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ソプラノは男性名詞

英語には名詞の性(gender [ジェンダー])はなくなったけど、イタリア語とかフランス語には男性・女性があるし、ギリシャ語・ラテン語・ドイツ語なんかには男性・女性・中性っていう3つの性がある(英語でも人称代名詞の he she it に3つの性のなごりがある)。中性っていうのは、英語でいうと neuter [ニューター]、そのもとはラテン語の neuter [ネウテル]で、このラテン語はギリシャ語の οὐδέτερον [uːdéteron ウーデテロン]を訳したものだ。意味は「どっちでもない」ってことだから、直訳すれば「無性」ってことになるだろう。

gender っていう英語はフランス語の genre [ジャンル]と関係があって、さかのぼればラテン語の genus [ゲヌス]になる。文法用語としてはやっぱりギリシャ語の γένοςɡénos ゲノス]を訳したものだけど、語尾がちがうだけの対応してることばで訳したわけだ。意味はどっちも「うまれ、由来、種族、種類」。

名詞の性は、実際の性別と一致してるとはかぎらなくて、結局は文法の問題だ。ドイツ語の Mädchen [メートヒェン](女の子)は中性名詞で自然の性とはちがってる。これは Magd [マークト](英語の maid)っていうふるい女性名詞に中性名詞をつくる語尾 -chen がくっついてできたもんだから、こういうことになった。

女のひとをあらわしてるけど女性名詞じゃないっていえば、イタリア語の soprano [ソプラーノ]っていう男性名詞がある。これは要するにソプラノのことだけど、音域のことをいうだけじゃなくて、ソプラノ歌手って意味もある。ソプラノ歌手っていえばたいてい女のひとだけど、男性名詞だ。ただし、さすがに女性名詞としてもつかわれてる。文法的にはまちがいなんだけど。

ところで、ソプラノの音域の男の歌手っていえば、ボーイ・ソプラノがいるから、そのばあいなら男性名詞でもおかしくない。それから、ソプラノ歌手って意味のことばはほかに sopranista [ソプラニスタ]っていうのがあって、これも男性名詞だ。このばあいはとくに男性ソプラノ歌手のことをいってる。ボーイ・ソプラノのこともいうんだろうけど、むかしはカストラートのことをいってた。声がわりするまえに去勢して女性の音域をたもってる男性歌手のことだけど、いまはいない。でも、たまたま声がわりしなかった男性歌手がいて、いま日本でソプラニスタっていえば、この手の歌手のことだろう。世界に3人しかいないらしいけど、そのうちのひとりが岡本知高[おかもと ともたか](→オフィシャル・サイト)っていう日本人だ。

イタリア語の soprano はほかのヨーロッパのことばにはいって、たとえばドイツ語の Sopran [ゾプラーン]になった。これも女性名詞で、ソプラノの音域のほかにソプラノ歌手の意味もあるから、イタリア語とおんなじことになってる。それから、歌手だけをあらわすことばとしては、ドイツ語にも Sopranist [ゾプラニスト]っていうのがあって、やっぱり男性名詞。ただし、ドイツ語のばあい、これの女性形の Sopranistin [ゾプラニスティン]っていう女性名詞があるから、女性のソプラノ歌手っていったらこっちのほうになる。Sopranist のほうはたいていはボーイ・ソプラノのことだ。

このことは、ソプラノよりひくい音域のアルトにもあてはまる。アルト歌手はたいていは女のひとだけど、「(音域の)アルト、アルト歌手」の意味のイタリア語 contralto [コントラルト]、alto [アルト]、ドイツ語 Alt [アルト]は男性名詞。それから、ドイツ語の Altist [アルティスト](男性アルト歌手)、Altistin [アルティスティン](女性アルト歌手)はそれぞれ実際の性別とおんなじ。

そういえば、ドイツ語で Hose [ホーゼ](ズボン)が女性名詞で、Rock [ロック](スカート)が男性名詞だっていうはなんか逆みたいな…。ドイツ語は女性のほうがえらいんだっていってたドイツ語教師がいたけど、たとえば See [ゼー]ってことばは「海」の意味だと女性名詞で、「みずうみ」の意味だと男性名詞になる。それから Sonne [ゾネ](太陽)が女性名詞で、Mond [モーント](月)が男性名詞だっていうのもそんな感じだろう。ギリシャ語・ラテン語・イタリア語・フランス語なんかだと太陽と月の性別はこれとは逆。日本語の名詞に性別があったとしたら、日本神話の太陽の神は女神で、月の神は男神だから、ドイツ語みたいに太陽は女性名詞で月は男性名詞になるのかな。

2006.03.10 kakikomi; 2009.05.06 kakinaosi

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コメント

この手の太陽とか月とか海とか川とかのジェンダーは言語によっても場所によっても違ったりで、面白いですね。

「お嬢さんや女・子供の実際の性が中性なので」と語学学校で習った覚えがあって、真実は別にして理解出来るのですが、大抵はギリシャ語やラテン語へ遡るのか想像も付かない例が多いです。

しかし上のソプラノ歌手の例はもしかすると、声楽の歴史に関係しているのかなと。つまり女声などは、文献上長く存在しなかったからではないかと。精々、プロテスタントのコラール以降と思うのです。

投稿: pfaelzerwein | 2006.03.11 20:08

ふるくは、教会にしても劇場にしても、女性は舞台にたてなかったということが関係あるのかもしれませんが、女性歌手が活躍するようになってからも、イタリア語の「soprano」が男性名詞のままだったということは、なにかべつに理由があるようにもおもいます。

「-o」でおわる男性名詞の女性形は「-a」にすればすぐつくれるので、女性歌手なら「soprana」とすればいいとおもうのですが、そうなってもいません。「soprano」「Sopran」は、もともと音域・声域のことであって、歌手をさすようになっても、音域の意味はそのままです。音域なら、たとえ女性がうたうようになったパートであろうと、女性名詞である必要はないわけで、これがおおきな理由ではないでしょうか。

投稿: yumiya | 2006.03.12 19:19

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