おとこらしさ、ちから、ききめ」という意味がありました。

「エクスーシアイ」は「権能、能力」とも訳せます。だから能天使なのでしょう。「power」も「活動する能力」それから「権限、権能」という意味もありますから、その「能」でしょう。

「アルカイ」はもともと「はじめ」という意味で、そこから「第一人者である地位、その権力、支配[権]」ということになりました。英語の「principality」のもとのラテン語もそういう意味ですし、英語としても「君主の地位、その支配権、主権」ということです。いまのふつうの意味としては「prince が支配する国、prince の地位」ってことですけど(もうひとつの英語訳「princedom」も)、「prince」自体がもともと「第一人者、君主、支配者」という意味だったので、それからすればおかしくないでしょう。

投稿: ゆみや | 2005.06.17 19:20

仏教の神様は詳しくないのでなんとも…でも確かそういう神様がいろいろでてくるのは仏教でも本流ではなくて密教のような気がしましたけど。そもそも対応させる必要性って…

一応辞書を引き引き、書いていたのですけど。
virtueは「男らしさ」か…効能って言うのは載ってたんですけど元はそういう事ですか。
αρχηは「権」て権力と意味似てるんじゃないかと考えていたんですけど、違うんですね。

ホント、つまらない質問に答えてくださって有り難うございます。

投稿: Dice+K | 2005.06.18 03:25

ちょっとつけくわえますと、権天使の「権」は「権力」でもいいとおもいますよ。「アルケー」も「principality」も「第一人者の地位、その権力」ということで、支配者は権力があるものですから。「支配権、主権」の「権」といってもおなじことですけど。ただ、「統治天使」と訳しているひともいて、「権力」と訳すより「統治」「支配」のほうがいいような気はしますね。

仏教の神がみ(天)は、いわゆる原始仏教からありました。ベックがあげてる神がみも、原始仏典にでてきます。とくに重要なわけでもないんでしょうけど。で、密教になってあたらしく登場するのは明王ですね。

投稿: ゆみや | 2005.06.18 08:25

あの、もし「ΕΞΟΥΣΙΑΙ」は「能天使」ということなら、どうして「権威」と訳しますか?やはり「能力」のほうがいいと思いますけど、どうでしょうか。お教えいただけますでしょうか

投稿: 風間由夜 | 2006.03.14 15:19

どうして新共同訳で「権威」と訳しているかは、日本聖書協会にきいてください、といったら、はなしがおわってしまうので、かんがえられることを説明してみます。

そもそも、むかしの「能天使」という訳のほうが問題なんじゃないでしょうか。「ΕΞΟΥΣΙΑΙ」は、「…することがゆるされている」という動詞がもとで、「なにかをする自由または権限」です。「することができる」ということは「能力」ということにもなるかもしれませんが、基本的には「権限、権威、権力」です。

天使の階級ということではなく、「ΕΞΟΥΣΙΑΙ」は英語で「power, authority」と訳すことがおおいのですが、「power」だとちょっと意味がひろくてあいまいです。「authority」ならはっきりするんじゃないでしょうか。天使の階級として英語では「powers」といっているので、それにひきずられて「能天使」になったような気がします。でも、「power」だって「権力、支配力、権威、権限、権能」という意味があるのですから、「powers」もその意味でしょう。

投稿: yumiya | 2006.03.15 00:48

詳しく答えてくださって本当に有難うございます。@_@言語、文化それに神秘学などに大変興味を持っていますので、これからもここに来てよく勉強したいと思います。(^_^)宜しくお願い致します。

投稿: 風間由夜 | 2006.03.17 11:07

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