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『梵字アートを楽しもう』

『梵字アートを楽しもう』(矢島峰月[やじま ほうげつ]著、発行・可成屋、発売・木耳社)っていう本がある。そこらの梵字[ぼんじ]の本とちがって かたくるしくなくて、アートとして梵字を気楽にかこう、っていう本で、著者は書道家らしい。現代書道って感じで、いろんな筆記用具をつかった梵字の作品の写真がのってる。

けっこうおもしろい本で、梵字にしたしむのにいいとおもう。ただし、梵字の入門書とか解説書とか研究書じゃないから、これで梵字の基本がまなべるわけじゃない。それと、ごく一部、梵字にまちがいがある。

「雷除け」の梵字として「オンアロリキャソワカ」がでてくるけど、「アロリキャ」のとこがこうなってる(作品はタテがき)。

でも、これだと अरुरिक arurika [アルリカ]だ(この文字は、いまのインドとかネパールで梵語つまりサンスクリット語につかわれてるデーバナーガリー文字)。この部分は आरोलिक् ārolik [アーローリク]のはずだから、

じゃないとおかしい。このことばはほかの梵字の本でもちがうふうになってるのがあるけど、あたらしい本だとちゃんと ārolik になってる(全部みたわけじゃないけど)。

それから光明真言[こうみょう しんごん]をかいた作品。洋紙の上のほうと下のほうに、おんなじ真言がそれぞれヨコがきの1行でかいてあるんだけど、最後のほうにでてくる「ハラバリタヤ(प्रवर्त्तय pravarttaya [プラヴァルッタヤ])」のとこがちょっとおかしい。「ハラ(प्र pra [プラ])」のはずがどっちもただの「ハ( pa [パ])」になってる。それから、下のほうは「ハラ」のつぎの「バ( va [ヴァ])」がぬけてる。さらにいうと「バ」は va [ヴァ]じゃなくて ba [バ]にみえる。五十音表のとこじゃ「バ(ba)」と「ワ(va)」を区別してかいてるのに、作品のほうはほかのもみんな va を ba にしちゃってる。va と ba を区別しないネパール式だったりして?

あと、まちがいっていうのとはちがうんだけど、著者の名字「やじま」をかいたネームボード。

これは यसिम yasima [ヤスィマ]ってかいてあって、सि si [スィ]の文字に日本語の濁点がつけてある。「『じ』がないので、『し』に濁点をつけたのは、遊び心です」っていうことわりがきもある。でも「じ」はちゃんと梵字でかけるんだけどなあ。そもそも日本の文字じゃないんだからローマ字とおんなじで濁点なんてものは必要ない。べつに「遊び心」がわるいとはおもわないけど、濁点が必要だってかんがえてるとしたら、そもそも梵字の発音のことがわかってないわけで…。

「じ」をかくには、この本でいう「ぢ」をつかえばいい。いまの日本語に「じ」と「ぢ」の発音の区別はないんだから。もし「ぢ」じゃおかしいなんてかんがえるとしたら、ローマ字だって j はつかえないことになる。それに、この部分は江戸時代の本からとった五十音表をもとにしてるんだけど、それっていまからみるといろいろ問題もあるし、あらためてもとの梵語の発音からかんがえたほうがいいんじゃないのかな。それから濁点をつかうにしても、「スィ」じゃなくて「シ」をあらわす梵字がちゃんとあるんだから、सि si [スィ]なんかつかわないで शि śi [シ]に濁点のほうがいいとおもうんだけど。

で、「ぢ」つまり जि ji [ジ]をつかって यजिम yajima [ヤジマ]ってかくと、その梵字はこうなる。

ただし、いまサンスクリット語とかヒンディー語で日本語の名まえをかくやりかただと、これともすこしちがってくる。アートとしての梵字なんだから、伝統的なやりかた、つまり日本のなかだけの梵字のつかいかたにしばられないで、インド人がインドの文字をかくみたいに梵字をつかったっていいだろう。そうするとこの名まえは याजिमा yājimā [ヤージマー]ってかくから、

になる。みじかい a [ア]は[ə]みたいな発音で、ながい ā [アー]ははっきりした[ɑː]だから、日本語の「ア」をうつすのにはたいてい [アー]のほうがつかわれる。これはながさの問題じゃなくて母音そのもののちがいによることで、 [ア]と [アー]は、ながさがちがうだけじゃなくて母音そのものがちがってるからこういうことになる。これは日本語の「エ」「オ」をうつすのに ながい e [エー]、 o [オー]をつかうしかないのとにてる。

それとヒンディー語とかの現代の地方語だと、もともとの文字にふくまれる潜在母音 [ア]は発音しないばあいがある。यजिम yajima ってかいたらヒンディー語としては「ヤジム(yajim)」って発音になっちゃう。日本語の「ア」を [アー]にするのにはこういう理由もある。ただしこれはサンスクリット語にはあてはまらない。さらにいうと、最初の音節の潜在母音はヒンディー語とかでも発音されるから、最初の音節については [ア]でうつすこともある。そうすると、この著者の名字は यजिमा yajimā [ヤジマー]ともかけるから、これを梵字でかけば、

になる。

デーバナーガリー文字:デーヴァナーガリー文字。<

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 ・サンスクリット語の文字と発音(デーバナーガリー文字、梵字、ローマ字がき)

2007.10.08 kakikomi; 2010.12.27 kakitasi

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コメント

確かにご指摘の通りですね。
巷にあふれるアルファベットやハングルよりも
昔からご先祖の墓地にも見られる梵字は、
もっと私達に親しまれてもよいと思われます。
ただ、いくら親しみ楽しむといっても、あまり
好い加減では困りますものね、

昔は『実習梵字テキスト』(1984種智院大学密教学会)
や『梵字手帖』(1976徳山)など、きちんと手と足で
稼いだ一般的な本がありましたのにネェ。

いくら「アート」でも、間違いがあったら首が飛ぶのが
アルチザンの仕事でもあったはずですが…。

投稿: ALGOS | 2007.10.08 22:07

まあ、ハングルはべつとして、ラテン文字が梵字よりしたしまれているのは当然といえば当然でしょうし、ローマ字みたいに日本語をべつの文字でかくというのは意味のあることだとおもいますので、そういう意味でもおおいにいいことだとおもうのですが、日本語をべつの文字でかくなら、梵字でかくという手もあるわけで、その意味でも梵字にしたしむのはおもしろいのではないかとおもっています。

投稿: yumiya | 2007.10.09 09:49

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