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神がみの「血」

ホメーロスの『イーリアス』第5巻340行と416行に ἰχώρ [iːkʰɔ̌ːr イーコール]ってことばがでてくる。神がみの血のことだ。っていうか、厳密にいうと「血」じゃなくて、神がみのからだのなかをながれてる体液のこと。これがでてくる場面は、アイネイアースとディオメーデースがたたかったとき、まけそうになったアイネイアースをアプロディーテーがたすけるとこなんだけど、ディオメーデース(テューデウスの子)に女神が傷つけられてイーコールがながれでる。ちょっとまえから引用すると、

そのとき気象すぐれたテューデウスの息子は 鋭い手槍をぐっとさしのべ、
とびかかりざまに(アプロディーテーの)なよなよとした手先を
傷つければ、すなわち槍は 香ぐわしい御神の衣をとおして、
肌えをさしつらぬいた、典雅の女神カリテスらが 手ずから織ったきぬを徹して
たなごころのつけ根の上を。それで御神の不死なる血汐が流れ出た、
神血イーコールとて、さきわいたもう神々の 体の内をめぐるものである。
というのも彼らは穀物をまず、きらがな酒も飲まれないので、
それゆえ血汐ももたず、不死の身と呼ばれたもうのだ。(335~342)

傷をおった女神は、アレースから戦車をかりてオリュンポスににげかえって、母親になきつく。母親が

両手をもって女神の腕から 神血イーコールを拭ききよめれば、
手の傷は癒え、烈しいうずきも おのずからなごんでいった。(416~417)
(以上、呉茂一訳、もと岩波文庫、いまは平凡社ライブラリー)

イーコールは、のちには、ストラボーンの『地誌』(6.3.5)で巨人の血の意味につかわれてたりするし、アイスキュロスの『アガメムノーン』(1480行)みたいにたんなる血って意味にもなる。

このことばは ichor [アイコー]っていう英語にもなってる。神話のまんまの意味もあるけど、医学用語としては「うみ汁」。神がみの体液からずいぶん意味がおちたもんだけど、ギリシャ語の段階で「動物の体内の液状のもの(血清とか)」をさすようになってたから、医学用語としてはその意味でつかわれてるわけだ。

ホメーロス:ホメロス。 イーリアス:イリアス。 アイネイアース:アイネイアス。 ディオメーデース:ディオメデス。 アプロディーテー:アフロディーテー、アプロディテ、アフロディテ。 テューデウス:テュデウス。 アレース:アレス。 オリュンポス:オリンポス。 ストラボーン:ストラボン。 アガメムノーン:アガメムノン。

2006.02.09 kakikomi; 2009.05.06 kakinaosi

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