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むかしの外来語

いまとむかしじゃ外来語のうつしかたにちがいがあって、そのことは、たとえば「グラス」と「ガラス」をくらべてみるとよくわかる。「グラス」のもとは英語の glass で、「ガラス」はオランダ語の glas からきてるから、もとのことばがちがうっていうか、発音もちがうといえばちがうけど、でも、いまふうにカタカナがきしてたら、どっちもおんなじ「グラス」になっただろう。

いまは、子音だけのとこは、「ト」と「ド」以外はウ段のカナでうつす(むかしはカタカナとはかぎらないけど)。「グラス」の「グ」なんかがそうだ。でも、むかしの外来語だと、子音が連続してるときは、ふたつ目の子音のあとの母音をひとつ目の子音にもつけてカナがきすることがおおい。glas のばあい、g と l のあとに a があるから、g にも a をつけて、「ラス」じゃなくて「ラス」になる。ポルトガル語の Christo が「リスト」じゃなくて「リスト」になったのもおんなじことだ。それとか「バレン」もそう。ポルトガル語の padre (父、神父)からきてるけど、d に r のあとの e をつけた感じになってる(「パアテレ」「パテレ」っていうのもあった)。それから「リシャ」もそうだ(「ギリシャ」という名まえ」)。

ほかのキリシタン用語にもこのことがあてはまる。ecclesia (教会)は「えれじや」、Gabriel (ガブリエル:天使の名まえ)は「がりえる」、credo (使徒信経)は「れど」、sacramento (秘蹟)は「さらめんと」、sacrificio (犠牲のささげもの)は「さりひしよ」、trindade (三位一体)は「りんだあで」。ただしこういうのは閉鎖音[k, g, t, d, p, b]+流音[l, r]のばあいがほとんどで(「ガラス」も「キリスト」も「バテレン」もそう)、子音だけの l r s はふつう「る」「る」「す」になった。たとえば「カタ」(carta)なんかがそうだ。

もっと時代をさかのぼってもおんなじようなことがあって、真言[しんごん]っていうのは梵語(サンスクリット語)だけど、この日本式のよみかたにもこういうことがあてはまる(こまかいとこは流派によってちがいがあるけど)。ただしこのばあい、閉鎖音+流音とはかぎらない。सर्व sarva [サルワ](一切、すべての)は「さば」、धर्म dharma [ダルマ](法)は「だま/たま」、कर्म karma [カルマ](業[ごう])は「きゃま」、वज्र vajra [ヴァッジュラ](金剛)は「ばら/ばんら」。もちろん例外もあって、पद्म padma [パドマ](蓮華)は「はんま」だったりする。それから、つづく母音がかわれば、ひとつ目の子音につく母音もかわるから、वज्र vajra [ヴァッジュラ]が वज्रो vajro [ヴァッジュロー]になると、「ばろ」じゃなくて「ばろ」になる。

さらに、やまとことばはラ行ではじまらないけど、外来語でもラ行ではじまるのをさけることもあった。そのばあい最初のラ行の母音をまずつける。ロシアを「オロシヤ」っていってたのがそうだ(ただし、実際にロシア語の発音をきくと「オロシヤ」みたいにきこえるから、これはそのせいかもしれない)。真言だとはっきりそうなってて、たとえば रत्न ratna [ラトナ](宝石)が「あらたんのう」になる。

サルワ:サルヴァ。 ヴァッジュラ:ヴァジュラ、ヴァジラ、バジュラ、バジラ。

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 ・「ギリシア」という表記について
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2005.08.13 kakikomi

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コメント

昔の人は文字を見ずに発音を聞いてそれを
かなで書いたのですね。
come here が カメヤ とか。
water は ワラ ですね。

glas が ガラス となったのは
g に 後の母音を付けた わけですね。
納得しました。
これは 一種の母音調和ですね。

投稿: 吉川武時 | 2006.11.03 15:12

そういえば、沖縄では「パーティー」じゃなくて「パーリー」っていうらしいんですけど、アメリカ英語ですねえ。これもきいたとおりの発音になってます。これは“むかしの外来語”じゃないですけど、かきことばじゃない外来語は、いまでもきいたとおりの発音ってことがよくあるのかもしれません。当然といえば当然ですけど。

投稿: yumiya | 2006.11.03 17:30

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