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「ブルータス、おまえもか」

「ブルータス、おまえもか」っていうのは、ユーリウス・カエサル(英語よみで「ジュリアス・シーザー」)の最後のことばとして有名だけど、このセリフじたいは、シェークスピアの『ジュリアス・シーザー』の翻訳でとくにしられるようになったんだろう。第3幕第1場にでてくるんだけど、シェークスピアの作品だから全体はもちろん英語だ。でも、このセリフだけラテン語で「Et tu, Brute? [エッ トゥー、ブルーテ]」になってる(英語ふうに発音するなら Brute は[ブルーテイ]になる)。et は「と、そして、~もまた」、tu は人称代名詞の2人称・単数・主格、Brute は Brutus [ブルートゥス]の呼格(~よ)。

ちなみに、『ジュリアス・シーザー』は1623年の「第1二つ折本(First Folio)」ではじめて印刷されて、それよりまえの「四つ折本(quarto)」の単行本としては出版されてない。で、この「第1二つ折本」だとこのセリフは「Et tu, Brutè?」っていうふうに最後が -è になってる。

さらについでにいうと、「Et tu, Brutè?」がシーザーがしぬまえの最後のセリフじゃなくて、このあとに(おんなじ行に)「―― Then fall, Caesar.」(それなら、しね、シーザー)っていうのがつづいてて、これをいってから息たえる。ただし、これがこの作品のシーザーの最後のセリフってわけじゃなくて、このあとシーザーの亡霊がでてきて、そこにもセリフがある。

で、カエサルのふるい伝記をみると、最後のことばはギリシャ語だったらしい。スエートーニウスの『ローマ皇帝伝(De Vita Caesarum)』のユーリウス・カエサルのとこには、カエサルはうめきごえをあげただけで さけびはしなかった、ってまずかいてあるんだけど、そのすぐあとに、ブルートゥス(英語よみで「ブルータス」)がおそいかかったとき「καὶ σὺ τέκνον;kǎi sý téknon カイ スュ テクノン]」(おまえもか、こどもよ)っていったってつたえているひともいる、ってつづいてる。これはラテン語の作品だけど、カエサルの最後のことばはこういうふうにギリシャ語になってて、これはどの版でもおんなじだ。ただし、文章には多少ちがいがあって、ながいバージョンだと、「καὶ σὺ εἶ ἐκείνων; καὶ σὺ τέκνον.kǎi sý êː ekěːnɔːn∥kǎi sý téknon カイ スュ エ~ エケ~ノーン。カイ スュ テクノン]」(おまえもやつらの仲間なのか。おまえもか、こどもよ)だったり、この後半がないのがあったりする。

それから、ディオーン・カッシオスの『ローマ史』(第44巻)でも、やっぱりギリシャ語で「καὶ σὺ τέκνον;」ってでてくる(この本そのものがギリシャ語の作品だけど)。アッピアーノスの『内乱史』(第2巻)のカエサル暗殺の場面にはカエサルのこのことばはでてこないんだけど、この部分には本文にかけてるとこがあるから、もしかしてそこにカエサルのことばがあったとか? それにしても、ほんとにしぬまぎわにカエサルは外国語をしゃべったのかなあ。ローマの知識人はギリシャ語がよくわかってたわけだけど…。

単語の説明をすると、καί は「と、そして、~もまた、~でさえ」、σύ は人称代名詞の2人称・単数・主格、τέκνον は「こども」の単数・呼格、εἶεἰμί [eːmí エ~ミ](~である)の直説法・現在・2人称・単数、ἐκείνωνἐκεῖνος [ekêːnos エケ~ノス](あれ、あの)の複数・属格。「;」はギリシャ語の疑問符。「こどもよ」っていうのは、ブルートゥスが実際にカエサルのこどもだったってはなしもあるけど、たぶんここは年下の相手に対するよびかけなんだろう。それから、句読点が「καὶ σύ, τέκνον;」っていうふうになってるのをみることもある。このばあい、いまのやりかただと σὺ のアクセント記号が σύ にかわる(ただし、コンマのまえでもアクセント記号は重アクセントのまんまっていうかきかたもある)。

シェークスピアは、プルータルコスの『対比列伝』をもとにして『ジュリアス・シーザー』をかいた(ほかにももとにしたものはあるって説もあるにはあるけど)。『対比列伝』はジャック・アミヨ(Jacques Amyot)がフランス語に訳したのが有名で、モンテーニュもサント=ブーブも絶賛してる。このフランス語訳をトマス・ノース(Thomas North)がさらに英語に訳したのがシェークスピアの読んだ『対比列伝』だった。

で、『対比列伝』には有名なカエサルの最後のことばはでてこない。ただ、最初にきりつけられたときカエサルはラテン語で「不とどきものめ、カスカ、なにをする」っていってる。で、そのときカスカはギリシャ語で弟に「たすけにこい」っていってるんだけど、なんでこっちはギリシャ語なんだ? 『対比列伝』はギリシャ語の作品だから、このカエサルのことばもギリシャ語でかいてあるんだけど、とにかく「ラテン語で」(Ῥωμαϊστίɔːma.istí ローマイスティ])ってちゃんとことわってある。それなのに「καὶ σὺ τέκνον;」のほうはギリシャ語…。

カエサルの最後のことばは、のちにはラテン語に訳されて、いくつかちがうかたちでつたわってる。そのなかで「Et tu, Brute?」がやっぱりいちばん有名なんだろうけど、これはルネッサンスのころにはかなりひろくいきわたってたっていわれてる。それをシェークスピアがつかって、いまみたいに有名なことばになったわけだ。当時のラテン語劇のセリフにあったっていう説もあるし、英語劇でもつかわれてたとかいうから、シェークスピアもそれにならっただけなのかもしれないけど、ここだけラテン語なのがやっぱりちょっとひっかかる。

ここだけラテン語のセリフになってるのは、もともとカエサルがいったのがギリシャ語だったから、ってことじゃないのかな。芝居全体は英語だから、それとはちがう言語ってことでラテン語をつかった。ただし、ちがう言語ってことならギリシャ語のまんまでもいいようなもんだけど、それじゃ観客には意味がわかんないから、当時それなりに有名だったラテン語のこのことばにしたってことで。なにしろこの作品のなかに「it was Greek to me」(わたしにはちんぷんかんぷんだった)ってセリフがでてくるぐらいで、いまでもこのセリフがもとで、Greek (ギリシャ語)って単語は「意味がわからないこと」「ちんぷんかんぷん」って意味でもつかわれるんだから、ギリシャ語のセリフってわけにはいかないだろう。

ただし、それだと、カエサルが最後にいったのがギリシャ語だったっていうのをシェークスピアがしってたことになるけど、そのへんはどうなんだろ。どうも、スエートーニウスもディオーン・カッシオスもよんでないみたいだし。それでも、ギリシャ語でいったってこと自体は、はなしとしてきいてたってことはありえるかな。

ユーリウス・カエサル:ユリウス・カエサル。 シェークスピア:シェイクスピア。 スエートーニウス:スエトニウス。 ディオーン・カッシオス:ディオーン・カシオス、ディオン・カッシオス、ディオン・カシオス、ディオ・カッシウス、ディオ・カシウス。 アッピアーノス:アッピアノス。 プルータルコス:プルタルコス。 『対比列伝』:『プルターク英雄伝』。

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2005.12.11 kakikomi; 2012.10.03 kakikae

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