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プラトーンとディオゲネース

ディオゲネース・ラーエルティオスの『ギリシャ哲学者列伝』の「ディオゲネース」の章にはプラトーンとディオゲネースのやりとりがいくつもでてくる。そのなかでイデアのはなしがでてくるエピソードがある(6.53)。

Πλάτωνος περὶ ἰδεῶν διαλεγομένου καὶ ὀνομάζοντος τραπεζότητα καὶ κυαθότητα, «ἐγώ,» εἶπεν, «ὦ Πλάτων, τράπεζαν μὲν καὶ κύαθον ὁρῶ· τραπεζότητα δὲ καὶ κυαθότητα οὐδαμῶς.» καὶ ὅς, «κατὰ λόγον,» ἔφη, «οἷς μὲν γὰρ κύαθος καὶ τράπεζα θεωρεῖται, ὀφθαλμοὺς ἔχεις· ᾧ δὲ τραπεζότης καὶ κυαθότης βλέπεται, νοῦν οὐκ ἔχεις.»

プラトーンがイデアについて論じて、机であるもの ひしゃくであるもの ということばを つかっていると、ディオゲネースが、「プラトーン、わたしには机とひしゃくはみえるけれども、机であるものひしゃくであるもの はまったくみえないよ」といった。するとプラトーンは、「とうぜんだ。あなたには机とひしゃくを観察する目はあっても、机であるものひしゃくであるもの をみてとる知性はないのだから」といった。

ここで、とりあえず「机であるもの」「ひしゃくであるもの」って訳したのは τραπεζότης [trapezdótɛːs トラペズドテース/trapezótɛːs トラペゾテース]、κυαθότης [kyatʰótɛːs キュアトテース]で、τραπεζότητα[trapezdótɛːta トラペズドテータ/trapezótɛːta トラペゾテータ]、κυαθότητα [kyatʰótɛːta キュアトテータ]はその単数・対格のかたち。これは、このはなしにもでてきてる τράπεζα [trápezda トラペズダ/trápeza トラペザ](机)、κύαθος [kýatʰos キュアトス](ひしゃく)に抽象名詞をつくる語尾 -της [tɛːs テース]をくっつけてつくったことばだ。この語尾はふつうは形容詞につく。たとえば νέος [néos ネオス](わかい、あたらしい)にこの語尾をつけると νεότης [neótɛːs ネオテース](わかさ、あたらしさ)になる。これに対応してる語尾はラテン語だと -tas [タース]で、それがフランス語経由で英語にはいって -ty になった。たとえば形容詞の safe にこの語尾をつけて safety っていう名詞になる。

日本語で「わかい」の名詞が「わかさ」になるみたいに「さ」をつけるやりかたがあるから、ここでも「机さ」「ひしゃくさ」っていうこともできなくはないけど、それじゃわけがわかんないだろう。safety を「安全性」って訳せるみたいに、-ty でおわる抽象名詞は「~性」って訳すことがおおいから、それにならって「机性」「ひしゃく性」っていうのもかんがえられる。ただしこのばあいの「性」は「性質」ってことで、イデアは「性質」っていうより「本質」だろうから、そういうことからするとこういう「~性」もちょっとちがうかな。

この文章の英語訳をみると、それぞれ tablehood、cuphood になってる。英語にとって -ty は外来語だけど、この -hood はもとからあることばだ。でも tablehood、cuphood はここの翻訳のために臨時につくったことばだろう。ほかに tableness なんて訳もある。-ness も英語にもとからある語尾だ。

-hood がついてることばに godhood っていうのがある。おんなじ英語でもこれを外来語でいえば deity で、これだと -ty でおわってる。で、godhood の訳を辞書でみてみると、「神格、神性、神であること」っていうのがある。これを参考にかんがえてみると、「机格」だと意味がわかんないし、「机性」もイマイチだから、「机であること」がこのなかじゃいちばんいいかもしれない。だいたい「~性」なんて訳してるむずかしいことばも「~であること」ってくだいてよむと、わかりやすくなることがおおい。

ただ「机であること」っていうのもなんかちょっとちがう。これだと、ある机の「机であること」って感じがする。つまり、どっかに実際にある机が 机として存在してること、その机が机であること、そういう印象をうける。いいかえれば、その机の状態みたいなことをいってる感じがする。だから、あくまでその机のことをいってることになってる。これだとアリストテレースのエイドス(形相)みたいだ。エイドスはそのもののなかにあるっていうから、机のエイドスは「机であること」でちょうどいいだろう。でもプラトーンのイデアは、そのものからはなれて、べつに存在してる。それにエイドスは抽象的なものだけど、イデアは具体的な存在だ。だから「机であるもの」のほうがいいとおもう。ただし「机であるもの」って訳せるべつのいいかたがあって、それがいっしょにでてくる文章だとこの訳はつかえないけど。

「ひしゃく」って訳した「キュアトス」は、ながめの取っ手がひとつついてるティーカップみたいなうつわのことで、これでクラーテールからワインをくみだした(クラーテールについては→「クレーター」)。

ディオゲネース・ラーエルティオス:ディオゲネス・ラエルティオス。 プラトーン:プラトン。 アリストテレース:アリストテレス。

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 ・クレーター
 ・神の抽象名詞いろいろ

2007.05.27 kakikomi; 2012.10.08 kakikae

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