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セラーフィームの複数形

天使の階級についてかいたときに(天使の階級」)、熾天使って訳されてる seraphim (セラーフィーム)は英語としてもこれで複数形だっていったけど(単数形は seraph)、実際には まちがって さらに複数形の s をつけてるものもある。まあ、こういう まちがい は、英語としては当然だとおもうけど。

ヘンデルのオラトリオ《サムソン》の最後のアリア「Let the bright Seraphims」をみると、このとおり Seraphims になってる。CDについてる歌詞をみると Seraphim になってるのもあるけど、これは まちがい をなおしたものだ。でも、古楽の原典尊重のかんがえかたからすると、こういう まちがい もそのまんまにしとくってことになるわけで、たとえばアーノンクールのライブ録音だともとのまんま Seraphims ってうたってる。ただし解説書にのってる歌詞は Seraphim になってるけど…。で、このアリアの歌詞はこうなってる(いまのつづり)。

Let the bright Seraphims in burning row,
Their loud, uplifted angel trumpets blow.
Let the Cherubic host, in tuneful choirs,
Touch their immortal harps with golden wires.

《サムソン》の原作はミルトンの『闘士サムソン(Samson Agonistes)』なんだけど、ミルトンのほかの詩もつかってて、この部分は「おごそかな音楽をきいて(At a Solemn Musick)」っていう詩の10~13行をもとにしてる。

Where the bright Seraphim in burning row
Their loud up-lifted Angel trumpets blow,
And the Cherubick host in thousand quires
Touch their immortal Harps of golden wires,

これをみると、原作のほうじゃ Seraphim で s はついてない。この原文はネットの Project Gutenberg でみつけたんだけど、their でうけてるからちゃんと複数形なんだよな。でも、それだったらなんで《サムソン》の台本のほうは Seraphims になっちゃったんだろ。クリストファー・ホグウッド『ヘンデル』(東京書籍)の注には、ミルトンの原作が Seraphims だってかいてあるんだけど、それならネットの原文はなおしてあるわけ? でも、この原文はつづりがむかしのまんまだし(Musick とか Cherubick とか)、ミルトンのほかの作品でも Seraphim だから、ミルトンの原文はこのとおりなんだとおもうけど(もうひとつの理由はあとで)。…それとも翻訳の問題かな。この本の注は《サムソン》の台本の原文で Seraphims だって意味なのに、「ミルトンの原作で」っていうふうに訳しちゃったとか? ついでにいうと、この注には、19世紀にでたクリュザンダー版ヘンデル全集じゃ Seraphim だともかいてある。この版だと ただしい ほうになおしてあるわけだ。

Seraphim はもともとはヘブライ語の שרפים śərāphîm [セラーフィーム]で、旧約聖書の『イザヤ書』第6章にでてくる。このかたちは複数形で、単数は שרף śārāph [サーラーフ]ってことになってるけど、実際には単数形は聖書にでてこない。英語じゃふるくはいろんなつづりがあったけど、それはそれとして、むかしは英語の複数形の語尾をつけた seraphims の用例もいろいろあったし、逆に複数のはずの seraphim が単数としてつかわれたこともあった。それが、単数形として seraph がつかわれるようになってからは、そういうのはだんだんなくなってった(seraphs っていう複数形はある)。

この単数形 seraph が、ヘブライ語で単数形ってことになってる śārāph とビミョーにちがってるのは(文字についてる記号はべつとして)、cherubim [チェラビム](ケルービーム、智天使)の単数形 cherub [チェラブ]のまねをしてつくったかたちだからだ。ケルービームのほうは聖書にも単数形がでてくるから、そのかたちが英語にもはいってた。

で、セラーフィームの単数形 seraph を最初につかったのはミルトンだろうっていわれてる。ってことは、そのことからしても、ミルトンが複数形として seraphims っていうのをつかうことはないんじゃないかな。だから、ネットにあったミルトンの詩は原文どおりなんだろう。つまり、《サムソン》の台本作者が Seraphims にしちゃったってことだ。むかしはこのかたちもよくあったから、そっちがただしいとおもってわざわざなおしちゃったのかな。

セラーフィーム:セラフィム。 ケルービーム:ケルビム。

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2005.12.20 kakikomi; 2011.04.01 kakinaosi

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