「MELPOMEN ~古代ギリシャの音楽」
2006年4月にでたCDで「MELPOMEN - Altgriechische Musik/Ancient Greek Music/Musique de la Grèce antique」(HMC 905263)っていうのがある。古代ギリシャの音楽のCDについてはまえにかいたことがあるけど(→「歌詞が古典ギリシャ語の曲」)、そこで紹介した3枚は古代の楽譜の断片をもとにして音楽を復元したもので、とうぜん曲目もだいたいおんなじだった。でも、これはそういうのとはべつもので、曲目もぜんぜんちがってる。
このCDのタイトル「Melpomen」っていうのは、ギリシャ語の μέλπομεν [mélpomen メルポメン]で「わたしたちはうたう」って意味だけど、最初これをみたとき、学芸の女神ムーサ(ミューズ)たちのひとりメルポメネー(Μελπομένη [melpoménɛː])のことだとおもった。でもメルポメネーはドイツ語なら Melpomene [メルポーメネ]だし、英語なら Melpomene [メルポマニー]、イタリア語なら Melpomene [メルポーメネ]、フランス語なら Melpomène [メルポメーヌ]、ラテン語なら Melpomene [メルポメネー]で、どれもちがう(→「9柱のムーサ」)。「Melpomen」には最後に e がない。
で、演奏してるグループのなまえも「アンサンブル・メルポメン(Ensemble Melpomen)」。バーゼル・スコラ・カントールム(Schola Cantorum Basiliensis)でリコーダーをおしえてるコンラート・シュタインマン(Conrad Steinmann)が主宰してる演奏団体で、メンバーはいわゆる古楽のひとたちっていっていいだろう。
通販のサイトに、このグループのなまえが「メルポーメン」ってかいてあったりするけど、これはちがうとおもう。それとも、メーカーか代理店が正式にこうだっていってるのかな。「Melpomen」がドイツ語の Melpomene [メルポーメネ]の最後の e がとれたものなら、「メルポーメン」かもしれないけど、そうじゃなくてギリシャ語の μέλπομεν [メルポメン]のつもりだろうから、それをラテン文字(ローマ字)でかいただけの Melpomen だってよみはそのまんまだろう。ドイツ語よみするんだとしても結果はおんなじことだ。μέλπομεν をラテン語にうつすと melpomen で、ラテン語のアクセントの法則からアクセントは mel- にある。で、ドイツ語よみするとき、アクセントの位置はラテン語のまんまで、アクセントがあっても子音でおわってる音節のばあい その母音はのびない。だからこれは「メルポメン」になる。
CDのくわしいサブタイトルは「Altgriechische Musik zu einem athenischen Symposion um 450 v. Chr./Ancient Greek Music for an Athenian Symposion of ca. 450 BC/Musique de la Grèce antique pour un Symposium athénien vers 450 av. J.C.」で、紀元前450年ごろのアテネで供宴つまり一種の食事会のときに演奏された古代ギリシャの音楽を再現してる。古代の楽譜の断片はふるくても紀元前2世紀のものだから、古典時代の音楽そのものはぜんぜんのこってない。だから、このCDは、そういう楽譜をもとにした復元じゃなくて、当時の音楽理論とか音楽についてかかれたものとか楽器の絵とか博物館にあるむかしの楽器とかから楽器を復元して、曲も、当時の記録とか音楽理論をもとにしながらギリシャ語に即して再構成したものなんだけど、まあ創作ってことにはなるだろう。
曲は歌もあるし楽器だけのものもある。歌詞としては、アナクレオーン、アルカイオス、サッポー、バッキュリデース、アルキロコスの詩、それからアナクレオーン風歌謡、それにオルペウス賛歌がつかわれてる(曲目の一覧のとこには「ホメーロス賛歌」ってかいてあるけど、それはまちがいで、歌詞のとこにはちゃんと「オルペウス賛歌」ってかいてある)。詩っていうのは、もともとよむもんじゃなくて、こういうふうにうたわれるものだった。解説書にはちゃんとギリシャ語の歌詞ものってる。
発声法はクラッシックっぽい感じもするけど、ベルカントっていうんじゃなくて、ビブラートをかけない古楽のうたいかたみたいな感じ。古代の記録をもとにしてるけど、地中海地域の伝統音楽も参考にしてるらしい。
発音は古典式。ただし古典式っていってもいろいろある。これはまあいちおうドイツ式って感じだろう。ただし、ει [eː](= ei)をドイツ語の ei みたいに「アイ」だとか、ευ [eu]をドイツ語の eu みたいに「オイ」とは発音してなくて、ει は[ei]、ευ は[eu]だから、“ゆるい” ドイツ式とでもいえばいいのかな。ドイツ式っぽいとこは有気音の発音で、θ [tʰ]、φ [pʰ]、χ [kʰ]がそれぞれ[t][f][x]になってる。英語式だったら θ は[θ]になるとこだろうけど、ドイツ語だと th の発音は[t]だから、ここでもそうなってる(ドイツ語の t はたいてい有気音だから厳密にいうと[tʰ]だっていわなきゃいけないかもしれない)。ただし、なぜか1曲だけ θ を[θ]でうたってるのがある。χ [kʰ](= ch)の[x]って発音はようするにドイツ語の ch の音だけど、どの χ もぜんぶ Ach-Laut の[x]で、Ich-Laut の[ç]にはしてない。ここんとこはまるっきりのドイツ語式ともちがうし、現代ギリシャ語式でもない。それから ζ [zd](= z)は[z]。下がきのイオータは発音してない。発音に関しては紀元前450年ごろっていうのはかんがえなかったのかな。
メルポメネー:メルポメネ。 供宴:饗宴。 アナクレオーン:アナクレオン。 サッポー:サッフォー。 バッキュリデース:バッキュリデス。 オルペウス:オルフェウス。 ホメーロス:ホメロス。 賛歌:讃歌。 クラッシック:クラシック。
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2007.04.02 kakikomi; 2009.05.03 kakinaosi
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