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「主の祈り」(3) ドイツ語

ドイツ語の「主の祈り」っていうと、聖書の翻訳とはべつに、礼拝でつかわれてるのがあるらしい。ökumenische Fassung [エクメーニシェ ファスング](教会合同版とでも訳す?)なんていってるから、世界教会一致運動の関係でプロテスタントとカトリックで共通の文章をつくったのかな。日本にも「日本聖公会・カトリック教会共通口語訳」(「主の祈り」(1) ギリシャ語」)があるわけだけど。で、その ökumenische Fassung の「主の祈り」はこうなってる(改行は日本語版にあわせた。以下おなじ)。

Vater unser im Himmel,
geheiligt werde dein Name.
Dein Reich komme.
Dein Wille geschehe,
wie im Himmel, so auf Erden.
Unser tägliches Brot gib uns heute.
Und vergib uns unsere Schuld,
wie auch wir vergeben unsern Schuldigern.
Und führe uns nicht in Versuchung,
sondern erlöse uns von dem Bösen.
(Denn dein ist das Reich und die Kraft und die Herrlichkeit in Ewigkeit. Amen.)

ファーター ウンザー イム ヒメル、
ゲハイリヒト ヴェーアデ ダイン ナーメ、
ダイン ライヒ コメ、
ダイン ヴィレ ゲシェーエ、
ヴィー イム ヒメル、ゾー アオフ エーアデン。
ウンザー テークリヒェス ブロート ギープ ウンス ホイテ。
ウント フェアギープ ウンス ウンゼレ シュルト、
ヴィー アオホ ヴィーア フェアゲーベン ウンザーン シュルディガーン。
ウント フューレ ウンス ニヒト イン フェアズーフング、
ゾンダーン エアレーゼ ウンス フォン デム ベーゼン。
(デン ダイン イスト ダス ライヒ ウント ディー クラフト ウント ディー ヘルリヒカイト イン エーヴィヒカイト。アーメン。)

最初が Vater unser [ファーター ウンザー]になってて、ふつうのドイツ語の語順とはちがう。ほかの訳はたいてい Unser Vater [ウンザー ファーター]だ。これは、ドイツ語で「主の祈り」のことを Vaterunser [ファーターウンザー]ともいうからで、それにあわせたんだろう。ラテン語をつかって Paternoster [パターノスター]ともいうんだけど、Vaterunser はこのラテン語の語順そのまんまの直訳だ。

つぎに単語の意味を説明するけど、ドイツ語文法の格の名まえはつかわないで、もっと一般的な用語にする(1格主格、2格属格、3格与格、4格対格):
Vater:「父」(男性)の単数・主格。
unser:所有代名詞「わたしたちの」の男性・単数・主格。
im = in + dem
 in:「~のなかに」。
 dem:定冠詞、男性・単数・与格。
Himmel:「天」(男性)の単数・与格。
geheiligt:「heiligen [ハイリゲン]:神聖にする、きよめる、(神聖なものとして)あがめる」の過去分詞。
werde:受動の助動詞「werden [ヴェーアデン]」の接続法第Ⅰ式・3人称・単数。
dein:所有代名詞「あなたの」の男性・単数・主格。
Name:「名まえ」(男性)の単数・主格。
Reich:「王国」(中性)の単数・主格。
komme:「kommen [コメン]:くる」の接続法第Ⅰ式・3人称・単数。
Wille:「意志」(男性)の単数・主格。
geschehe:「geschehen [ゲシェーエン]:おこる、おこなわれる」の接続法第Ⅰ式・3人称・単数。
wie:「~のように」。
so:「そのように」。
auf:「~のうえで」。
Erden:「Erde [エーアデ]:土、地面、大地」(女性)の単数・与格。ただし、このかたちは文語で、ふるい格変化のなごり。いまのドイツ語なら Erde。
tägliches:「täglich [テークリヒ]:毎日の」の中性・単数・対格(不定冠詞類がつくばあいの混合変化)。
Brot:「パン」(中性)の単数・対格。
gib:「geben [ゲーベン]:あたえる」の命令法・単数。
uns:「わたしたちに」、人称代名詞の1人称・複数・与格。
heute:「きょう」。
und:「そして、と」。
vergib:「vergeben [フェアゲーベン]:ゆるす」の命令法・単数。
unsere:所有代名詞「わたしたちの」の女性・単数・対格。
Schuld:「責任、罪、おい目」(女性)の単数・対格。
auch:「~もまた」。
wir:「わたしたちが」、人称代名詞の1人称・複数・主格。
vergeben:「ゆるす」の直説法・現在・能動・1人称・複数。
unsern:所有代名詞「わたしたちの」の複数・与格。
Schuldigern:「Schuldiger [シュルディガー]:おい目あるひと、罪びと」(男性)の複数・与格。
führe:「führen [フューレン]:みちびく、つれていく」の命令法・単数。
uns:「わたしたちを」、人称代名詞の1人称・複数・対格。
nicht:否定の副詞。
Versuchung:「こころみること、誘惑」(女性)の単数・対格。
sondern:「~ではなくて」。
erlöse:「erlösen [エアレーゼン]:解放する、すくう」の命令法・単数。
von:「~から」。
dem:定冠詞、男性(中性)・単数・与格。
Bösen:「Böse [ベーゼ]:悪人、悪魔」(男性)または「Böse [ベーゼ]:悪、悪事、わざわい」(中性)の単数・与格。
denn:「なぜなら」。
ist:「sein [ザイン]:ある、いる、~である」の直説法・現在・3人称・単数。
das:定冠詞、中性・単数・主格。
die:定冠詞、女性・単数・主格。
Kraft:「ちから」(女性)の単数・主格。
Herrlichkeit:「すばらしさ、栄光」(女性)の単数・主格。
Ewigkeit:「永遠、無限」(女性)の単数・主格。
amen:「アーメン」。もとはヘブライ語の אמן ʼāmēn [アーメーン]で、「たしかに、ほんとうに、そうなりますように」。

ところで、聖書のドイツ語訳っていえば、やっぱりルターの訳だろう。ルターが訳したまんまの文章は、いまの標準ドイツ語とつづりがけっこうちがってるし(すこしまえのつづりとも)、語順もちがう。それに、大文字のつかいかたもちがってる。ルターの訳はまず1522年に新約聖書がでて、そのあと旧約聖書のほうがすこしずつくわえられてって、そのあいだに新約のほうも手なおしをしてる。ルターがいきてるあいだの最後の版が1545年ので、このあと「ルター聖書」は19世紀なかばまでだいたいそのまんまだった。

いまのドイツで „Lutherbibel“ [ルター・ビーベル](ルター聖書)としてでてるものは、つづりはもちろん、文章じたいもなおしてあって、一見いまのドイツ語とかわりない。そこでまず、もとのまんまのルター訳(1545)の「主の祈り」(『マタイによる福音書』6.9-13)をあげておこう。

VNser Vater in dem Himel.
Dein Name werde geheiliget.
Dein Reich kome.
Dein Wille geschehe /
auff Erden / wie im Himel.
Vnser teglich Brot gib vns heute.
Vnd vergib vns vnsere Schulde /
wie wir vnsern Schüldigern vergeben.
Vnd führe vns nicht in versuchung.
Sondern erlöse vns von dem vbel.
Denn dein ist das Reich / vnd die Krafft / vnd die Herrligkeit in ewigkeit Amen.

コンマのかわりにスラッシュがつかわれてるのはそのまんまにしといた。ウムラウトは、いまみたいに点ふたつじゃなくて、ちいさい e が上についてるんだけど、それはいまのウムラウトになおした。で、「ルター聖書」の1912年の改訂版だと「主の祈り」はこうなってる。

Unser Vater in dem Himmel!
Dein Name werde geheiligt.
Dein Reich komme.
Dein Wille geschehe
auf Erden wie im Himmel.
Unser täglich Brot gib uns heute.
Und vergib uns unsere Schuld,
wie wir unseren Schuldigern vergeben.
Und führe uns nicht in Versuchung,
sondern erlöse uns von dem Übel.
Denn dein ist das Reich und die Kraft und die Herrlichkeit in Ewigkeit. Amen.

ちがいはつづりぐらいで、そのほかには、2行めの geheiliget が geheiligt、7行めの Schulde が Schuld、8行めの vnsern が unseren になってる。で、ルター訳は ökumenische Fassung とくらべると、語順とか変化形のちがいがあるけど、単語としては10行めの Übel [ユーベル]がちがってる。これは「悪、わざわい」(中性)の単数・与格。新共同訳とはちがって、「悪い者」じゃないわけだ。それにしても、全体としてはにてるから、ökumenische Fassung はルターがもとになってるんだろう。まあ当然か。で、つぎは、いまでてる „Lutherbibel“ の「主の祈り」。

Unser Vater im Himmel!
Dein Name werde geheiligt.
Dein Reich komme.
Dein Wille geschehe
wie im Himmel so auf Erden.
Unser tägliches Brot gib uns heute.
Und vergib uns unsere Schuld,
wie auch wir vergeben unsern Schuldigern.
Und führe uns nicht in Versuchung,
sondern erlöse uns von dem Bösen.
Denn dein ist das Reich und die Kraft und die Herrlichkeit in Ewigkeit. Amen.

1912年版とくらべると、ちがいは、1行めの in dem と im、5行めの auf Erden wie im Himmel と wie im Himmel so auf Erden (なおしてあるほうが原文の語順どおり)、6行めの täglich と tägliches、8行めの wir unseren Schuldigern vergeben と auch wir vergeben unsern Schuldigern、10行めの Übel と Bösen。これだけの文章でも、けっこうなおしてあるもんだ。

ドイツ語の「主の祈り」っていうと、ほかに Vater unser, der du bist in dem Himmel. ではじまるのもみかける。これは上のルター訳とはちがって関係代名詞 der と動詞 (du) bist をつかってて、ウルガタ(「主の祈り」(2) ラテン語」)を訳したみたいな感じだ。ギリシャ語の原文だと関係代名詞と動詞はないから(「主の祈り」(1) ギリシャ語」)、ökumenische Fassung とか „Lutherbibel“ のほうが原文に忠実ってことになるけど、ウルガタの影響はやっぱりおおきくて、有名な英語の欽定訳でも関係代名詞と動詞をつかってる(「主の祈り」(4) 英語」)。もしかしてこれがルターが最初に訳したかたちだとか? それか ökumenische Fassung になるまえにドイツの教会でつかってたのは、この文章なのかな。

つぎに、現代語で訳した聖書 „Gute Nachricht Bibel“ [グーテ ナーハリヒト ビーベル](英語の “Good News Bible” のドイツ語版)の「主の祈り」をあげる。

Unser Vater im Himmel!
Mach deinen Namen groß in der Welt.
Komm und richte deine Herrschaft auf.
Verschaff deinem Willen Geltung,
auf der Erde genauso wie im Himmel.
Gib uns, was wir heute zum Leben brauchen.
Vergib uns unsere Schuld,
wie auch wir allen vergeben haben, die an uns schuldig geworden sind.
Lass uns nicht in die Gefahr kommen, dir untreu zu werden,
sondern rette uns aus der Gewalt des Bösen.
Dir gehört die Herrschaft und Macht und Herrlichkeit in Ewigkeit. Amen.

これはもういちいち比較できないほどちがう訳になってるけど、こっちのほうがいまの自然な文章なんだろうし、いろいろことばをおぎなって訳してある。3行めの神の国を Reich [ライヒ](王国)って訳さないで Herrschaft [ヘルシャフト](支配)にしてるのは、Reich に戦前の連想がはたらくから? っていっても、原文の βασιλεία [basilěːaː バスィレ~アー]にもちゃんと「支配」って意味があるし、「神の国」っていうのは「神の支配」のことだってふつう説明されてるから、たんにそっちのほうがわかりやすいってことなのかもしれない。それから、6行めの「パン」にかかる形容詞 ἐπιούσιος [epiǔːsios エピウースィオス]の解釈は、ökumenische Fassung もルターも「毎日の」だったけど、これはべつの解釈のほうで「必要な」になってるし(「主の祈り」(1) ギリシャ語」「ベーシック・イングリッシュ訳の聖書」)、「パン」とも訳してない。

最後にもうひとつ。ルードルフ・シュタイナーの助言でできたキリスト者共同体(Christengemeinschaft [クリステン・ゲマインシャフト])っていう宗派があって、ドイツじゃ、プロテスタント、カトリックについで第3の勢力になってるとか きいたことがある。この宗派の創設者のひとりエーミール・ボック(Emil Bock)が訳した新約聖書の「主の祈り」をあげておく。

Vater unser in den Himmeln,
Dein Name werde geheiligt,
Dein Reich komme zu uns,
Dein Wille geschehe
wie oben in den Himmeln, also auch auf Erden.
Unser alltägliches Brot gib uns heute
und vergib uns unsere Schulden,
wie wir vergeben unseren Schuldigern,
und führe uns nicht in Versuchung,
sondern erlöse uns von dem Bösen.

1行めの den Himmeln がギリシャ語の原文どおりの複数形になってる。5行めの den Himmeln も複数形だけど、こっちは原文のほうは単数。それから、3行めの zu uns (わたしたちのところへ)と5行めの oben は原文にないおぎなったことば。全体としては ökumenische Fassung ともルターともそれほどかわりはない。

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2006.05.7 kakikomi; 2010.09.13 kakinaosi

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