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ハンガリー語にみる古代ギリシャの名まえ

古代ギリシャの名まえをカタカナでかくときに、日本語には母音のながさの区別があるんだから、ながい母音を無視しないでちゃんとかいたほうがいいっておもってるけど(ギリシャ語・ラテン語のながい母音のあつかい」)、日本語以外の、母音のながさの区別があることばでどうなってるのかちょっと気になったもんだから、つづりでもちゃんとそのちがいをかきわけてることばってことで、ハンガリー語をしらべてみた。

ハンガリー語はながい母音をアクセント記号であらわしてる。たとえば大阪は Ószaka ってかいて[オーサカ]ってよむ(sz ってつづりの発音は[ス]で、s だけだと[シュ]になる)。ただし、東京は Tokió ってかいて[トキオー]じゃなくて[トーキヨー]ってよむから(Tókijó ってかいたみたいに発音する)、アクセント記号がない母音がながい母音になることもある(逆もあるらしい)。

ながい子音(かさね子音)もあって、こっちは子音字をかさねてかく。これは要するに日本語のつまる音みたいなもんだけど、鼻音のばあいなら日本語のはねる音みたいになる。これが前後にほかの子音があるとみじかい子音になる。たとえば éppen [エーッペン](ちょうど)、akkor [アッコル](それでは)、reggel [レッゲル](朝)、semmi [シェンミ](なにも~ない)、enni [エンニ](たべること)、jobbra [ヨブラ](右に)って感じ。ながい母音もながい子音もあるとこは、日本語ににてるっていえるだろう。ただし、アクセントはつよさアクセントで、単語のあたまにある。

こまかいことをいえば、ハンガリー語のみじかい a は口をひらいた「オ」みたいな感じだったり、é は「イー」にちかい「エー」だったりするんだけど、それぞれ古典ギリシャ語(古代ギリシャ語)の α [a]と ηɛː]をうつすのにつかわれてる。それからギリシャ語の υ [y]は ü でうつしてて、ドイツ語のつづりとおんなじように、「ウ」の口のかたちで「イ」って発音する(ながい母音になると、アクセント記号をふたつつけたみたいな ű になる)。あと、ει [eː]は発音どおりじゃなくて、つづりにしたがって ei でうつしてるけど、これは古典式発音で[ei]ってよむこともおおいから、それからすれば発音どおりだってことになる。

まえおきはこれぐらいにして、ハンガリー語で古代ギリシャの名まえがどうなってるかっていうと、基本的にはちゃんとながい母音をかきあらわしてる(ラテン語の名まえのほうは、基本的にラテン語のつづりのまんま)。古代ギリシャの名まえは、ふるくはラテン語をとおしてハンガリーにはいったんじゃないかとおもうけど、そうだとしたら、そのときはラテン語のつづりのまんまだっただろう。それでも、いまはちゃんとながい母音をかいてるってことは、あたらしいつづりになおしたってことになるのかな。ハンガリーでも、もとのギリシャ語を尊重しようっていうのがあるのかも。っていっても、これはただの推測だけど。

で、まずは、ギリシャ語のながい母音を全部ちゃんとつづりとしてもうつしてる名まえをあげることにする。子音については、かさね子音も有気音もちゃんとうつしてる。ハンガリー語に有気音はないんだけど、「閉鎖音+h」っていうふうにして、きっちりかいてある。つまり θ [tʰ]は th、φ [pʰ]は ph、χ [kʰ]は kh にしてある。要するにローマ人のやりかたとかんがえかたはおんなじだ(ラテン語のつづりとしては χ は ch だけど)。ラテン語とおんなじで、ハンガリー語にも f はあるけど、φ を f にはしてない。あと、念のためにくりかえすと、sz は[ス]をあらわしてる。x は外来語にしかつかわれなくて、ふつうに「クス」ってよむ。

Ἀγάθων [aɡátʰɔːn](アガトーン) Agathón
ᾍδης [hǎː(i)dɛːs](ハー(イ)デース) Hádész
Ἄδωνις [ádɔːnis](アドーニス) Adónisz
Ἀθήναιος [atʰɛ̌ːnaijos](アテーナイオス) Athénaiosz
Αἰσχίνης [aiskʰínɛːs](アイスキネース) Aiszkhinész
Αἴσωποςǎisɔːpos](アイソーポス) Aiszóposz
Ἀνακρέων [anakréɔːn](アナクレオーン) Anakreón
Ἀναξιμένης [anaksiménɛːs](アナクシメネース) Anaximenész
Ἀντιγόνη [antigónɛː](アンティゴネー) Antigoné
Ἀπολλόδωρος [apollódɔːros](アポッロドーロス) Apollodórosz
Ἀπόλλων [apóllɔːn](アポッローン) Apollón
Ἀπολλώνιος [apollɔ̌ːnios](アポッローニオス) Apollóniosz
Ἄρης [árɛːs/ǎːrɛːs](ア(ー)レース) Árész
Ἀριάδνη [ariádnɛː](アリアドネー) Ariadné
Ἀριστείδης [aristěːdɛːs](アリステイデース) Ariszteidész
Ἀριστοτέλης [aristotélɛːs](アリストテレース) Arisztotelész
Ἀριστοφάνης [aristopʰánɛːs](アリストパネース) Arisztophanész
Ἀρίστων [arístɔːn](アリストーン) Arisztón
Ἀσκληπιός [asklɛːpiós](アスクレーピオス) Aszklépiosz
Βακχυλίδης [bakkʰylídɛːs](バッキュリデース) Bakkhülidész
Βασιλείδης [basilěːdɛːs](バシレイデース) Baszileidész
Γαληνόςɡalɛːnós](ガレーノス) Galénosz
Γοργίαςɡorɡíaːs](ゴルギアース) Gorgiász
Γρηγόριοςɡrɛːɡórios](グレーゴリオス) Grégoriosz
Δάφνη [dápɛː](ダプネー) Daphné
Δημήτριος [dɛːmɛ̌ːtrios](デーメートリオス) Démétriosz
Δημόκριτος [dɛːmókritos](デーモクリトス) Démokritosz
Δημοσθένης [dɛːmostʰénɛːs](デーモステネース) Démoszthenész
Δίκη [díkɛː](ディケー) Diké
Διογένης [dioɡénɛːs](ディオゲネース) Diogenész
Δράκων [drákɔːn](ドラコーン) Drakón
Ἐμπεδοκλῆς [empedoklɛ̂ːs](エンペドクレース) Empedoklész
Ἐπίκτητος [epíktɛːtos](エピクテートス) Epiktétosz
Ἑρμῆς [hermɛ̂ːs](ヘルメース) Hermész
Ἔρως [érɔːs](エロース) Erósz
Εὐρυδίκη [eurydíkɛː](エウリュディケー) Eurüdiké
Εὐρώπη [eurɔ̌ːpɛː](エウローペー) Európé
Ζήνων [zɛ̌ːnɔːn](ゼーノーン) Zénón
Ἠχώɛːkʰɔ̌ː](エーコー) Ékhó
Ἡλιόδωρος [hɛːliódɔːros](ヘーリオドーロス) Héliodórosz
Ἥλιος [hɛ̌ːlios](ヘーリオス) Héliosz
Ἡράκλειτος [hɛːrákleːtos](ヘーラクレイトス) Hérakleitosz
Ἡρακλῆς [hɛːraklɛ̂ːs](ヘーラクレース) Héraklész
Ἡρόδοτος [hɛːródotos](ヘーロドトス) Hérodotosz
Ἡσίοδος [hɛːsíodos](ヘーシオドス) Hésziodosz
Ἥφαιστος [hɛ̌ːpʰaistos](ヘーパイストス) Héphaisztosz
Ἱπποκράτης [hippokrátɛːs](ヒッポクラテース) Hippokratész
Ἰσοκράτης [Isokrátɛːs](イソクラテース) Iszokratész
Λητώ [lɛːtɔ̌ː](レートー) Létó
Ξενοφῶν [ksenopʰɔ̂ːn](クセノポーン) Xenophón
Ὅμηρος [hómɛːros](ホメーロス) Homérosz
Παλλὰς Ἀθήνη [pallás atʰɛ̌ːnɛː](パッラス・アテーネー) Pallasz Athéné
Πάν [pǎːn](パーン) Pán
Περικλῆς [periklɛ̂ːs](ペリクレース) Periklész
Περσεφόνη [persepʰónɛː](ペルセポネー) Perszephoné
Πήγασος [pɛ̌ːɡasos](ペーガソス) Pégaszosz
Πηλεύς [pɛːlěus](ペーレウス) Péleusz
Πλάτων [plátɔːn](プラトーン) Platón
Ποσειδῶν [poseːdɔ̂ːn](ポセイドーン) Poszeidón
Προμηθεύς [promɛːtʰěus](プロメーテウス) Prométheusz
Σαπφώ [sappʰɔ̌ː](サッポー) Szapphó
Σόλων [sólɔːn](ソローン) Szolón
Σοφοκλῆς [sopʰoklɛ̂ːs](ソポクレース) Szophoklész
Στράβων [strábɔːn](ストラボーン) Sztrabón
Σωκράτης [sɔːkrátɛːs](ソークラテース) Szókratész

ながい母音を(一部)表記してない名まえもある。これは、うえにかいたみたいに、ながい母音の記号がなくてもながい母音としてよんでるってこともあるかもしれない(まあ、わかんないけど)。

Ἀλκμάν [alkmǎːn](アルクマーン) Alkman
Ἀφροδίτη [apodǐːtɛː](アプロディーテー) Aphrodité
Ἀρίων [arǐːɔːn](アリーオーン) Arión
Δημήτηρ [dɛːmɛ̌ːtɛːr](デーメーテール) Déméter
Δημιουργός [dɛːmiuːrɡós](デーミウールゴス) Démiurgosz
Διόνυσος [diónyːsos](ディオニューソス) Dionüszosz
Ἕκτωρ [héktɔːr](ヘクトール) Hektor
Ἐπίκουρος [epíkuːros](エピクーロス) Epikurosz
Εὐριπίδης [euriːpídɛːs](エウリーピデース) Euripidész
Ἠρέκτραɛːléktraː](エーレクトラー) Élektra
Ἴβυκοςǐːbykos](イービュコス) Ibükosz
Ἱππίας [hippíaːs](ヒッピアース) Hippiasz
Λαέρτιος [laːértios](ラーエルティオス) Laertiosz
Λήδα [lɛ̌ːdaː](レーダー) Léda
Νίκη [nǐːkɛː](ニーケー) Niké
Οἰδίπους [oidípuːs](オイディプース) Oidipusz
Οὐρανία [uːraníaː](ウーラニアー) Urania
Οὐρανός [uːranós](ウーラノス) Uranosz
Πανδώρα [pandɔ̌ːraː](パンドーラー) Pandóra
Πλούταρχος [plǔːtarkʰos](プルータルコス) Plutarkhosz
Πυθαγόρας [pyːtʰaɡóraːs](ピュータゴラース) Püthagorasz
Χρυσόστομος [kyːsóstomos](クリューソストモス) Khrüszosztomosz

こうしてみると、どうも a i u ü のながい母音をつかってないみたいだ(ただし a のながい母音に関しては、ながい母音を全部表記してる例のなかに Árész [アーレース]、Hádész [ハーデース]、Pán [パーン]、Gorgiász [ゴルギアース]っていうのがあった)。で、理由はたぶんギリシャ語のつづりにあるとおもう。α [a]、ι [i]、υ [y](=ü)っていう3つの母音字はみじかい母音のときもながい母音のときもあるんだけど、つづりとしては区別がない(アクセント記号からながさがわかることもあるし、文法的にわかることもあるけど)。そのせいで、ハンガリー語にうつすときに、α ι υ がながいばあいでも、ながい母音にしないことがおおいのかもしれない。それから、[ウー]をあらわす ου のほうはながい母音なのははっきりしてるけど、[ウ]っていうみじかい母音がギリシャ語にないもんだから、ハンガリー語のつづりとしてはながい母音にしてないのかな(ながい母音としてよんでる?)。それから、Déméter と Hektor の最後の母音をながくしてないのはなんでだろ。ヘクトールはラテン語だと Hector [ヘクトル]で母音がみじかくなってるから、その影響とか? つづりとしてはラテン語のつづりじゃないけど。

そういえば、ラテン語をとおしてはいったつづりがのこってるんじゃないかって感じのものもあった。Archias、Tüché なんていうのがそうだけど、これはどうよむんだろ。ハンガリー式のラテン語のよみかたは、ドイツ式みたいな感じで、 e と i のまえの c は[ts]ってよむ。それ以外は[k]だから、それにしたがえばそれぞれ Arkhias、Tükhé ってかいたとのおんなじ発音になるんだろうけど。ちなみにそれぞれのもとのギリシャ語は Ἀρχίας [arkʰíaːs](アルキアース)、Τύχη [týkʰɛː](テュケー)。

こういうのは全部古代の名まえで、いまのギリシャ人の名まえのばあいは発音をうつしたのとはちょっとちがうみたいだ。たまたまみかけただけだけど、たとえば Καραμανλής [カラマンリス]は Karamanlis ってかいてあって Karamanlisz じゃなかった。つまりこのつづりは現代ギリシャ語の発音をハンガリー語式にかいたもんじゃなくて、ローマ字つづりとして外国に通用してるかたちをそのまんまとりいれたってことなんだろう。で、この名まえはたぶんハンガリー語式に「カラマンリシュ」とはよまないで、外国人の名まえとして「カラマンリス」ってよんでるとおもうんだけど、どうなんだろ。まあ、こういうのは、しってるひとは外国人の名まえとしてよめるけど、しらないひとはハンガリー語式によんじゃうのかもしれないな。

名まえ:名前、なまえ。 ながい母音:長母音。 ながい子音:長子音。 かさね子音:重子音。 みじかい母音:短母音。

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 ・ギリシャ語・ラテン語のながい母音のあつかい

2005.11.10 kakikomi; 2010.12.28 kakitasi

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