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「ユリイカ」「エウレカ」「ヘウレーカ」

まえに「エピステーメー」とか「アステイオン」っていうギリシャ語の名まえがついてる雑誌についてかいたことがあるけど(ギリシャ語からつけたネーミング」)、ギリシャ語そのまんまじゃないにしても、ギリシャ語と関係ある「ユリイカ」って名まえの雑誌もある。これは eureka っていう英語で、もとはギリシャ語だけど、よくあるみたいにラテン語経由ではいったわけじゃなくて、直接ギリシャ語をうつしたみたいだ。それから、この「ユリイカ」ってかなづかいはむかしふうで、いまなら「ユリーカ」になるとこだろう。

eureka をもとのギリシャ語にもどせば ΕΥΡΗΚΑ/εὕρηκα [hěurɛːka ヘウレーカ]で、εὑρίσκω [heurískɔː ヘウリスコー](みつける)って動詞の現在完了形だから、「(わたしは)みつけた」って意味だ。アルキメーデースが風呂にはいってて、王の冠の金の純度をしらべる方法をおもいついたとき、さけんだことばとして有名だけど、そのはなしは古代ローマの建築家ウィトルーウィウス(Marcus Vitruvius Pollio、紀元前1世紀)の『建築について』(De Architectura)第9巻の序文にでてくる。ラテン語の作品なんだけど、「ヘウレーカ」ってことばだけはわざわざギリシャ語のまんまかいてある。

currens identidem graece clamabat ΕΥΡΗΚΑ ΕΥΡΗΚΑ.

はしりながら、なん度もギリシャ語で「ヘウレーカ、ヘウレーカ」とさけんでいた。

それから、ギリシャ語の古典だと、プルータルコスの『倫理論集』(1094C)にもちょっとでてくる。ただしこっちはずいぶん簡単にかいてあって、これだけじゃどういうはなしかはわかんない。

現代ギリシャ語じゃ、このまんまの(ただし いまの発音で) εύρηκα [ˈevrika エヴリカ]が間投詞としてつかわれたり、会社の名まえとかにもなってる。それから古代以来の ευρίσκω [evˈrisko エヴリスコ]って動詞もあることはあるけど、これは文語(純正語)だ。口語(民衆語)だと βρίσκω [ˈvrisko ヴリスコ]っていって、結局はおんなじ動詞だ。古代の「ヘウリスコー」の発音がかわって「エヴリスコ」になって(これが文語のかたち)、さらにアクセントがないあたまの母音「エ」がとれて口語の「ヴリスコ」になった。発音がかわっただけじゃなくて、あたまの母音がとれたもんだから、さすがにつづりは古代のまんまじゃなくて、口語としてのかたちにあわせてある。

古代語の εὕρηκα [ヘウレーカ]は現在完了形だから、現代語に直訳すれば έχω βρει [ˈexo vri エーホ ヴリ]になるはずだけど、「みつけた!」っていうのを現代ギリシャ語じゃふつう το βρήκα [to ˈvrika ト ヴリーカ]っていうふうにアオリスト(過去形の一種)でいうらしい(「ト」は「それを」)。おもしろいことに、この動詞のばあい現代語のアオリストのかたちは古代語の完了形からきてる(古代語のアオリストは εὗρον [hêuron ヘウロン])。でも、そのせいでアオリストのほうをつかうってことじゃないみたいで、そもそも現代語だと現在完了の意味はアオリストでいうことがおおい。だから現在完了はあんまりつかわれないみたいだ。ちなみに、古代語の完了形は動詞の変化形だけであらわしてたけど、現代語の完了形は、英語みたいに have にあたる動詞 έχω [エーホ]を助動詞としてつかってる。

英語で eureka が最初につかわれたのは、『ランダムハウス英和大辞典』(小学館)によると1570年、『研究社 新英和大辞典』によると1603年だけど、ほんとはどっちなんだ? で、OED(The Oxford English Dictionary)をみてみたら、いちばんふるい用例として『ランダムハウス』にある1570年のがのってた。それは、ジョン・ディー(John Dee、1527-1608、イギリスの数学者・天文学者・占星術師・神秘学者)がエウクレイデース(ユークリッド)の最初の英語訳によせた序文で、「For this, may I (with joy) say ΕΥΡΗΚΑ.」って文章だ。でもこれは英語としての eureka じゃなくてギリシャ語そのまんまの ΕΥΡΗΚΑ だから、これで最初の用例だっていえるのかな。『新英和大辞典』がこの年をあげてないのもわかるような…。

で、つぎの用例が『新英和大辞典』にある1603年ので、プルータルコスの『倫理論集』のホランド(Philemon Holland、1552-1637、イギリスの古典学者、「翻訳のもとじめ」ってよばれた)による翻訳だ。「crying out, Heureca.」っていう文章だけど、上にかいたみたいに、アルキメーデースのエピソードのとこだ。これはギリシャ語そのまんまじゃなくて 英語 にうつしてある。だからまあ、これが最初ってことになるのかな。ただし、のちの eureka とはちがってて、ローマ人がラテン語にうつしたみたいなつづりになってる。

そのつぎにでてる用例は1658年、ポルタ(Giovan Battista 〔Giambattista〕 della Porta、1538-1615、イタリアの自然哲学者・劇作家)の『自然魔術』(1558、日本語訳が青土社からでてる)の翻訳で、「We have gone beyond Archimedes his Eureka.」っていう文章なんだけど、このつづりは eureka だ。

さらにつぎの用例は1742年、ヘンリー・フィールディング(Henry Fielding、1707-1754、イギリスの小説家・劇作家)の『ジョーゼフ・アンドルーズ』(第2版)で、「Adams..returned overjoyed..crying out 'Eureka'」。これが第1版(1742)だと「Ευρηκα」、第3版(1743)だと「Heureka」になってる。最初はギリシャ文字のまんまだったのが、第2版で 英語 にうつして、さらに第3版じゃただしい Heureka になおしてるわけだ。

それから、そのつぎの用例は1818年、バイロン(George Gordon Byron, 6th Baron, 1788-1824, イギリスの詩人)の『チャイルド・ハロルドの巡礼』で、「We clap Our hands, and cry 'Eureka!'」。もうこのあたりからは eureka ってつづりになってるみたいだ。

英語の eureka は結局あたまの h がなくなっちゃったけど、なんでだろ。OED にも「heureka というただしいつづりはまれ(The correct spelling heureka is rare.)」なんていてある。ギリシャ語の h の音は記号であらわされるだけだし、大文字ならその記号もつけないから、そのせいでぬけちゃったとか? それか、その記号をよまない流儀があったのかな。

eureka の当時のイギリスの発音は[エウレーカ]だっただろう。ラテン語式のアクセントでよんだだろうから(ギリシャ語をラテン語式のアクセントでよむ」) -re- にアクセントがあって(ギリシャ語のアクセントは heu- のとこ)、このアクセントの位置はいまの発音でもかわってない。このあと英語の母音の発音がおおきくかわったから、いまでは[ユ(ア)リーカ]になったわけだ。

これとはべつに、おんなじ動詞 εὑρίσκω [ヘウリスコー]が起源の heuristic (発見的)って単語が英語にあるけど、こっちはラテン語経由で、h もちゃんとのこってる。

それから、アルキメーデースのこのことばがギリシャ語で「エウレカ」だってかいてあるのをよくみかけるんだけど、これはギリシャ語を不正確にうつした英語の eureka をローマ字よみしただけのものなんだろう。eureka のほうはもうこのかたちで英語になってるわけだから、それはそういうもんだけど、ギリシャ語で「エウレカ」だ っていうのは、はっきりいってまちがいだ。「エウレカ」はギリシャ語の古代の発音でも現代の発音でもないんだから。

アルキメーデース:アルキメデス。 ウィトルーウィウス:ウィトルウィウス。 『建築について』:『建築書』。 プルータルコス:プルタルコス、プルターク。 『倫理論集』:『モラリア』。 エウクレイデース:エウクレイデス。

2005.12.05 kakikomi; 2017.05.18 kakitasi

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