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ウーマン、ウール

「ウーマン」と「ウール」、このふたつに共通してるのは、なぜか母音がながくなってることだ。

英語の woman の発音は[ˈwʊmən]、wool は[ˈwʊl]で、どっちも[ʊ]はながくない。つまり「ウマン」「ウル」って感じなんだけど、これが日本語にはいって「ウーマン」「ウール」になったのはなんでなんだろ。関係ありそうなことをちょっとかんがえてみた。

ようするにポイントは日本語にない[wʊ]って音だ(ただし英語の[ʊ]と日本語の「ウ」のちがいはべつとして)。これをカタカナでどうかくかだけど、日本語にある発音でまにあわせるんなら「ウ」しかないし、それでいいとおもう。でも、あえてなんとかしようとするんなら、[wi]を「ウィ」ってかくみたいに「ウゥ」っていうのもかんがえられなくはない。

高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』(岩波書店)はラテン語の vu (発音は[wu])を「ウゥ」ってかいてる。でも、これってどうなんだ? 「ウゥ」ってカナをみてもどうよんでいいのかよくわかんない。すなおによんだら「ウー」だろう。感嘆詞とか擬音語とかで「アァ」とか「エェ」とか「ネェ」なんていうのがあるけど、このばあいのちいさい「ァ」とかは、ちいさい「ャ」「ュ」「ョ」とか「ティ」「トゥ」の「ィ」「ゥ」とちがって、まえのカナといっしょになって1拍でよむんじゃなくて、ある種のニュアンスをだすためにちいさくなってるわけだから、実際のよみとしては「アー」「エー」「ネー」になる。ほかにも、たとえば「プゥ」なんてかいてあったら、子音だけの[p]じゃなくて[pu]のつもりだとしても、やっぱり「プー」ってよみたくなる。そうなるのは、「ティ」がエ段のカナに「ィ」がついてて、「トゥ」がオ段のカナに「ゥ」がついてるのちがって、おんなじ段のカナにおんなじ段の母音がついてるからだ。これは「ウゥ」にもいえる。「ウィ」だったら、ちがう段のカナがつづいてるから、「ティ」みたいに1拍でよむってことがわかるけど、「ウゥ」のばあいはそうはいかない。

それに、そもそも「ウィ」だって1拍でよんでない外来語はよくある。「ウィンク」は「ウィ・ン・ク」じゃなくて「ウ・イ・ン・ク」って4拍でいってるのがふつうじゃないかな。「ウィーン」も「ウィ・ー・ン」じゃなくて「ウ・イ・ー・ン」がふつうだとおもう。だから「ウゥ」だってこの点からしても「ウー」になっちゃうだろう。

だいたい記録にのこってるかぎりの日本語の歴史をさかのぼっても、むかしの日本語に[wi][we][wo]はあったけど、[wu]なんて発音はあったためしがない。そんなのを日本語の発音としてカナであらわそうなんてどだいムリなはなしだ。将来はどうかわかんないかもしれないけど、すくなくともいまはそうだ。それに、いくら「ウゥ」は[wu]のつもりだって説明してつかったとしても、リクツとしてはわからなくもないだろうけど、日本語のなかで[u]と区別して[wu]を発音するなんてことができるとはおもえない。日本語に発音の区別がない「ブ」と「ヴ」を文字だけでかきわけてるのとおんなじようなもんだ(「ヴ」のつかいかた」)。それよりもっとひどいかも。

で、はなしをもどすと、かりに woman、wool を「ウゥマン」「ウゥル」ってかいてたことがあったとして(ちいさいカナをつかわなかったころは「ウウマン」「ウウル」だったのかな)、上にかいた理由から、結局は「ウーマン」「ウール」ってよまれることになるだろう。日本語で「ウーマン」「ウール」になってるのは、そのへんのことなんじゃないのかな。

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2007.04.24 kakikomi

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コメント

ワゥと書けばいいのではないでしょうか?
例えばトゥなんかはト(to)の子音だけを残してゥ(u)を付けるという処理をしているのだからワゥもワ(wa)のwだけ残してゥ(u)を付けてwuになるとしてもいいのでは?

投稿: moca | 2010.10.19 23:45

なるほど、それはおもしろいですね。

ティ(ディ)、トゥ(ドゥ)についてかんがえてみると、ティにテがつかわれて、トゥにトがつかわれているのは、それぞれ、e が i に、o が u ににている母音だからです。実際にティ(ディ)、トゥ(ドゥ)がややいいにくいために、テ(デ)、ト(ド)がかわりにつかわれているばあいがあります。デジタル(digital)、ドリアン(durian)などです。とくに、トゥ(ドゥ)よりはト(ド)のほうがつかわれています。もともとはテ(デ)、ト(ド)がつかわれていたのを修正するかたちで、ティ(ディ)、トゥ(ドゥ)がつかわれるようになってきたのではないでしょうか。

ですから、ただ子音だけをあらわせばいいということだけで、テ(デ)、ト(ド)がつかわれているわけではありません。それだったら、こういうものもタィ、タゥでいいということになります。

トゥにならうなら、むしろヲゥというものがかんがえられますが、ヲは現代かなづかいでは wo という発音をあらわしているわけではありませんから、これはもちろん無理があります。

しかし、そんなことより日本語には u と wu の区別がないわけで、意識しても wu を u と区別して発音できるひとがどれほどいるでしょうか。日本語としての外来語の表記ということでいうなら、どんなかきかたをしたとしても、wu を表記するのは意味がないとおもいます。

moca さんがおっしゃっているのが、外来語の表記ではなくて、外国語の入門書とかで発音記号のかわりにカタカナをつかって外国語の発音をしめす、というようなばあいの表記のことであるならば、それはそれで、ウゥでいいのではないでしょうか。といっても、まずは wu をウゥでしめすとかの説明が必要でしょうけど、それは、外国語の発音を説明するときにでも、いっしょに説明されるものでしょうから、こういうばあいになら、つかえるのではないでしょうか。

投稿: yumiya | 2010.10.20 15:45

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