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「主の祈り」(1) ギリシャ語

キリスト教の代表的な いのりのことばっていえば、やっぱり「主の祈り」だとおもうけど、これはキリスト自身がおしえた いのりで、『マタイによる福音書』(6.9-13)と『ルカによる福音書』(11.2-4)にでてくる。『ルカ』のほうがみじかくて、ふつう「主の祈り」っていえば『マタイ」にでてくるながいほうのことをいってる。

新約聖書の原文はギリシャ語だから、まずはその原文からはじめて、ほかにいくつか「主の祈り」の外国語訳も紹介したいとおもうけど、そのまえに、日本語訳をあげておこう。まずは「日本聖公会・カトリック教会共通口語訳」(改行はすこしかえた)。

天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり
地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を今日も お与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。
(国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。アーメン。)

つぎは新共同訳の『マタイ』のほう(これも改行はすこしかえた)。

天におられるわたしたちの父よ、
御名が崇められますように。
御国が来ますように。
御心が行われますように、
天におけるように地の上にも。
わたしたちに必要な糧を今日与えてください。
わたしたちの負い目を赦してください、
わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。
わたしたちを誘惑に遭わせず、
悪い者から救ってください。

原文と外国語訳を紹介するのは、この『マタイ』のほうだけど、参考までに『ルカ』のほうも新共同訳であげておこう。

父よ、御名が崇められますように。
御国が来ますように。
わたしたちに必要な糧を毎日与えてください。
わたしたちの罪を赦してください、
わたしたちも自分に負い目のある人を皆赦しますから。
わたしたちを誘惑に遭わせないでください。

で、まず今回はギリシャ語の原文を紹介することにする。

Πάτερ ἡμῶν ὁ ἐν τοῖς οὐρανοῖς·
ἁγιασθήτω τὸ ὄνομά σου·
ἐλθέτω ἡ βασιλεία σου·
γενηθήτω τὸ θέλημά σου,
ὡς ἐν οὐρανῷ καὶ ἐπὶ γῆς·
τὸν ἄρτον ἡμῶν τὸν ἐπιούσιον δὸς ἡμῖν σήμερον·
καὶ ἄφες ἡμῖν τὰ ὀφειλήματα ἡμῶν,
ὡς καὶ ἡμεῖς ἀφήκαμεν τοῖς ὀφειλέταις ἡμῶν·
καὶ μὴ εἰσενέγκῃς ἡμᾶς εἰς πειρασμόν,
ἀλλὰ ῥῦσαι ἡμᾶς ἀπὸ τοῦ πονηροῦ,
ὅτι σοῦ ἐστιν ἡ βασιλεία καὶ ἡ δύναμις καὶ ἡ δόξα εἰς τοὺς αἰῶνας. ἀμήν.

[páter hɛːmɔ̂ːn hoentôis uːranôis|
haɡiastʰɛ̌ːtɔː tó ónomásuː
eltʰétɔː hɛːbasilěːaːsuː
ɡenɛːtʰɛ̌ːtɔː tó tʰélɛːsuː
hɔːsenuːranɔ̂ːi kǎi eɡɛ̂ːs∥
tón árton hɛːmɔ̂ːn tón epiǔːsion dós hɛːːn sɛ̌ːmeron∥
kǎi ápʰes hɛːːn tá opheːlɛ̌ːmata hɛːmɔ̂ːn|
hɔːskǎi hɛːːs apʰɛ̌ːkamen tôis opʰeːlétais hɛːmɔ̂ːn∥
kǎi mɛ̌ː eːsenéŋkɛːis hɛːːs eːspeːrazmón|
alŷːsai hɛːːs apó tûː ponɛːː
hóti sûːestin hɛːbasilěːaː kǎi hɛːdýnamis kǎi hɛːdóksa eːstǔːs aijɔ̂ːnas|amɛ̌ːn]

パテル ヘーモーン ホ エン トイスーラノイス、
ハギアステートー ト オノマ スー、
エルテトー ヘー バスィレ~アー スー、
ゲネーテートー ト テレーマ スー、
ホーセヌーラノーイ カイ エピ ゲース。
トナルトン ヘーモーン トネピウースィオン ドス ヘーミーン セーメロン、
カイ アペス ヘーミーン タ オペ~レーマタ ヘーモーン、
ホース カイ ヘーメ~ス アペーカメン トイソペ~レタイス ヘーモーン、
カイ メー エ~セネンケーイス ヘーマース エ~ス ペ~ラズモン、
アッラ リューサイ ヘーマース アポ トゥー ポネールー。
ホティ スー エスティン ヘー バスィレ~アー カイ ヘー デュナミス カイ ヘー ドクサ エ~ス トゥーサイヨーナス。アメーン。

ひとつ注意しなきゃいけないのは、最後の1行 ὅτι σοῦ……ἀμήν のとこが「日本聖公会・カトリック教会共通口語訳」には一応あるけど、新共同訳にはないことだ(口語訳にもない)。この部分は写本によってあったりなかったりするとこで、ほかにもいろいろバリエーションがあるんだけど、新共同訳も口語訳も本文として採用してないわけだ。

上にしめした発音は古典時代のもので、新約聖書の時代にはけっこう発音もかわってたから、新約聖書を古典式でよむのには反対意見もあるだろう。ただし、文章そのものは現代語よりはずっと古典語にちかい、っていうか、ほとんど古典語だから、実用的には古典式によむほうが簡単だとはいえる(現代ギリシャ語をしってるひとはべつとして)。そのばあいでも、下がきのイオータはよまないほうがいいのかもしれない。

ギリシャの教会じゃ現代語式の発音で「主の祈り」をとなえてるから、上にあげた原文の現代語式の発音を参考までにあげておくことにする。ただし、教会でとなえてる文章はちょこっとこれとはちがってるらしい(この記事のコメントを参照)。

パーテリモン オ エンディスラニス、
アヤススィート ト オノマー ス、
エルセート イ ヴァスィリーア ス、
イェニスィート ト セリマー ス、
オセヌラノ キェ エピ イス、
トナルトニモン トネピウースィオン ゾスィミン スィーメロン、
キェ アーフェスィミン タ オフィリーマタ イモン、
オス キェ イミス アフィーカメン ティソフィレーテスィモン、
キェ ミ イセネンギスィマス イス ピラズモン、
アラ リーセ イマス アポ トゥ ポニル、
オーティ ス エスティン イ ヴァスィリーア キェ イ ズィーナミス キェ イ ゾクサ イス トゥセオーナス。アミン。

ビザンチン聖歌つまりギリシャ正教の音楽のCDで「The Divine Liturgy of St John Chrysostom」(輸入盤、OPS 30-78)っていうのがあるんだけど、このなかに「主の祈り」をとなえてるとこがでてくる。みんなでとなえてるのは10行めの …ἀπὸ τοῦ πονηροῦ までで、つづきの文章は司祭がひとりでとなえてる(最後のアーメンはまたみんなで)。ただし、ここにあげた11行めよりながい文章で、いろんな写本のいろんなバージョンをつなぎあわせてながくしたみたいな感じだ。

ὅτι σοῦ ἐστιν ἡ βασιλεία καὶ ἡ δύναμις καὶ ἡ δόξα, τοῦ πατρὸς καὶ τοῦ υἱοῦ καὶ τοῦ ἁγίου πνεύματος, νῦν καὶ ἀεὶ καὶ εἰς τοὺς αἰῶνας τῶν αἰώνων. ἀμήν.

これは、11行めの途中に τοῦ πατρὸς καὶ τοῦ υἱοῦ καὶ τοῦ ἁγίου πνεύματος, νῦν καὶ ἀεὶ καὶ [(古典式) tûː patrós kǎi tûː hyijûː kǎi tûː haɡíuː pněumatos|nŷːŋ kǎi aěː kǎi トゥー パトロス カイ トゥー ヒュイユー カイ トゥー ハギウー プネウマトス、ニューン カイ アエ~ カイ][(現代語式)トゥ パトロス キェ トゥ イウー キェ トゥ アイ゙ーウ プネヴマトス、ニン キェ アイ キェ](父と子と聖霊の、いまも、いつも、そして)っていうのがはいってて、さらにアーメンのまえに τῶν αἰώνων [(古典式) tɔ̂ːn aijɔ̌ːnɔːn トーナイヨーノーン][(現代語式)トネオーノン](「永遠に」を強調したいいかた)がついてる。

最後に単語の説明:
πάτερ:「πατήρ [patɛ̌ːr パテール]:父」(男性)の単数・呼格。
ἡμῶν:「わたしたちの」、人称代名詞の1人称・複数・属格。
:定冠詞、男性・単数・主格。
ἐν:「~のなかに」。
τοῖς:定冠詞、男性・複数・与格。
οὐρανοῖς:「οὐρανός [uːranós ウーラノス]:天」(男性)の複数・与格。定冠詞 のついた ἐν τοῖς οὐρανοῖςπάτερ にかかってる。
ἁγιασθήτω:「ἁγιάζω [haɡiázɔː ハギアゾー]:きよめる、聖なるものとする、あがめる」の受動態・命令法・アオリスト・3人称・単数。
τό:定冠詞、中性・単数・主格。
ὄνομα:「名まえ」(中性)の単数・主格。つぎの σου のアクセントが最後の音節にうつってる。
σου:「あなたの」、人称代名詞の2人称・単数・属格。
ἐλθέτω:「ἔρχομαι [érkʰomai エルコマイ]:くる」の命令法・アオリスト・3人称・単数。
:定冠詞、女性・単数・主格。
βασιλεία:「王国、支配」(女性)の単数・主格。
γενηθήτω:「γίγνομαιɡíŋnomai ギク゚ノマイ]:なる、おこなわれる」の命令法・アオリスト・3人称・単数(かたちは受動)。
θέλημα:「意志」(中性)の単数・主格。つぎの σου のアクセントが最後の音節にうつってる。
ὡς:「~のように」。
οὐρανῷ:「天」の単数・与格。
καί:「そして、~もまた、と」。
ἐπί:「~のうえに」。
γῆς:「γῆɡɛ̂ː ゲー]:地、大地、土地」(女性)の単数・属格。
τόν:定冠詞、男性・単数・対格。
ἄρτον:「ἄρτος [ártos アルトス]:パン」(男性)の単数・対格。
ἐπιούσιον:「ἐπιούσιος [epiǔːsios エピウースィオス]:つぎの日の、毎日の、必要な」の男性・単数・対格。この単語の意味については説がわかれてる(ベーシック・イングリッシュ訳の聖書」)。
δός:「δίδωμι [dídɔːmi ディドーミ]:あたえる」の能動態・命令法・アオリスト・2人称・単数。
ἡμῖν:「わたしたちに」、人称代名詞の1人称・複数・与格。
σήμερον:「きょう」。いわゆる古典ギリシャ語、つまりアッティカ方言の一般的なかたちは τήμερον [tɛ̌ːmeron テーメロン]。
ἄφες:「ἀφίημι [apʰǐːɛːmi アピーエーミ]:おくる、なげる、ゆるす」の能動態・命令法・アオリスト・2人称・単数。
τά:定冠詞、中性・複数・対格。
ὀφειλήματα:「ὀφείλημα [opʰěːlɛːma オペ~レーマ]:借金、おい目、罪」(中性)の複数・対格。
ἡμεῖς:「わたしたちが」、人称代名詞の1人称・複数・主格。
ἀφήκαμεν:「おくる、なげる、ゆるす」の能動態・直説法・アオリスト・1人称・複数。これが ἀφίεμεν [(古典式) apʰǐːemen アピーエメン]/[(現代語式)アフィーエメン](能動態・直説法・現在・1人称・複数)になってるものもある(CDでもそうだった)。
ὀφειλέταις:「ὀφειλέτης [opʰeːlétɛːs オペ~レテース]:借金している者、義務のある者、あやまち(罪)をおかしたもの」(男性)の複数・与格。
μή:禁止をあらわす。
εἰσενέγκῃς:「εἰσφέρω [eːspʰérɔː エ~スペロー]:はこびこむ、つれこむ」の能動態・接続法・アオリスト・2人称・単数。
ἡμᾶς:「わたしたちを」、人称代名詞の1人称・複数・対格。
εἰς:「~のなかへ」。
πειρασμόν:「πειρασμός [peːrazmós ペ~ラズモス]:誘惑、試練」(男性)の単数・対格。
ἀλλά:「しかし」。
ῥῦσαι:「ῥύομαιy̌ːomai リューオマイ]:まもる、すくう」の命令法・アオリスト・2人称・単数(かたちは中動)。
ἀπό:「~から」。
τοῦ:定冠詞、男性(または中性)・単数・属格。
πονηροῦ:「πονηρός [ponɛːrós ポネーロス]:わるい」の男性(または中性)・単数・属格。男性なら「わるもの」、中性なら「悪、わるいこと」。
ὅτι:「~だから、なぜなら」。
σοῦ:「あなたのもの」、人称代名詞の2人称・単数・属格。アクセントのある強調形。
ἐστιν:「εἰμί [eːmí エ~ミ]:ある、いる、~である」の直説法・現在・3人称・単数。
δύναμις:「ちから」(女性)の単数・主格。
δόξα:「意見、名声、栄光」(女性)の単数・主格。
πατρός:「父」の単数・属格。
υἱοῦ:「υἱός [hyijós ヒュイヨス]:むすこ」(男性)の単数・属格。
ἁγίου:「ἅγιος [háɡios ハギオス]:神聖な」の中性・単数・属格。
πνεύματος:「πνεῦμα [pnêuma プネウマ]:風、息、霊」(中性)の単数・属格。
νῦν:「いま」。
ἀεί:「つねに、たえず」。
τούς:定冠詞、男性・複数・対格。
αἰῶνας:「αἰών [aijɔ̌ːn アイヨーン]:あるながさの時間、一生、世代、時代、永遠」(男性)の複数・対格。εἰς τοὺς αἰῶνας で「永遠に」。
τῶν:定冠詞、男性・複数・属格。
αἰώνων:「あるながさの時間、一生、世代、時代、永遠」の複数・属格。
ἀμήν:「アーメン」。もとはヘブライ語の אמן ʼāmēn [アーメーン]で、「たしかに、ほんとうに、そうなりますように」。

関連記事
 ・「主の祈り」(2) ラテン語
 ・「主の祈り」(3) ドイツ語
 ・「主の祈り」(4) 英語
 ・「主の祈り」(5) サンスクリット語
 ・ベーシック・イングリッシュ訳の聖書

2006.04.26 kakikomi; 2017.05.20 kakitasi

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コメント

初めまして!harulaさんのリンクで見かけて初めてお邪魔しました。とても充実したサイトで素晴らしいですね!古代ギリシャ語は興味があって、独学しようと思っているんです。これから少しずつじっくり過去の記事も読ませていただこうと思います。

実は昨年秋に洗礼を受けたばかりで、この「パーテル・イモン・・・」も「ピステーヴォ・・・」も暗記までしているので、現在の教会でのお祈りの言葉についてちょっとだけ訂正を。
「オス エン ウラノ ケ エピ ティス ギス」でティスが入るのと、
「オス ケ イミース アフィエメン・・・」でアフィエメンとなります。
ポニルーのあとに司祭さんが唱える部分ですが、「ドクサ」のあと、そのCDで聞かれた通りに唱えます。
★古代ギリシャ語のアクセント表示の入力が分からない為、カタカナで現代ギリシャ語での発音を表記しました。すみません・・・。

投稿: chottocafe | 2006.05.20 17:38

はじめまして。こちらにおよりくださいまして、ありがとうございます。ギリシャにおすみなんですね。どうぞよろしく。

「オス エン ウラノ ケ エピ ティス ギス」はCDでもそうなってますね。でも、「ウラノ」には定冠詞がついてないのに、「ギス」についてるというのがふしぎです。この地上を強調するように定冠詞がはいっちゃったんですかねえ。「エピ ゲース (エピ ギス)」は古典作品にもつかわれていて、英語の「on earth」とおなじように定冠詞なしの慣用句みたいなものなんですが。そういえば、「ピステーヴォ・・・」では、「ピイティン ウラヌ キェ ギス」でどっちにも定冠詞はついてませんね。
「アフィエメン」については、この記事でも単語の説明のところでふれてますけど、要するに実際にギリシャの教会でとなえてる文章はこのCDのとおりだってことですね。

投稿: yumiya | 2006.05.21 00:03

この記事へのコメントは終了しました。

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