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東と西の閉鎖音

インド・ヨーロッパ語族の代表的な古典語で、閉鎖音([p, b, t, d, k, ɡ...])の種類をくらべてみて、ちょっとおもいついたことをかいてみたい。

たとえばくちびる音なら、サンスクリット語だと[p, pʰ, b, bʱ]っていう4つがあって、古代ギリシャ語だと[p, pʰ, b]の3つ、ラテン語だと[p, b]のふたつがある。閉鎖音には[p]と[b]みたいに無声音と有声音っていうちがいがある一方で、[pʰ]みたいな有気音〔帯気音〕っていう種類もある。その有気音も[pʰ]みたいな無声音と[bʱ]みたいな有声音にわかれる。つまり、閉鎖音には全部で、サンスクリット語にあるみたいに、無声無気音([p, k...])、無声有気音([pʰ, kʰ...])、有声無気音([b, ɡ...])、有声有気音([bʱ, ɡʱ...])っていう4つの種類があることになる。

閉鎖音は、くちびるとか口のなかでいったん息をさまたげる閉鎖をつくって、その閉鎖をといたときに破裂するおとがするから、破裂音っていうこともある。無気音のばあいは、閉鎖をとくのと母音がはじまるのがほとんどいっしょで、息のおとがしない。つまり子音が破裂してすぐ母音の発音にうつるってことだけど、これに対して、有気音のほうは、はきだす息が閉鎖をやぶったあとに息のおとがきこえてから、そのあと母音がはじまる。口のまえに手をおいてみると、たとえば[pa]なら手に息がほとんどかかんないけど、[pʰa]のばあいははっきり息が手にかかる。無気音のつもりで発音して、手に息がはっきりかかるようだったら、それは有気音の発音になってるってことだ。

英語のばあい、アクセントがある母音のまえの無声の閉鎖音は有気音だし、ドイツ語の無声の閉鎖音も有気音だ。それに対して、フランス語・イタリア語・スペイン語・現代ギリシャ語の閉鎖音は無気音で、ラテン語もそうだっただろう。ただし、英語とドイツ語にしても、フランス語とかイタリア語とかにしても、それぞれふつうの発音としてはそうだってことで、サンスクリット語とか古代ギリシャ語みたいに無気音と有気音の区別があるわけじゃない。

日本語にもこの区別はなくて、どっちで発音しても通じるけど、単語の最初のカ行・タ行・パ行は有気音で、単語のなかだと無気音のこともあるとかいわれてる。日本語のはなし手にとっては、ちゃんとした無気音を発音するほうがむずかしい。ただし、日本語の息のおとは、はっきり有気音と無気音の区別があることばほどつよくはないし、英語とドイツ語の息のおとほどつよいわけでもない。

うえにかいたみたいに、サンスクリット語、それからほかのインドのことばには、閉鎖音の4つの種類が全部あるんだけど([p, t̪̪̪̪̪̪̪, ʈ, k][pʰ, t̪̪̪̪̪̪̪ʰ, ʈʰ, kʰ][b, d̪̪̪̪̪̪̪, ɖ, ɡ][bʱ, d̪̪̪̪̪̪̪ʱ, ɖʱ, ɡʱ])、古代ギリシャ語は3つ([p, t, k][pʰ, tʰ, kʰ][b, d, ɡ])、ラテン語はふたつしかない([p, t, k][b, d, ɡ])。語源的にギリシャ語の[pʰ]に対応するのは、サンスクリット語だと[bʱ]だけど、ラテン語は[f]で、摩擦音になってる。

ラテン語には有気音がないから、ローマ人は最初ギリシャ語の単語をうつすとき、ギリシャ語の有気音を無気音でうつした。たとえば φ [pʰ]を p でうつしたんだけど、そのうち ph でうつすようになった。こうやってギリシャ語の有気音を外来語の発音としてとりいれてくうちに、もともとのラテン語の単語も有気音で発音するなんていうギリシャかぶれのローマ人もでてきたりした。時代がくだると、ギリシャ語の有気音は摩擦音になって、たとえば φ は[f]の音になった。ラテン語の ph も f とおんなじになった。ただし、ギリシャ語の θ [tʰ]と χ [kʰ]は摩擦音になったけど、ラテン語の th [tʰ]と ch [kʰ]は摩擦音にはならなくて、無気音になった。つまり h がないのとおんなじになった。だいたいラテン語そのものに[h]の音がなくなったんだから当然だろう(ギリシャ語も古代の[h]の音はなくなった)。

ところで、勝手な印象をいわせてもらうと、有気音と無気音を区別するのは、語族のちがいをこえて、どうもアジアのことばにおおいような感じがする。テキトーにあげてみると、朝鮮語、ペキン語、タイ語、ビルマ語、チベット語、ヒンディー語、ベンガル語、ネパール語……。で、これをムリやりアジア的な特徴ってことにすると、有気音2種類をのこしてるサンスクリット語はいかにもアジア的で、有気音がないラテン語はヨーロッパ的、有気音が1種類だけの古代ギリシャ語はその中間、なんてことにならないかな。場所としても、ギリシャはアジアとヨーロッパの中間だし。それから、ギリシャ語の有気音がそのうち摩擦音になったっていうのは、だんだんヨーロッパ的になってったってことだともいいたくなる。ことばのいいまわしにしてもそうだ。いろんなとこで現代ギリシャ語は古代とちがって近代ヨーロッパ語みたいないいかたになってる(古典ギリシャ語と日本語のにてるところ」)。

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2005.09.14 kakikomi; 2010.12.23 kakinaosi

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