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ギリシャ語からサンスクリット語にはいった外来語(十二宮・惑星など)

サンスクリット語っていうと、インドの伝統の牙城みたいな感じがするし、どうも外来語があるっていうイメージがあんまりない。語彙が豊富だから、べつに外来語は必要ないだろうっていうふうにおもわないでもない。気ぐらいがたかい感じもするし。でも、かんがえてみれば、このことばにも外来語があって当然だ。

インドとギリシャの文化の交流は古代からいろいろあったけど、星うらないと天文学の分野ほどはっきりこの交流のあとがのこってるものはないらしい。ホロスコープ占星術そのものがそうだけど、この分野でつかわれる術語自体が、ギリシャ語から訳したか発音をうつしたものがおおいってことだ。つまり、翻訳語と外来語として、ことばそのものにあとをとどめてるわけだ。この外来語の例をすこしあげてみたい。

まえにかいたサンスクリット語の十二宮の名まえ(西洋とインドの星うらない」)はギリシャ語から訳したもので、ふつうはそっちがつかわれるけど、ギリシャ語をそのまんまうつした名まえもある。「ギリシャ語サンスクリット語」の順にかくと、

  • おひつじ: Κριός [kriːós クリーオス] क्रिय kriya [クリヤ]
  • おうし: Ταῦρος [tâuros タウロス] तावुरि tāvuri [ターヴリ]/तावुर tāvura [ターヴラ]/तावुरु tāvuru [ターヴル]
  • ふたご: Δίδυμοι [dídymoi ディデュモイ] जितुम jituma [ジトゥマ]/जित्तम jittama [ジッタマ]/जित्म jitma [ジトマ]
  • かに: Καρκίνος [karkínos カルキノス] कर्कि(न्) karki(n) [カルキ(ン)]
  • しし: Λέων [léɔːn レオーン] लेय leya [レーヤ]
  • おとめ: Παρθένος [partʰénos パルテノス] पाथोन pāthona [パートーナ]/पाथेय pātheya [パーテーヤ]/पार्थ pārtha [パールタ]/पार्थोन pārthona [パールトーナ]
  • てんびん: Ζυγός [zdyɡós ズデュゴス/zyɡós ズュゴス] जूक jūka [ジューカ]
  • さそり: Σκορπίος [skorpíos スコルピオス] कौर्पि kaurpi [カウルピ]/कौर्प्य kaurpya [カウルピャ]
  • いて: Τοξότης [toksótɛːs トクソテース] तौक्षिक taukika [タウクシカ]
  • やぎ: Αἰγόκερως [aiɡókerɔːs アイゴケロース] आकोकेर ākokera [アーコーケーラ]
  • みずがめ: Ὑδροχόος [hydrokʰóos ヒュドロコオス] हृद्रोग hdroga [フリッドローガ]
  • うお: Ἰχθῦς [ikʰtʰy̌ːs イクテュース] इत्थ ittha [イッタ]

みずがめの「フリッドローガ」は、もともとちがう意味のこういう単語があるんだけど、わざわざおんなじかたちにしたのかな。

それから 惑星 についても(むかしは太陽も月も 惑星)、月以外はギリシャ語をうつした名まえもある。

  • 水星: Ἑρμῆς [hermɛ̂ːs ヘルメース] हेम्न hemna [ヘームナ]
  • 金星: Ἀφροδίτη [apodǐːtɛː アプロディーテー] आस्फुजित् āsphujit [アースプジット]
  • 太陽: ἥλιος [hɛ̌ːlios ヘーリオス] हेलि() heli(ka) [ヘーリ(カ)]
  • 火星: Ἄρης [árɛːs アレース] आर āra [アーラ]
  • 木星: Ζεύς [zděus ズデウス/zěus ゼウス] ज्यौ jyau [ジヤウ]
  • 土星: Κρόνος [krónos クロノス] कोण koa [コーナ]

ちなみに、外来語じゃないほうの 惑星 の名まえは、十二宮とちがってギリシャ語を訳したわけじゃないみたいだ(サンスクリット語の惑星と曜日の名まえと日本語の曜日」)。

こういう天体の名まえだけじゃなくて、星うらないと天文学の用語にも、ギリシャ語をうつしたものがいくつもある。代表的なものをあげると、

  • ὥρα [hɔ̌ːraː ホーラー] होरा horā [ホーラー]
  • κέντρον [kéntron ケントロン] केन्द्र kendra [ケーンドラ]
  • λεπτόν [leptón レプトン] लिप्ता liptā [リプター]/लिप्तिका liptikā [リプティカー]

「ホーラー」はギリシャ語で「季節、時間、時刻」っていう意味だけど、サンスクリット語にはいって「時刻」の意味はもちろん、天球が1時間にうごく角度(15度)つまり十二宮それぞれの半分の角度の意味にもなったし、ホロスコープ占星術そのものもさした。漢文(中国の文語文)訳でも発音をうつして「火羅」になってる。

ギリシャ語「ケントロン」(さきのとがったもの、円の中心)はラテン語経由で英語の centre/center になってるけど、サンスクリット語になった「ケーンドラ」も「円の中心」って意味で(もっと専門的な意味もある)、ヒンディー語でもつかわれてる。

「レプトン」はもともと「ほそい、こまかい、ちいさい」って意味の形容詞で、天文学の用語としては「(角度の)分」になったけど、その意味でサンスクリット語に「リプター/リプティカー」としてはいった。漢文訳でも発音をうつした「立多」。ちなみに、これに接頭辞 वि vi [ヴィ]をつけた विलिप्ता viliptā [ヴィリプター]/विलिप्तिका viliptikā [ヴィリプティカー]は「(角度の)秒」。

こういう外来語をみると、発音のうつしかたがけっこうテキトーって感じがするけど、いくつかおもしろいものがある。κέντρον [kéntron ケントロン]が केन्द्र kendra [ケーンドラ]になったのをみると、語尾のところはともかくとして、t が d にかわってるのが目につく。現代ギリシャ語でこの単語の発音は[ˈkɛndrɔ ケンドロ]で、nt っていうふうに子音がならぶと t は[d]の音になるんだけど、このことばがインドにはいったころには、もうギリシャ語が現代語の発音みたいになってたってことだろう。おんなじことは、Ταῦρος [tâuros タウロス]が तावुरि tāvuri [ターヴリ]とかになったのにもいえる。現代ギリシャ語の発音は[ˈtavrɔs タヴロス]だから、これも当時もう現代語みたいな発音だったんだろう。

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2005.06.28 kakikomi; 2010.12.20 kakinaosi

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コメント

いつも楽しく拝見しております.

インド占星術の用語がギリシャ語の借用語であったことは,サンスクリットの世界的泰斗,マクドネル博士が既に明らかにしておりますから,ここでは何も付け加えることがありません.

別の点で二三質問があります.
(1) この記事に書かれているサンスクリットの術語は,6世紀頃の「ヴァラーハ・ミヒラ」の天文学書で使われている語だと思いますが,他の分野でもよく使われるのですか.というのも「金牛宮」はギリシャ語起源の tAvuri- とは言わず 本来語の vRSa-(ヴリシャ)を使うのではないでしょうか.(単なる外国語で,サンスクリットに入った外来語とは言えないと思いますがいかがでしょうか).

(2) ギリシャ語の ταυ'ροs が紀元前のヘレニズム時代には [タヴロス] と発音されていたことは周知の事実ですが,サンスクリットに転写する際に 短音の[a] tavuri- でなく ,わざわざ長音の [A]で tAvuri- と転写したのは6世紀頃のギリシャ語の発音は [ターヴロス]であったという事なのでしょうか.

(注:サンスクリットは KH方式で翻字しています)

投稿: ぷんだりか | 2005.06.29 02:03

よんでくださってありがとうございます。

十二宮のなまえはふつうは翻訳語のほう(「ヴリシャ」とか)がつかわれるわけで、発音をうつしたほうは特殊といえば特殊なのでしょう。たんなる外国語と外来語のちがいとなると…。発音をうつしたほうもサンスクリット語の辞書にのっているので、たんなる外国語とはちがうとおもうのですが。「borrowed fr.」なんてこともかいてありますし。要するに専門用語ですから、ほかの分野でつかわれるかどうかでは判断できないとおもいますけど。

たとえば十二宮の最初の「クリヤ」はヴァラーハミヒラの『bRhajjAtaka』のほかに、『gaNitAdhyAya』と『horAzAstra』という出典が辞書にでていますけど、どれも“天文”の本ですねえ。ただ、韻律にあわせるためにはいろんな同義語があったほうが便利なので、たんなる外国語というより、それなりにつかわれたのではないんでしょうか。

それから、発音をうつすときは、母音のほうがテキトーな感じがします。「クリーオス」が「クリーヤ」ではなくて「クリヤ」になっているので、「ターヴリ」もどうなんでしょうかねえ。当時のギリシャ語の発音としては、アクセントが現代語みたいにつよさアクセントになっていたようなので、アクセントがある母音は現代語とおなじようにながめに発音されていたとすれば、[ターヴロス]なのかもしれません。ただし、「ア」にアクセントがある「アレース」が「アーラー」になっているのはいいとして、「ア」にアクセントがない「アプロディーテー」が「アースプジット」になっているのはそれでは説明できません。だからといって、[ターヴロス]ではなかったということにもなりませんけど。

これについては、サンスクリット語の「a」と「A」のちがいも関係あるのかもしれません。つまり、みじかい母音の「a」は発音記号のシュワーであらわされるような、英語でいえばあいまい母音みたいな感じのもので、むかしもそうだったということですけど、それに対してながい母音の「A」ははっきりした「アー」なので、日本語の「あ」をサンスクリット語にうつすときながい母音のほうがつかわれるように、当時もそういうばあいがあったのかもしれません。

投稿: ゆみや | 2005.06.29 19:45

私の愚問に丁寧にご回答下さりありがとうございました.
サンスクリットやギリシャ語は何年勉強しても分からないことだらけです.素人ですから当然ですが...
またランマンを読み直し,修行を積んで出直します.

投稿: ぷんだりか | 2005.06.30 05:45

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