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「オシム」は「オスィム」?

すこしまえの新聞に「カタカナ表記『オシム』は『オスィム』だ」っていう投稿がのってた。ハンガリー立山研究所社長・元法政大学教授ってひとがかいてるんだけど、どうも首をかしげたくなる内容で…。

このひとがとくに問題にしてるのは、「スィ」「ズィ」「ティ」「ディ」を「シ」「ジ」「チ」「ジ」ってかくことなんだけど、これに関してこんなことをいってる。

 日本でもよく知られているハンガリー人物理学者スィラードは「シラード」と表記される。この事例のように、外来語や人名・国名のカタカナ表記では「ス」と「シ」、あるいは「テ」と「チ」の音が区別されず、「シ」や「チ」に一括されてしまう。しかし、「ス」と「シ」の音を取り違えると、発音している言葉が理解されない。
 例えばsiliconは「スィリコン」であって「シリコン」ではない。Brazilは「ブラズィル」であって「ブラジル」ではない。「スィ」が「シ」に、「ズィ」が「ジ」に一括される。またticketを「チケット」、dilemmaを「ジレンマ」のように「ティ」を「チ」、「ディ」を「ジ」に表記するが、この発音も外国では通用しない。

まずおかしいっておもうのは、「スィ」「ティ」が「シ」「チ」になることをいってるのに、「『ス』と『シ』、あるいは『テ』と『チ』の音が区別されず」なんてかいてることだ。これは「スィ」「ティ」をまちがえて「ス」「テ」にしちゃったのかなともおもったけど、このあとの文章で「日本語では方言によって『ス』と『シ』がなまってあいまいになる」「『ス』と『シ』の音の無分別は、日本人の外国語能力の評判を落としている原因の一つだ」なんてかいてるから、そういうことでもないみたいだ。日本人の外国語能力うんぬんがそのとおりだとしても、「スィ」「ティ」が「シ」「チ」になることと「『ス』と『シ』の音の無分別」はべつのことなんじゃ…。

でもまあ、それはいいとして、そのつづきの部分だけど、Brazil は「ブラズィル」でも「ブラジル」でもないとおもう。どっちも「ブ」と「ル」には母音がついてるし、「ル」は l の発音じゃないんだから。それにどっちみちこのまんまのカタカナ発音じゃ「外国では通用しない」とおもうんだけど。

こういうふうにカタカナがきについて外国で通用するとかしないとかを問題にするひとがときどきいるけど、なんでそんなはなしになるんだろ。カタカナがきにしたことばはあくまでも日本語なわけで、日本語としての発音になる。それがどんなかきかただろうと、そのまんま外国語として通用するわけがないし、そんなことは問題じゃない。だいじなのは日本語としての発音になってるかどうかだ。その点で「スィ」と「ズィ」をつかうのは いまんとこ どうかとおもう。そういえばイスラーム学のほうでよく「スィ」と「ズィ」をみかけるけど、あれもなんだろなあ。

これが「ティ」「ディ」になると ちょっとはなしがちがう。このひとは「チケット」と「ジレンマ」の例をだしてるけど、このかたちで定着したものはたしかに「チ」「ジ」になってる。でも、いまじゃ「スィ」「ズィ」とちがって「ティ」「ディ」はかなりふつうになった。「パーティー」とか「ディスク」とかいろいろある。だから「スィ」「ズィ」とはいっしょにできないとおもう。それに「ティ」「ディ」ほどじゃないけど「トゥ」「ドゥ」も「スィ」「ズィ」とちがってまあまあ外来語につかわれてる。このちがいについてはそれなりに説明できる。

ダ行を訓令式ローマ字でかけば、

da zi zu de do

になって、ダ行っていっても d 以外の子音がまじってるのがわかる。いまの日本語のダ行は純粋なダ行じゃないわけだ。純粋なダ行だけとりだせば、

da ○ ○ de do

ってことになって、di と du のとこがあいてる。d、i、u であわらされる音そのものはいまの日本語にあるんだけど、di と du っていうくみあわせはない。だから、そのあいてるとこがあるから、外来語の「ディ」「ドゥ」がはいりやすかった。

ダ行の清音がタ行なんだから、当然タ行についてもダ行とおんなじことがいえるはずなんだけど、訓令式じゃこれがあらわされてない。ここが訓令式の問題点で、タ行とダ行がちゃんと対応してない。服部四郎の新日本式(ローマ字のつづり」)はこの点を改良したもので、それぞれのやりかたでタ行をかくとこうなる。

ta ti tu te to (訓令式)
ta ci cu te to (新日本式)

新日本式のやりかたは、音韻表記としてはふつうにつかわれてる。で、こういうふうにタ行も、ダ行とおんなじで、べつの子音がまじってるから、純粋なタ行だけとりだせば、

ta ○ ○ te to

ってことになって、ti と tu のとこがあいてる。だから外来語の「ティ」「トゥ」がはいりやすかった。訓令式だと「ティ」みたいな外来語の音がはいりやすい理由がつづりからはわかりにくいけど、新日本式みたいなかきかただと(べつにつづりとしては c じゃなくたっていいんだけど)このあたりのことがよくわかるし、タ行とダ行の対応もちゃんとする。

サ行・ザ行のほうは、訓令式でかくと、

sa si su se so
za zi zu ze zo

で、それぞれの行が全部おんなじ子音なのがわかる(新日本式でも音韻表記でもおんなじ)。だから、あいてるとこがない。「スィ」「ズィ」をいれようとしても、もともと日本語の「シ」「ジ」が si zi のとこにあるから、「スィ」「ズィ」ははいりにくい。将来のことはわかんないけど、いまんとこは「ティ」「ディ」みたいに日本語にはいりこんでるとはいえないだろう。

こういうことからかんがえて、外来語とか外国の人名・地名に、「ティ」「ディ」「トゥ」「ドゥ」はふつうにつかえばいいけど、「スィ」「ズィ」はとりあえずつかえないとおもう。それを、外国で通用するか、ってとこから問題にするのは、ちょっとちがうんじゃないかな。

はなしはいちおうこれでおわりなんだけど、ヘボン式ローマ字との関連で、いまのはなしを疑問におもうひともいるかもしれないから、ちょっとつけくわえといたほうがいいかもしれない。

ヘボン式だとイ段のなかで「シ」「ジ(ヂ)」「チ」だけ特別に shi ji chi ってかいてるけど、これはヘボン式が子音だけ英語式で、英語に区別があるものだけかきわけてるからだ。ほんとは日本語のイ段の子音はほかの段の子音とみんなちがってるから、かきわけるんなら全部かきわけないとおかしいともいえる。でもイ段の子音がほかの段の子音と実際の発音としてはちがってても、日本語の発音の組織としてはおんなじものだから、かきわける必要なんかない。

こまかいことをいえば、「サ」「シ」「ス」「セ」「ソ」の子音の発音は全部ビミョーにちがってる。でも、日本語の発音としては、っていうか、べつのいいかたをすれば、日本語の感覚としては、サ行の子音は全部おんなじ音だ。外国語の知識でもなきゃちがいには気がつかない。だからローマ字でかくならサ行の子音は全部 s でいい。おんなじようにザ行の子音は z だけでいい。

ところが、タ行とダ行については事情がちがってて、イ段だけじゃなくて、ウ段の子音もはっきりちがってて、べつの子音がまじってる。ただし注意しなきゃいけないのは、タ行の t 以外の子音 c と、ダ行の d 以外の子音 z はそれぞれひとつの音で、ヘボン式の ch ts と j z みたいにふたつあるわけじゃないってことだ。「チ(ci)」と「ツ(cu)」、「ヂ(zi)」と「ヅ(zu)」の子音がそれぞれおんなじだっていうのは、「シ(si)」と「ス(su)」の子音がおんなじだっていうのとかわりがない。

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2006.09.07 kakikomi; 2011.08.08 kakinaosi

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コメント

まったく同感です。原音及び現地呼称至上主義はとりわけ歴史学者の間でこだわりが強く、あたかもそれに従うのが「国際人」たる資格であるような錯覚した論を張っているようです。
とりわけ違和感を感じるのがV音表記。原音に忠実にという思い込みが先行するのでしょうが、もともと日本語発音にないV音をカタカナで再現すること自体が無理。日常会話で下唇に上の歯を当ててヴと発音するような日本人が、どれほどいるというのでしょうか。満足に発音できない表記は避けるのが賢明ですし、たとえヴをブと表記したところで何ら不都合はありません。
しかも、これにはあらかじめ原語綴りがVと分かっていることが前提条件ですが、といってスペイン語ではVはB音と同じで、たとえばVenezuelaを無条件にヴェネズエラとしては明らかなミスになります。
さらに混乱に拍車をかけているのが、水の都ベニス。これにはベネチア、ヴェネチア、ヴェネツィア、ベネツィア、さらに英語表記のベニス、ヴェニスの8パターンの表記が飛び交っています。
またヴ表記の頻出で困る一例として、百科事典などの見出し検索があります。セーヴル条約のようにあらかじめV綴りを認識していないと、セ・フ・ルの順に検索していく可能性が大ですが、目当てのページにセーヴルの空見出しがなければ、当該事典にはセーブルは立項されていないと判断され、欠陥扱いされかねません。こうまでヴ(だけに限らないが)にこだわるのであれば、発音記号・アクセント記号まで併記すべきです。どんなに腐心したところで、原音どおりにカタカナ表記できるわけはないのだから。さらに、ウムラウトやスカンジナビア系言語に見られるAの上の○など(ほかにも日本語表記不可能な文字は多数ある)はどう表記すればいいのでしょうか。
学者相手の学術論文ならともかく、一般人が目を通す新聞・雑誌・書籍・教科書の類は、簡潔明瞭な慣用表記で十分です。ペダンチックな表記をいたずらに弄ぶことは、却って混乱を招くだけ。いわんや盛田氏が力説するところのイヴィツァ・オシィムという表記が「国際化時代の日本人の語学力向上」など学者の的外れな自己満足にすぎません。専門家の価値観や思い込みを、われわれ一般人に押し付けないでもらいたいというのが正直なところです。

投稿: 辻原康夫 | 2006.11.01 14:21

「V」に関しては、けっこうまえにかいたことがあるんですけど(→「「ヴ」のつかいかた」)、「ヴ」というかきかたに疑問をもたれてるかたはちゃんといらっしゃるんですね。最近はよく「ヴ」をみかけますけど、ちょっと安心しました。

投稿: yumiya | 2006.11.01 18:01

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