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キュクロープス、トリケラトプス

ギリシャ神話のひとつ目巨人キュクロープス(Cyclops)と恐竜のトリケラトプス(Triceratops)。このふたつはぜんぜん関係ないけど、どっちも -ops でおわってるとこが共通してる。英語としてよめば「サイクロプス」「トライセラトプス」で、どっちももとはギリシャ語だ。

キュクロープスはギリシャ神話だからギリシャ語なのはあたりまえだけど、トリケラトプスのほうは学名としてつくられたもので、学名としてはラテン語だ。でも、学名によくあるみたいに、ギリシャ語をくみあわせてつくって、それをラテン語にしたものだ。古典式によむとすれば、ラテン語としてもギリシャ語としても「トリケラトープス」になる。

キュクロープスはギリシャ語だと Κύκλωψ [kýklɔːps キュクロープス](現代語式の発音なら[ˈkiklops キークロプス]、民衆語(口語)のかたちは Κύκλωπας [ˈkiklopas キークロパス]」)で、κύκλος [kýklos キュクロス](円)と ὤψɔ̌ːps オープス](目)をくっつけたことばだ。全体で「まるい目をしたもの」っていう名詞になってる。この手の複合語は所有複合語っていって、もともとはたんなる「まるい目」っていう複合名詞だったのが、「まるい目をもってる、まるい目をしてる」っていう意味の形容詞になって、さらにその名詞としてのつかいかたで「まるい目をしたもの」ってことになった。そのまんま訳せば「まる目」ってことになるだろう。妖怪の名まえとしてもおかしくないような…。

トリケラトプスはギリシャ語で Τρικεράτωψ [trikerátɔːps トリケラトープス](現代語式の発音なら[trikʲeˈratops トリキェラートプス])。τρι- [tri トリ](3)と κέρας [kéras ケラス](ツノ。語幹は κερατ- [kera(ː)t-])と ὤψ をくっつけたことばで、ὤψ はキュクロープスの ὤψ とおんなじだけど、このばあいは「顔」っていう意味だ。つまり「顔にツノが3つあるもの」ってことになる。これも所有複合語で、「3つのツノがある顔をもってる」って意味の形容詞の名詞としてのつかいかただ。この名まえをそのまんま訳して和名にするとすれば、「ミツヅノガオ」とでもなるかな。

ギリシャ語の ὤψ は、こういうふうに「目」のほかに「顔、顔つき」って意味があって、「みる」っていう意味の動詞と関係がある(語根は op-)。これは意味からいって当然だろう。ただし、「目」って意味だと ὀφθαλμός [opʰtʰalmós オプタルモス]のほうがふつうだし、詩のことばとして ὄμμα [ómma オンマ]っていうのもあって、このふたつもやっぱり「みる」って動詞と関係ある。「顔」のほうも πρόσωπον [prósɔːpon プロソーポン]のほうがふつうで、これは πρόσ-ωπον ってわけられる。前半は「~のちかくに、~のほうに」、後半は ὤψ とおんなじ語根で「目」のことだから、「目のあるところ、目のまわり」ってことで「顔」になった。

そういえば、ドイツ語の Gesicht [ゲズィヒト](顔)も sehen [ゼーエン](みる)って動詞からきてたっけ。ふるくは「みること、視覚、視力、目」って意味で、それから「目のあるところ」で「顔」って意味になったとこもにてる。

πρόσωπον とにたようなつくりのことばで μέτωπον [métɔːpon メトーポン](ひたい)っていうのもある。これは μετ(ά)-ωπον で、このばあいの μετά [metá メタ]は「~のあいだに」ってことだから、「目と目のあいだのところ」で「ひたい」って意味になった。

ὀφθαλμός (目)と μέτωπον (ひたい)ってことばはヘーシオドスの『神統記』でキュクロープスって名まえを説明するとこ(142~145)にもでてくる(アンダーラインの単語)。

οἳ δή τοι τὰ μὲν ἄλλα θεοῖς ἐναλίγκιοι ἦσαν,
μοῦνος δ᾿ ὀφθαλμὸς μέσσῳ ἐνέκειτο μετώπῳ·
Κύκλωπες δ᾿ ὄνομ᾿ ἦσαν ἐπώνυμον, οὕνεκ᾿ ἄρα σφέων
κυκλοτερὴς ὀφθαλμὸς ἕεις ἐνέκειτο μετώπῳ·

hǒi dɛ̌ːtoi mén álla tʰeôis enalíŋkioj ɛ̂ːsan|
ːnos d opʰtʰalmós méssɔːj enékeːto metɔ̌ːpɔːi∥
kýkklɔːpes d ónom ɛ̂ːsan epɔ̌ːnymon|hǔːnek ára spʰéɔːn
kykkloterɛ̌ːs opʰtʰalmós héeːs enékeːto metɔ̌ːpɔːi]

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まことにこの者どもは その他の点では神々(の御姿)に生き写しであったが
額のまん中に 目はたったひとつしかなかったのだ。
そこで円い目キュクロープス綽名あだなされたが それというのも
円いひとつの目が彼らの額についていたからである。
(廣川洋一訳、岩波文庫。一部表記をかえた)

μέτωπον のほうは単数与格の μετώπῳ (ひたいに)になってる。ΚύκλωπεςΚύκλωψ の複数形。それから、この詩の形式はヘクサメトロス(古代ギリシャの韻律:ヘクサメトロス」)。「メトーポン」はもともと「目と目のあいだ」ってことだから、目がひとつしかないキュクロープスについてもこのことばをつかうのは、語源にこだわればヘンな感じがしないでもない。まあ、ことばっていうのはそんなもんだけど。

キュクロープス:キュクロプス。 ヘーシオドス:ヘシオドス。

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2006.03.01 kakikomi; 2017.05.20 kakitasi

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