ギリシャ語のなぞなぞ
なぞなぞっていってもいろんなものがあるけど、こたえそのものがギリシャ語に即したなぞなぞをふたつ紹介したい。
γράμματος ἀρνυμένου πληγὴν ποδὸς οὔνομα τεύχει「γράμματος ἀρνυμένου [グランマトス・アルニュメヌー]」は「文字(単数)が手にはいれば」、「πληγήν[プレーゲーン]」は「打撃を、一撃を」、「ποδός[ポドス]」は「足の」、「οὔνομα[ウーノマ]」は「名まえが」(イオーニアー〔イオニア〕方言のかたち。“ふつう”の古典ギリシャ語つまりアッティカ方言なら「ὄνομα〔onoma〕[オノマ]」)、「τεύχει[テウケ~]」は「つくる、おこす」、「ἡμέτερον[ヘーメテロン]」は「わたし(たち)の」、「πταίειν[プタイエ~ン]」は「つまずくこと」(不定詞)、「δέ[デ]」はかるい接続詞、「βροτῶν[ブロトーン]」は「人間たちの」、「πόδας[ポダス]」は「足が」(複数対格で、不定詞の主語)、「οὔποτε[ウーポテ]」は「決して…ない」(つぎの単語が母音ではじまってるから、最後の母音が省略されて「οὔποτ᾿」になってる)、「ἐάσει[エアーセ~]」は「ゆるす」。それから、この詩の韻律はヘクサメトロス(→「古代ギリシャの韻律:ヘクサメトロス」)。
ἡμέτερον, πταίειν δὲ βροτῶν πόδας οὔποτ᾿ ἐάσει.grammatos arnymenû plêgên podos ûnoma teukhē
hêmeteron, ptaiēn de brotôn podas ûpot' eâsē.グランマトサルニュメヌー・プレーゲーン・ポドスーノマ・テウケ~
ヘーメテロン、プタイエ~ン・デ・ブロトーン・ポダスーポテアーセ~。わたしの なまえに ひともじ つけたせば、あしに いちげき くらわせる ものに なる。
もとの なまえの ままなら、けっして ひとびとの あしを つまずかせは しない。
(『ギリシャ詞華集』14.46)
こたえは「サンダル」なんだけど、ギリシャ語でいうと「σάνδαλον〔sandalon〕[サンダロン]」。これに1文字「κ」をくわえると、「σκάνδαλον〔skandalon〕[スカンダロン]」になって、「わな」って意味になる。このふたつはそれぞれ英語の「sandal」と「scandal」(スキャンダル)になってるから、問題をすこしかえれば英語のなぞなぞにもなりそうだ。
ἀνθρώπου μέρος εἰμί, ὃ καὶ τέμνει με σίδηρος.っていうのもある。「ἀνθρώπου[アントロープー]」は「人間の」、「μέρος[メロス]」は「一部」、「εἰμί[エ~ミ]」は「わたしは…だ(I am)」(アクセントがなくなって、まえの単語といっしょに発音される)、「ὃ καί [ホ・カイ]」は「それで、それだから」、「τέμνει[テムネ~]」は「きる、きりさく、きりわける」、「με[メ]」は「わたしを」、「σίδηρος[スィデーロス]」は「鉄が」、「γράμματος αἰρομένου [グランマトス・アイロメヌー]」は「文字(単数)がとりのぞかれれば」、「δύεται[デューエタイ]」は「しずむ」、「ἠέλιος[エーエリオス]」は「太陽が」(叙事詩の方言のかたち。アッティカ方言なら「ἥλιος〔hêlios〕[ヘーリオス]」)。それから、この詩の形式はエレゲイオン(→「古代ギリシャの韻律:エレゲイオン」)。
γράμματος αἰρομένου δύεται ἠέλιος.anthrôpû meros ēmi, ho kai temnē me sidêros.
grammatos airomenû dŷetai êelios.アントロープー・メロセ~ミ、ホ・カイ・テムネ~・メ・スィデーロス。
グランマトサイロメヌー・デューエタイ・エーエリオス。わたしは にんげんの からだの いちぶで、てつが わたしを きる。
ひともじ とりされば、ひが しずむ。
(『ギリシャ詞華集』14.35)
こたえは「つめ」なんだけど、ギリシャ語でいうと「ὄνυξ〔onyx〕[オニュクス]」。これから1文字「ο」をとると、「νύξ〔nyx〕[ニュクス]」になって、「夜」って意味になる。つまり「日がしずむ」。「オニュクス」はオニキス(onyx、シマメノウ)っていう宝石の名まえになってて、「ニュクス」は夜の女神の名まえでもある(夜の女神は「夜」っていう名まえ)。
