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ゼウスとジュピター

ギリシャ神話の神がみはローマ神話になると名まえがかわる、っていうか、ローマの神がみをあてはめたっていったほうがいいんだろうけど、たとえば、ギリシャのヘルメースはローマだとメルクリウス(英語でマーキュリー)になるし、アプロディーテーはローマならウェヌス(英語でヴィーナス)になる。

対応してる神がみの名まえは、ことばとしてはそれぞれ全然関係ない感じだけど、なかには語源がおんなじ名まえもある。それはギリシャのゼウスとローマのユーピテル(英語でジューピター)で、正確にいうと、ゼウスと語源がおんなじなのはユーピテルの「ユー」の部分だ。

ユーピテル(Jup(p)iter)って名まえはふたつにわけられる。それは Ju と piter だけど、Ju の部分は、ギリシャ神話のゼウス、ラテン語の deus (神)、インド神話の द्यौस् Dyaus [デャウス](ディヤウス)、サンスクリット語の देव deva [デーヴァ](神)と語源がおんなじで、「天」「ひかり」「昼」っていう意味だった。これに「父」って意味の piter がくっついて、全体が呼格(よびかけの格)で「父なる天よ」「天なる父よ」っていう意味の名まえになってる。もっと語源にちかい Diespiter [ディエスピテル]ってかたちもある。

これをギリシャ語に 直訳 すれば Ζεῦ πάτερ [zdêu páter ズデウ パテル](父なるゼウスよ)ってことになるだろう。それから、インド神話のディヤウスは、ユーピテルってことばとおんなじで、द्यौष्पिता Dyaupitā [デャウシュ・ピター](父なる天の神)っていうふうにいわれることもある([デャウシュ]になってるのは音のつながりによって発音がかわったため)。

語源がおんなじっていっても、それぞれの神話のなかの役わりはちがってる。ゼウスもユーピテルもディヤウスも天空の神とかいわれてるけど、ゼウスとユーピテルは、天の神ウーラノス(ラテン語に訳して Caelus [カエルス])とはちがって、雨とか嵐とか かみなりとかの気象現象がおこる空の神で、それに対して、インドのディヤウスは天の神っていえるだろう。ふつうは大地の女神プリティヴィー(पृथिवी Pthivī)といっしょにして द्यावापृथिवी Dyāvāpthivī [デャーヴァープリティヴィー]っていうことがおおくて、神がみの両親なんだけど、とくにベーダよりあとになるとディヤウスは勢力をうしなった。これとちがって、ゼウスもユーピテルも神がみの王になってる。

ところで、ゼウスにしてもユーピテルにしてもけっこう不規則な格変化をする。まずはゼウス。

主格(~が)  Ζεύς [zděus ズデウス]
呼格(~よ)  Ζεῦ [zdêu ズデウ]
対格(~を)  Δία [día ディア]
属格(~の)  Διός [diós ディオス]
与格(~に)  Διί [dií ディイ]

主格と呼格に対してそれ以外の格(斜格)の語幹がちがってる。さかのぼれば主格は Dĭeus みたいな感じだったっていうから、その語幹なら斜格の Di- とおんなじことで、とくに不規則ってこともなかったんだけど、主格と呼格の発音がかわったもんだから、一見不規則になった。対格の Δία に主格の語尾をつけて Δίας [ˈðias ズィーアス]にすると、現代ギリシャ語の民衆語(口語)のゼウスになる。純正語(文語)のほうは Ζεύς をそのまんま現代語式によんで[ˈzɛfs ゼフス]って発音する。

ユーピテルのほうは、

主格(~が)  Jupiter [ユーピテル]
呼格(~よ)  Jupiter [ユーピテル]
対格(~を)  Jovem [ヨウェム]
属格(~の)  Jovis [ヨウィス]
与格(~に)  Jovi [ヨウィー]
奪格(~から) Jove [ヨウェ]

斜格の語幹 Jov- は Ju- と基本的にはおんなじものだから、斜格は piter がなくなって、のこりの部分だけが変化してることになる。ロマンス語の名詞はラテン語の対格形(目的格、~を)がのこったものだから、ユーピテルのばあいも対格の Jovem がのこった。これがイタリア語だと Giove [ジョーヴェ]になる。ラテン語の語尾の m は、もともと子音じゃなくて鼻母音だったこともあって、なくなって、Jove になったんだけど、それがいまのイタリア語だと Giove ってつづりになる。英語にもこのかたちがはいってて、Jupiter じゃなくて Jove [ジョウヴ]っていうのも、とくにむかしはよくつかわれてた。

ヘルメース:ヘルメス。 アプロディーテー:アフロディーテー、アプロディテ、アフロディテ。 ユーピテル:ユピテル。 ウーラノス:ウラノス。 ベーダ:ヴェーダ。

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2005.09.06 kakikomi; 2010.09.13 kakinaosi

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コメント

ギリシャ語だといつもΔがゼルタ、デルタ、ズェルタとか、カタカナにするのがたいへんですよね。
ギリシャ人はYの小文字がυになって、フ、ブ(ヴ)などに発音します。
現代では、ゼウスはゼフスと現代ギリシャ語では言うようですが、一般的にはΔίαςズィアスと発音しています。
この言葉がスペインとかポルトガルではディアスとか言って「神」という言葉になるらしいです。
ああ…難しくてややこしいです。

このブログはとても参考になります。
このブログを読んでから、ジュピターとかインドの神とか、古代は繋がっていて、
意外と国際化していた社会だったのかなぁと思いました。

投稿: lemonodasos | 2005.09.09 19:09

イタリア語の「dio」、フランス語の「dieu」、スペイン語の「dios」などは、ラテン語の「deus」が変化したものですから、結局ギリシャ語の「Ζεύς」と語源がおなじってことになりますよね。でも、おもしろいことに、ギリシャ語の「θεός」だけは、ぜんぜんべつのことばです。英語の「god」とドイツ語の「Gott」もまたべつのことばですけど、これは「deus」などとかたちがにてないので、まちがえることはないでしょうけど、「θεός」は「deus」「Ζεύς」「Dyaus」とちょっとにているので、おなじ語源だとカンちがいされやすいものです。

それから、こまかいことをいうと、古代にインドとギリシャに交流があったことは事実ですけど、語源がつながっているのはそのためではなくて、インド・ヨーロッパ語族のひとたちが各地にわかれるまえに、もともとおなじことばをつかっていたからで、それがギリシャ語、ラテン語、サンスクリット語などにわかれていったとかんがえられています。ですから、「Ζεύς」「Jupiter」「Dyaus」のもとの神は、そういうふうにわかれるまえから信仰されていたふるい神だったとされています。

投稿: ゆみや | 2005.09.09 23:47

なるほど!勉強になりました。あの、ギリシャのどこかの本で読んで、あんまり気にしなかったのですが、そういえばアレクサンドロスがインドあたりまで行った時に、そこにギリシャ語の分かる人がいて「あなたたちのような人が前にも何回か来ているのです」と言うのでした。面白い話ですが、その頃はまったく興味がなかったし、ネットもやっていなかったので、右から左に、流していました。

投稿: lemonodasos | 2005.09.10 02:59

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