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ニーチェの『ツァラトゥストラ』のギリシャ語の題名

前回の「ゾロアスターとツァラトゥストラ」についたコメントで、『現代ギリシア語辞典[第3版]』(川原拓雄著、リーベル出版)の「Τάδε έφη Ζαρατούστρας ツアラツストラかく語りき」っていう用例のことがでてきたから、これについてちょっとかくことにする。この辞書にはなんにもかいてないけど、もちろんこれはニーチェの作品の題名だろう。

この「Τάδε έφη Ζαρατούστρας」について説明すると、τάδε [ˈtaðe ターゼ]は「かくのごとく(=このように)」、έφη [ˈefi エーフィ]は「語りき(=語った)」、Ζαρατούστρας [zaraˈtustras ザラトゥストラス]は「ツァラトゥストラ(Zarathustra)」。はじめのふたつの単語は文語で訳したけど、ギリシャ語としても文語になってる。これはニーチェのこの作品の題名が原文でもふるいことばになってるからだ。ドイツ語で「Also sprach Zarathustra [アルゾ・シュプラーハ・ツァラトゥストラ]」っていって、最初の also (かくのごとく)がいまのドイツ語のふつうの意味じゃなくて、ふるい意味でつかわれてる。それから、むかしからある Ζωροάστρης [zoroˈastris ゾロアストリス]じゃなくて Ζαρατούστρας [ザラトゥストラス]なのは、原文が Zoroaster [ツォロアスター]じゃなくて Zarathustra [ツァラトゥストラ]なのにあわせたからだろう。それと Ζαρατούστρας [ザラトゥストラス]はギリシャ語ふうの語尾になってる。

ちなみに、『現代ギリシア語辞典[第3版]』には Ζωροάστρης [ゾロアストリス]っていうみだし語はあるけど、Ζαρατούστρας [ザラトゥストラス]も Ζαρατούστρα [ザラトゥストラ]もない。“Langenscheidts Taschenwörterbuch Neugriechisch” (現代ギリシャ語-ドイツ語、ドイツ語-現代ギリシャ語辞典)にも Ζωροάστρης [ゾロアストリス]しかなかった。

で、ギリシャ語のサイトをみてみたら、この題名にはちがうのがあった。ひとつは「Τάδε έφη Ζαρατούστρα」、つまり「ザラトゥストラス」みたいにギリシャ語ふうの語尾にはしてない「ザラトゥストラ」になってるもの。ざっとみた感じ、この「ス」がついてないほうがおおかったとおもう。それからもうひとつは「Έτσι μίλησεν ο Ζαρατούστρα」っていう口語(民衆語)の題名。日本語訳でも、いまでは『ツァラトゥストラはこう言った』って訳してるのがあるから、ギリシャでもにたようなことがあるんだな。έτσι [ˈetsi エーツィ]は「このように」、μίλησεν [ˈmilisen ミーリセン]は「言った」、ο [o オ]は定冠詞(男性単数主格)。そういえば、ハリー・ポッターの翻訳の題名でも、現代ギリシャ語のほうはハリー・ポッターに定冠詞がついてたけど、古代ギリシャ語のほうにはついてなかったっけ(古代ギリシャ語版ハリー・ポッター」)。

それから、ニーチェの名まえ(Friedrich Nietzsche [フリードリヒ ニーチェ])にもちがいがあった。ざっとみた感じだと Νίτσε [ˈnitʃe ニーチェ/ˈnitse ニーツェ]はどれもかわりなかったけど、Friedrich [フリードリヒ]のほうがちがってる。文語の題名のほうは Φρειδερίκος [friðeˈrikos フリゼリーコス]とか Φρεδερίκος [freðeˈrikos フレゼリーコス]で、口語の題名のほうだと 「Φρίντριχ [ˈfridrix フリードリフ]になってるのをみかけた。もちろん、しらべつくしたわけじゃないから、逆のくみあわせだってあるのかもしれないけど。

これをみると、もともとはドイツ語の Friedrich [フリードリヒ]に対応する名まえとして Φρειδερίκος [フリゼリーコス]なんかがつかわれてたけど、いまでは Friedrich [フリードリヒ] をそのままうつした Φρίντριχ [フリードリフ]っていうのがつかわれるようにもなってきたってことなんだろう。

ヨーロッパ語どうしだと、歴史上の人物で、こういうのをよくみかける。ファミリー・ネームのほうはたいていもとのまんまだけど、それ以外は 訳して ある。たとえば、ヨーゼフ・ハイドン(Joseph Haydn)の名まえが、イタリアではジュゼッペ(Giuseppe)になったり、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach)の名まえがフランスではジャン・セバスチャン(Jean-Sébastien)だったりする。ただ、こういうのはすこしむかしの習慣だし、そもそも有名人だけのことだったのかもしれない。いまの有名人の名まえだったらこういうことはしない。でも、むかしの有名人で、その名まえでしたしまれてるばあいは、いまでもそのまんまのものもある。

ところで、ニーチェとリヒャルト・シュトラウスの作品以外で、ザラスシュトラ(ゾロアスター)のことを Ζαρατούστρα [ザラトゥストラ]ってかいてるものもみかけた(それも、このとおりギリシャ語ふうの語尾じゃないほうがふつう。むかしからある名まえをつかわない以上、もとのことばにちかづけるわけで、語尾をギリシャ語ふうにすることはないってことなんだろう)。もともとの名まえにもっとちかづけた Ζαραθούστρα [ザラスストラ]じゃないとこをみると、いまのギリシャ語で Ζαρατούστρα [ザラトゥストラ]もつかうっていうのはやっぱりニーチェの翻訳の影響なのかな。そういえば、Ζαρατούστρα ή Ζαραθούστρα [ザラトゥストラ イ ザラスストラ](ザラトゥストラまたはザラスストラ)ってかいてあるのもあったっけ。

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2005.08.08 kakikomi; 2017.05.18 kakinaosi

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