オデュッセウスとユリシーズ
オデュッセウスのことを英語で Ulysses [ユリシーズ]っていうけど、ただの英語よみっていうよりなんかべつの名まえみたいだ。これはラテン語の英語よみだからで、ギリシャ語をうつした Odysseus [オディシュース/オウディシアス]をつかうこともある。
じゃあ、ギリシャの Ὀδυσσεύς [odyssěus オデュッセウス]がなんでラテン語だと Ulysses [ウリュッセース]になるかだけど、それにはまず、このかたちそのものがラテン語としてはちょっとおかしいってとこからはじめないといけない。ラテン語としては、もともとは Ulixes [ウリクセース]だった。それが、ギリシャ語の Ὀδυσσεύς の影響っていうかマネっていうか、とにかく Ulysses ってかたちができた。ルネッサンスの人文主義者がつくりだしたってはなしだけど、英語はそれをうけついで、英語よみで「ユリシーズ」になったわけだ。
で、ラテン語の Ulixes はギリシャ語の方言の Οὐλίξης [uːlíksɛːs ウーリクセース]からきてるらしいけど、エトルリア語の Uluxe がもとになったともいわれてる。ギリシャ語のオデュッセウスは方言とかによっていろいろで、Ὀδυσεύς [odysěus オデュセウス]、Ὀλυσσεύς [olyssěus オリュッセウス]、Ὀλυσεύς [olysěus オリュセウス]、Ὀλυττεύς [olyttěus オリュッテウス]、Ὀλυτεύς [olytěus オリュテウス]、Ὀλισεύς [olisěus オリセウス]、Οὐλιξεύς [uːliksěus ウーリクセウス]、Ὠλυσσεύς [ɔːlyssěus オーリュッセウス]なんていうのもあった。
イタリア語は Ulisse [ウリッセ]、フランス語は Ulysse [ユリス]で、どっちもあとからつくられた Ulysses のほうにちかい感じがするけど、イタリア語のほうは、ラテン語からイタリア語への変化としてはふつうだから、もともとの Ulixes が変化したものだろう。ラテン語の Alexander [アレクサンデル]がイタリア語で Alessandro [アレッサンドロ]になるみたいに、ラテン語の x はイタリア語で ss になるから、イタリア語の Ulisse が ss だからって、もとが Ulysses だってことにはならない。これとちがって、フランス語の Ulysse ほうは Ulysses が変化したものだろう。Alexander がフランス語で Alexandre [アレクソンドル]になるみたいに、x は ss にはならないんだから。それに y ってつづりもあることだし。もっとも、フランス語のつづりってやつは、わざわざラテン語にさかのぼってあとから余計な字をくっつけたりしてるから、この y も Ulysses にならってかえたのかもしれないけど。
オデュッセウスは、現代ギリシャ語の純正語(文語みたいなもの)なら、古典語とおんなじで発音がちょっとちがうだけだけど(Οδυσσεύς [oðiˈsefs オズィセフス])、民衆語(口語みたいなもの)だと Οδυσσέας [oðiˈseas オズィセーアス]になる。これは『イーリアス』のばあいとおんなじで古典語の対格形(目的格、「~を」)がもとになってる。古典語の対格形は Ὀδυσσέα [odysséaː オデュッセアー]で、これに男性名詞としての語尾がついて Οδυσσέας になった。
イーリアス:イリアス。
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2005.07.28 kakikomi; 2017.05.17 kakinaosi
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