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ギリシャ語とラテン語の名言(1)

ギリシャ語とラテン語のおんなじ意味の名言をいくつかくらべてみようとおもう。まずは「急がば回れ」っていう意味の、

σπεῦδε βραδέως.
 [spêude bradéɔːs]
 [スペウデ ブラデオース]

festina lente.
 [フェスティーナー レンテー]

これは直訳すれば「ゆっくりいそげ」ってことになる。ギリシャ語とラテン語で語順も単語の数もおんなじで、σπεῦδε [スペウデ]と festina [フェスティーナー]は「いそげ」、βραδέως [ブラデオース]と lente [レンテー]は「ゆっくり」っていう意味だ。ただし、おんなじインド・ヨーロッパ語族っていっても、この文章には語源がおんなじ単語はでてこない。

このことわざはローマ初代皇帝アウグストゥスがよく口にしてたらしいんだけど、ラテン語じゃなくてギリシャ語のほうだった。スエートーニウスの『ローマ皇帝伝(De Vita Caesarum)』のアウグストゥスのとこにそのはなしがでてくる(25.4)。

nihil autem minus [in]perfecto duci quam festinationem temeritatemque conuenire arbitrabatur. crebro itaque illa iactabat: σπεῦδε βραδέως· ἀσφαλὴς γάρ ἐστ᾽ ἀμείνων ἢ θρασὺς στρατηλάτης. et: sat celeriter fieri quidquid fiat satis bene.

完璧な将軍にとって、軽挙妄動や猪突ちょとつ猛進ほど不似合いなものはないと考えていた。そこで常日頃から好んで次のような文句を口にしていた。
 「ゆっくりと急げ」「大胆な将軍より慎重な将軍の方がましだ」「なんでも申し分なく立派にやりとげたら、申し分なく早くしたことになるのだ」
(国原吉之助訳、スエトニウス『ローマ皇帝伝(上)』岩波文庫)

彼は最も司令官らしくない欠点は猪突猛進であると考え、いつも次のような諺を口にしていた。「急がば廻れ。」とか「気の早い司令官より用心深い司令官の方がましだ。」とか、あるいはまた、「出来のよいのは出来の速いも同じ。」とかいう類の。
(角南一郎訳、スウェートーニウス『ローマ皇帝伝』現代思潮社)

こういうふうにアウグストゥスが口にしてた格言は3つあって、最初のふたつはギリシャ語で、もうひとつはラテン語だった。そのギリシャ語の格言のうちのひとつめがこの σπεῦδε βραδέως. なんだけど、ギリシャ語でいってたってことは、ラテン語の festina lente. はまだなかったのかな。ちなみに、もうひとつのギリシャ語の格言 ἀσφαλὴς γάρ ἐστ᾽ ἀμείνων ἢ θρασὺς στρατηλάτης. [aspʰalɛ̌ːs ɡárest aměːnɔːn ɛ̌ː tasýs stratɛːlátɛːs アスパレース ガレスタメ~ノーン エー トラスュス ストラテーラテース]はエウリーピデースの『ポイニッサイ(フェニキアの女たち)』599行にあるセリフで、岩波書店の『ギリシア悲劇全集 8』だと「向こう見ずなのよりは、慎重なのが、優れた将なのだ」(安西眞訳)って訳してる。

つぎあげるのも、やっぱり語順も単語の数もおんなじで、そのまんま訳せば「ワインのなかに真実」。「酒をのめばほんとのことをいう」とか「本性がでる」とかそんな意味のことわざだ。

ἐν οἴνῳ ἀλήθεια.
 [enǒinɔːi alɛ̌ːtʰeːa]
 [エノイノーイ アレーテ~ア]

in vino veritas.
 [イン ウィーノー ウェーリタース]

ここにはいちおうおんなじ語源の単語がふたつある。ἐν [エン]と in は、英語の in とおんなじ前置詞で、ちょっとみただけでもにてるのがわかる。これはインド・ヨーロッパ祖語からうけつがれた単語だ。

つぎの οἴνῳ [オイノーイ]は οἶνος [ôinos オイノス](ワイン)の単数・与格で、vino [ウィーノー]は vinum [ウィーヌム](ワイン)の単数・奪格なんだけど、こっちはインド・ヨーロッパ祖語からうけついだことばじゃなくて、地中海起源の単語らしい。まず「地中海語」っていわれてる言語からギリシャ語にはいって οἶνος [オイノス]になった。この単語はふるくは Ϝοῖνος [wôinos ウォイノス]で、それがワインそのものといっしょにラテン語につたわって vinum [ウィーヌム]になった(ただし、ラテン語のほうも、ギリシャ語からはいったんじゃなくて、「地中海語」からとりいれたって説もある)。それから、このことばはラテン語からヨーロッパ全土にひろまって、英語の wine とかドイツ語の Wein [ヴァイン]とかになった。あと、これとはべつに、ラテン語そのものが変化して、イタリア語の vino [ヴィーノ]、フランス語の vin [ヴァン]とかになった。こういうものは実物といっしょにことばもすぐにつたわってく。この手の単語のことを「放浪語」っていうんだけど、英語で wandering word、ドイツ語で Wanderwort [ヴァンダーヴォルト]、フランス語で mot voyageur [モ ヴォワヤジュール]っていう。

ラテン語起源の英語の単語は中世にフランス語からはいったものが圧倒的におおいけど、wine はそういうのとはちがって直接ラテン語からゲルマン語にはいった。その時期は英語として独立するよりまえのことで、アングロ・サクソン人がまだ大陸にいたころローマ人と接触したときのことだった。この種の単語は外来語って感じじゃなくて、基本単語の一部になってる。wine のほかに butter、cat、cheese、dish、kitchen、oil、pound、street、table、wall なんていうのがある。

ことわざにはなしをもどすと、3つめの単語 ἀλήθεια [アレーテ~ア]と veritas [ウェーリタース]は「真実」で、これはおんなじ語源のことばじゃない。それから、文章全体は「ワインのなかに真実がある」ってことだから、「ある」って意味の動詞が省略されてることになる。

エウリーピデース:エウリピデス。

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2006.10.01 kakikomi; 2015.09.24 kakinaosi

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