ギリシャ語とラテン語の名言(1)
ギリシャ語とラテン語のおんなじ意味の名言をいくつかくらべてみようとおもう。まずは「急がば回れ」っていう意味の、
σπεῦδε βραδέως.これは直訳すれば「ゆっくりいそげ」ってことになる。ギリシャ語とラテン語で語順も単語の数もおんなじで、「σπεῦδε[スペウデ]」と「festina[フェスティーナー]」は「いそげ」、「βραδέως[ブラデオース]」と「lente[レンテー]」は「ゆっくり」っていう意味だ。ただし、おんなじインド・ヨーロッパ語族っていっても、この文章には語源がおんなじ単語はでてこない。
speude bradeôs.
スペウデ・ブラデオース。festina lente.
フェスティーナー・レンテー。
このことわざはローマ初代皇帝アウグストゥスがよく口にしてたらしいんだけど、ラテン語じゃなくてギリシャ語のほうだった。スエートーニウス〔スエトニウス〕の『ローマ皇帝伝(De Vita Caesarum)』のアウグストゥスのとこにそのはなしがでてくる(25.4)。アウグストゥスがかるはずみとかせっかちをいましめるためにいってたことわざが3つあって、そのうちふたつはギリシャ語、もうひとつはラテン語のことわざだった。で、そのギリシャ語のことわざふたつのうちのひとつがこの「σπεῦδε βραδέως」なんだけど、ギリシャ語でいってたってことは、ラテン語の「festina lente」はまだなかったのかな。
つぎあげるのも、やっぱり語順も単語の数もおんなじで、そのまんま訳せば「ワインのなかに真実」。「酒をのめばほんとのことをいう」とか「本性がでる」とかそんな意味のことわざだ。
ἐν οἴνῳ ἀλήθεια.ここにはいちおうおんなじ語源の単語がふたつある。「ἐν[エン]」と「in」は、英語の「in」とおんなじ前置詞で、ちょっとみただけでもにてるのがわかる。これはインド・ヨーロッパ祖語からうけつがれた単語だ。
en oinôi alêthēa.
エノイノーイ・アレーテ~ア。in vino veritas.
イン・ウィーノー・ウェーリタース。
つぎの「οἴνῳ[オイノーイ]」は「οἶνος〔oinos〕[オイノス]」(ワイン)の単数・与格で、「vino[ウィーノー]」は「vinum[ウィーヌム]」(ワイン)の単数・奪格なんだけど、こっちはインド・ヨーロッパ祖語からうけついだことばじゃなくて、地中海起源の単語らしい。まず「地中海語」っていわれてる言語からギリシャ語にはいって「οἶνος[オイノス]」になった。この単語はふるくは「Ϝοῖνος〔woinos〕[ウォイノス]」で、それがワインそのものといっしょにラテン語につたわって「vinum[ウィーヌム]」になった(ただし、ラテン語のほうも、ギリシャ語からはいったんじゃなくて、「地中海語」からとりいれたって説もある)。それから、このことばはラテン語からヨーロッパ全土にひろまって、英語の「wine」とかドイツ語の「Wein[ヴァイン]」とかになった。あと、これとはべつに、ラテン語そのものが変化して、イタリア語の「vino[ヴィーノ]」、フランス語の「vin[ヴァン]」とかになった。こういうものは実物といっしょにことばもすぐにつたわってく。この手の単語のことを「放浪語」っていうんだけど、英語で「wandering word」、ドイツ語で「Wanderwort[ヴァンダーヴォルト]」、フランス語で「mot voyageur [モ・ヴォワヤジュール]」っていう。
ラテン語起源の英語の単語は中世にフランス語からはいったものが圧倒的におおいけど、「wine」はそういうのとはちがって直接ラテン語からゲルマン語にはいった。その時期は英語として独立するよりまえのことで、アングロ・サクソン人がまだ大陸にいたころローマ人と接触したときのことだった。この種の単語は外来語って感じじゃなくて、基本単語の一部になってる。「wine」のほかに、「butter」「cat」「cheese」「dish」「kitchen」「oil」「pound」「street」「table」「wall」なんていうのがある。
ことわざにはなしをもどすと、3つ目の単語「ἀλήθεια[アレーテ~ア]」と「veritas[ウェーリタース]」は「真実」で、これはおんなじ語源のことばじゃない。それから、文章全体は「ワインのなかに真実がある」ってことだから、「ある」って意味の動詞が省略されてることになる。
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