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文字を「かく」

文字とかを「かく」っていうのをギリシャ語で γράφω [grápʰɔː グラポー]っていうけど、これはラテン語経由で英語にはいって graph(ic) とかになってる。このギリシャ語のもともとの意味は「ひっかく、ひっかき傷をつける、きざみこむ」っていうことで、英語の carve (ほる、きざむ)とおんなじ語源のことばだ。

こういうふうに「かく」って意味のことばのもともとの意味が「ひっかく、きざみこむ」なのはギリシャ語にかぎらない。インド・ヨーロッパ語族のことばにはそういうのがおおい。たとえばサンスクリット語の लिख् likh- [リク](ふるくは रिख् rikh- [リク])もそうだし、ラテン語の scribo [スクリーボー](不定詞は scribere [スクリーベレ])もそうだ。

ラテン語の scribere が変化してイタリア語の scrivere [スクリーヴェレ]とかフランス語の écrire [エクリール]になったし、ゲルマン語にもはいってドイツ語の schreiben [シュライベン]になった。ゲルマン人はローマ人から文字をかく技術をまなんだから「かく」っていうことばもラテン語からとりいれることになったんだけど、ゲルマン語のなかで英語だけは例外で、ラテン語からはいった外来語じゃなくてもとからある write をつかってる。でもこの write のもともとの意味もやっぱり「ひっかく、きざみこむ」だった。

なんでこうなのかっていえば、紙にかくまえは とがった道具でなにかをひっかいて文字をきざみつけてたからだ。パピルスが発明されたあとでも かき板っていうのがあって、これに せん筆とか鉄筆っていうもので文字をかいてたから、このばあいも もともとの意味のとおりのかきかただったことになる。かき板っていうのは木とか石とか象牙とかのかたい材質のうすい板にロウをぬったもので、書字板とか書板とかロウ板とかロウびき板ともいって、2枚とかそれ以上の板をチョウつがいでとじて本みたいにしたものがおおい。せん筆は先のとがった ってことだけど、金属とか骨とかからつくって、これでかき板のロウをひいた面をひっかいて文字をかいた。せん筆のとがってないほうはたいていヘラ状になってて、文字をけしたりロウの面をたいらにするのにつかった。学芸の女神ムーサのひとりカッリオペーがこのかき板とせん筆をもってるすがたであらわされることがある(9柱のムーサ」)。

かき板のことを英語で tablet っていうけど、これだけじゃちがう意味もあるから、writing tablet ともいって、これはほんとに「かき板」っていういいかただ。ロウ板とかロウびき板のほうは wax tablet、waxed tablet、waxen tablet っていってる。せん筆は英語で stylus [スタイラス]なんだけど、y があってもギリシャ語起源のことばじゃない。ほんとはラテン語の stilus [スティルス](せん筆)からきてるのに、ギリシャ語の στῦλος [stŷːlos ステューロス](柱)が起源だってまちがってかんがえられたために stylus っていうつづりができた。

ところで日本語の「かく」もじつはおんなじだ。「かく」は「ひっかく」の「かく」で、「書く」も「掻く」ももとはおんなじことばだ。漢字をあててるせいで気がつきにくいけど。それに「書」っていう漢字から「かく」のもともとの意味がわかるわけでもない。「書」は「筆でかきつける」って意味の漢字だから日本語の「かく」とはちがう。

せん筆:尖筆。 カッリオペー:カリオペー、カッリオペ、カリオペ。

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2008.02.15 kakikomi; 2009.04.24 kakinaosi

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