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古典ギリシャ語のあいさつのことば

古典ギリシャ語(古代ギリシャ語)の代表的なあいさつのことばっていえば、χαῖρε [kʰâire カイレ]、χαίρετε [kʰǎirete カイレテ]だろう。これは相手の人数によってつかいわける。相手がひとりなら χαῖρε [カイレ](能動態・命令法・現在・単数・2人称)、相手がふたり以上なら χαίρετε [カイレテ](能動態・命令法・現在・複数・2人称)をつかう。

この動詞 χαίρω [kʰǎirɔː カイロー]のもともとの意味は「よろこぶ」ってことで、「なにごともなくて無事なのをよろこぶ」ってことから「無事である」ってことになって、それの命令形で「ご無事で」っていう感じのあいさつのことばになった。であったときとか、わかれるときとか、いろんな場面でつかわれる。つまり「おはよう、こんにちは、こんばんは、ごきげんよう、さようなら」。

これは現代語にものこってて、χαίρετε [ヒェーレテ]っていうんだけど、ていねいであらたまったあいさつらしい。現代語としては複数形がふつうだけど、単数の χαίρε [ヒェーレ]もあることはある。ただし、こっちは純正語(文語)。現代語で、おもに複数形のほうがつかわれてるのは、複数が敬語だからだ。2人称の複数形が敬語だっていうのは、近代ヨーロッパ語によくあることで、英語の you も複数形だったのが、敬語として単数の意味にもつかわれて、結局はもともとの単数形 thou [ザウ]をおしのけて、単数形のほうも you になった。でも、古典ギリシャ語のばあいは、複数が敬語ってことはなくて、相手がひとりならふつうに単数形がつかわれる。

この動詞は手紙の最初のあいさつのことばにもなる。日本語でいえば「拝啓」ってことになるけど、たとえば、

Ἀλέξανδρος Πτολεμαίῳ χαίρειν
 [aléksandros ptolemǎijɔːi kʰǎireːn]
 [アレクサンドロス プトレマイヨーイ カイレ~ン]
 アレクサンドロスからプトレマイオスへ、拝啓

っていうふうに手紙の最初にかいた。この χαίρειν [カイレ~ン]は χαίρω [カイロー]の能動態・現在の不定詞なんだけど、もともとこの文章は λέγει [léɡeː レゲ~](「いう」の能動態・直説法・現在・単数・3人称)の省略されたかたちで、アレクサンドロスがプトレマイオスに χαῖρε [カイレ]っていう、つまり「アレクサンドロスがプトレマイオスにごあいさつもうしあげます」ってことだった。

「敬具」つまり手紙のむすびのことばとしてはよく ἔρρωσο [érɔːso エッローソ](お元気で)っていうのがつかわれた。これは ῥώννυμιr̥ɔ̌ːnnyːmi ローンニューミ](つよくする、ちからづける)っていう動詞の受動態・命令法・完了・単数・2人称で、この動詞は受動態の完了形で「健康である」っていう意味になる。その命令法だから「健康でいてください」ってことで、わかれのあいさつとして「お元気で、お達者で、さようなら」って意味でつかわれた。もうちょっとていねいに ἐρρῶσθαί σε εὔχομαι. [err̥ɔ̂ːstʰǎise ěukʰomai エッロースタイ セ エウコマイ](ご健康をおいのりします)っていうのもある。ἐρρῶσθαι [エッロースタイ]は ῥώννυμι [ローンニューミ]の受動態・完了の不定詞で「健康であること」(最後の母音につぎの単語のアクセントがうつってる)、σε [セ]は2人称の代名詞の単数・対格、εὔχομαι [エウコマイ]は「(わたしは)いのる」。

「敬具」としてはほかに εὐτύχει [eutýkʰeː エウテュケ~](おしあわせに)っていうのもあった。これは εὐτυχέω [eutykʰéɔː エウテュケオー](しあわせである、成功する、うまくいく)の能動態・命令法・現在・単数・2人称。

2007.05.16 kakikomi; 2010.12.27 kakitasi

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