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同格

文法用語の「同格」は、英語で apposition っていって、フランス語でもおんなじつづりなんだけど、この用語についてシャルル・ギロー(有田潤訳)『ギリシア文法 [改訳新版]』(文庫クセジュ、白水社)の訳注には、

apposition は「同格」と訳されることが多いが,この語の意味は「併置,付置」であって,「同格」の訳語はそれを全然表わしていない.

ってかいてある。たしかに apposition には「同格」なんて意味はもともとはない。この単語は、「(ふたつのものの)並列、(ひとつのものにほかのものを)つけること、あてること、付加」って意味なんだから。

でも、そういうことなら「同格」っていう翻訳語はどういう意味なんだろ。どうも「おんなじ格(変化)」っておもいたくなるし、同格におかれた名詞はふつう格変化がおんなじになる。でも apposition に「格がおんなじ」って意味はない。

「同格」って漢語は江戸時代にはつかわれてて、「地位とか格式とかがおなじであること」ってことで、明治になって coordinate の翻訳語としてもつかわれた(ほかの翻訳語は「同位、並等」)。文法用語としてももちろん明治からで、西周[にし あまね]の『百学連環』に「我が国に於て同格なる語の用ひはあらさる所なるか故に」なんていうふうにでてくる。この用例がのってた『日本国語大辞典』(小学館)の説明だと文法用語の「同格」っていうのは「文法で、同一の文中において、語あるいは文節が、他の語あるいは文節と、文の構成上同じ機能を果たしていること」。

ついでに、『言語学大辞典 第6巻【術語編】』(三省堂)をみてみると、「ある名詞が他の名詞と単に(何らかの機能語をおかずに)併置(coordinate)され、その名詞の意味を限定するとき、この2つの名詞の関係を同格という」、「同格は、同じ資格をもつ名詞と名詞の併置によって限定関係を示すことである」ってかいてある。それから、「曲用ある言語では、格と数を照応(concord)させる」とか、「日本語の場合は、特に固有の日本語では、名詞の間に同格ということは起こらない。それは、日本語という言語は、印欧語のように同資格の語の併置を統語の原理としない言語であるからである」とかの説明もある。

こういうことからすると、もともと「同格」ってことばは「おんなじ格変化」じゃなくて「おんなじ資格」ってことなわけだ。格変化がおんなじになるのは、おんなじ資格で単語がならべられた結果だってことになるだろう。

ただし、同格でも格変化がおんなじにならないばあいもある。ギリシャ語の文章でそういう例をあげようとおもったら、ちょうどギローの『ギリシア文法』にあった。訳注もこのはなしに関係あるから、いっしょにあげておく。

προσείληφε τὴν τῶν πονηρῶν κοινὴν ἐπωνυμίαν συκοφάντης 「彼は,悪者がおしなべてそう呼ばれるように,シューコパンテース(密告者)という渾名を付けられた」.

τὴν...ἐπωνυμίαν は対格であるから,これに付置された συκοφάντης が主格形なのは奇妙にみえるかもしれないが,いわばカッコづきで名称を「挙げて」いるのであり,むしろ効果的といえる.「付置」 apposition が必ずしも「同格」でない好例である.

格変化がちがってることについては、この説明でいいとして、「『付置』 apposition が必ずしも『同格』でない」ってことについては、ちょっとつけくわえたい。この翻訳者のいいたいことはよくわかるけど、このひとは「同格」って用語を「おんなじ格変化」って理解してるんだろう。でも、うえにかいたみたいに「同格」は文法用語としても「おんなじ資格」っていう意味なんだから、そのことからすれば、格変化がおんなじじゃないばあいについてもとくに問題があるってことにはならないとおもう。もっとも、あくまで apposition のもとの意味にこだわるんならべつで、「おんなじ資格」って意味でもないわけだけど。

うえにあげたギリシャ語の例だと、格変化が一致しないのは「カッコづきで名称を『挙げて』いる」からで、ちょっと例外的なことだっていえるかもしれない。たしかに「おんなじ資格」でつかわれてる名詞なら格変化がおんなじなのがあたりまえだ。でも、ドイツ語の同格はなかなか複雑で、格変化が一致しないばあいがけっこうある。

ドイツ語の同格の格変化は定冠詞があるかないかでちがってくる。ふたつの名詞が両方とも定冠詞がないばあい、たとえば Professor Schmidt [プロフェソア シュミット](シュミット教授)だったら、属格(2格)になるとうしろの名詞だけ変化する。つまり Professor Schmidts Buch [プロフェソア シュミッツ ブーフ]、das Buch Professor Schmidts [ダス ブーフ プロフェソア シュミッツ](シュミット教授の本)みたいになる。このばあい、ふたつの名詞の格変化は一致してない。ただし、これはふたつの単語が全体としてひとつの単語みたいになって変化してるともいえるだろう。

まえの名詞に定冠詞がつくばあい、たとえば das Land Bayern [ダス ラント バイアン](バイエルン州)とかなら、属格になるとまえの名詞が格変化する。つまり der Antrag des Landes Bayern [デア アントラーク デス ランデス バイアン](バイエルン州の提議)っていうふうになる。だから、このばあいも格変化は一致しない。これはふたつでひとつの単語みたいになってるとはいいにくいとおもう。

うしろの名詞に定冠詞がつくばあい、たとえば Karl der Große [カール デア グローセ](カール大帝)とかだと、属格になると両方とも格変化する。つまり das Schloss Karls des Großen [ダス シュロス カールス デス グローセン](カール大帝の城)になる。このばあいは、格変化が一致してる。

ほかにも数とか量をしめす名詞がつくばあいだとか、コンマでくぎる同格だとか、als、wie をはさむものだとかいろんなのがあって、格変化が一致したりしなかったり複雑なんだけど、それは省略。

ドイツの有名な辞書 „Wahrig“ で Apposition [アポズィツィオーン](同格)をひいてみたら(最新版じゃないけど)、「Beisatz im gleichen Kasus [バイザッツ イム グライヒェン カーズス]」なんてかいてあった。でも、これってどうなんだろ。Beisatz はラテン語の appositio [アッポスィティオー]を直訳した文法用語で、要するに「同格」だけど、ことばそのものの意味としては「つけくわえること」で、まあ、これはべつにいい。でも、そのあとの im gleichen Kasus は「おんなじ格変化で」ってことで、この説明はドイツ語の同格の説明としては一見わかりやすいけど、実際とはちがってる。

2006.09.01 kakikomi; 2009.09.29 kakinaosi

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