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『マックスとモーリッツ』(古代ギリシャ語版ほか)

絵本『マックスとモーリッツ、わるガキの7つのいたずらのはなし』(Max und Moritz – Eine Bubengeschichte in sieben Streichen、1865)はドイツの画家で詩人のウィルヘルム・ブッシュ(Heinrich Christian Wilhelm Busch、1832-1908)の作品で、日本でも翻訳がでてる。ヴィルヘルム・ブッシュ文/絵(上田真而子訳)『マクスとモーリツのいたずら』(岩波書店)っていうのがそうだけど、これももちろん絵本だ。副題の Bubengeschichte [ブーベン・ゲシヒテ]っていうのは「男の子のはなし」ともよめるし、「悪党のはなし」ともよめるとおもうけど、両方かけてるのかもしれない。

Max_und_Moritzこの絵は最初にでてくるさし絵で、表紙にもなってる。青い服がマックスで緑の服がモーリッツなんだけど、この作品はドイツじゃけっこう有名らしい。ドイツのレクラム文庫(Reclams Univeral-Bibliothek)には原作のほかにいろんな外国語版と方言版がある。外国語版は、英語、オランダ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語、ラテン語、古代ギリシャ語、中国語 があって、方言のほうはハンブルク、ケルン、フランクフルト、シュトゥットガルト、ミュンヘン、ベルリン、ライプチヒ、ウィーン、チューリヒの方言に訳されてる。ただし方言版はそれぞれ作品全部じゃなくて全体が9部にわかれてるから、そのそれぞれに9つの方言をわりあて それで1冊になってる。どれもドイツ語原文がついてるし、カラーじゃないけど絵もちゃんとある。

ほかの出版社からもいろいろでてるみたいで、ひとつの方言で全部を訳してるのもあるみたいだし、中世ドイツ語(中高ドイツ語)版とかイディッシュ語版なんかもあるらしい。それから現代ギリシャ語版もある。

古代ギリシャ語版のことは「「レクラム文庫」のギリシャ語対訳本」にもちょこっと紹介してある。本のタイトルは “Max und Moritz auf Altgriechisch” (古代ギリシャ語によるマックスとモーリッツ)で、ギリシャ語の題名は “Μὰξ καὶ Μῶριτζ” になってるけど、この Μῶριτζ っていうのはどうなんだろ。τζ (tz)はドイツ語のつづりをそのまんまうつした感じだけど、これじゃギリシャ語としては「ツ」にはならない。現代ギリシャ語の発音でも[dz]だからやっぱり「ツ」じゃない。

でもまあこれはいいとして、原文が詩だからギリシャ語訳でどういう韻律をつかってるのかとおもってみてみると、古代の韻律じゃなくてドイツ語とおんなじ形式だった。

2行ひと組で、この2行がおんなじ韻律で脚韻をふんでる。韻律としては、アクセントのある音節を「∨」、ない音節を「―」であらわすとすれば、「∨―∨―∨―∨」と「∨―∨―∨―∨―」のふたつの形式がつかわれてる。どっちもアクセントがあるつよい音節が1行に4つあって、つよい音節とよわい音節が交互にでてくる。ふたつの形式のちがいは、最後がつよい音節でおわってるか、もう1音節あって よわい音節でおわってるかだけど、これは脚韻のちがいでもある。つよい音節でおわってる行の脚韻は男性韻で、よわい音節でおわってる行は女性韻だ。脚韻はアクセントがある母音以下をあわせるから、男性韻のばあいはその母音のある音節の母音以下の部分、女性韻のばあいはさらにそれにつづくアクセントがない音節もふくめて韻をふむ。どっちの形式かはとくに順番はきまってない。

とりあえずドイツ語の原文で ‚Vorwort‘ (まえがき)のとこをみてみると、

Ach, was muß man oft von bösen
Kindern hören oder lesen!!
Wie zum Beispiel hier von diesen,
Welche Max und Moritz hießen;
Die, anstatt durch weise Lehren
Sich zum Guten zu bekehren,
Oftmals noch darüber lachten
Und sich heimlich lustig machten. –
– Ja, zur Übeltätigkeit,
Ja, dazu ist man bereit! –
– Menschen necken, Tiere quälen,
Äpfel, Birnen, Zwetschen stehlen – –
Das ist freilich angenehmer
Und dazu auch viel bequemer,
Als in Kirche oder Schule
Festzusitzen auf dem Stuhle. –
– Aber wehe, wehe, wehe!
Wenn ich, auf das Ende sehe!! –
– Ach, das war ein schlimmes Ding,
Wie es Max und Moritz ging.
– Drum ist hier, was sie getrieben,
Abgemalt und aufgeschrieben.

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∨―∨―∨―∨
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∨―∨―∨―∨―

ああ,どうして こんなに たびたび,
いたずらっ子のはなしを きかされるのだ!
たとえば,この マクスとモーリツ。
かしこい教えに 耳をかたむけて
いい子になろうと するかわりに,
せせらわらったり からかったり,
わるいことなら いつでも オーケー。
いやがらせはする 動物はいじめる
リンゴや ナシや スモモはぬすむ――
もちろん そのほうが,学校や教会で
じっとすわっているより おもしろい。
ところが いいかい,マクスとモーリツの
さいごは ひどいものだった。
だから,ふたりのしたことを
絵にして はなしてみよう。
(上田真而子訳)

女性韻の組が4つつづいたあとに男性韻がひと組っていうのが2回つづいてるけど、これはたまたまで、ほかのとこがこうなってるわけじゃない。それから日本語訳は行数をあわせてないし、翻案とまではいわなくても自由訳って感じのものなんだけど、自由訳なのはほかの外国語訳でもおんなじだ。たとえば英語訳の ‘Foreword’ も、

Ah, how oft we read or hear of
Boys we almost stand in fear of!
For example, take these stories
Of two youths, named Max and Moritz,
Who, instead of early turning
Their young minds to useful learning,
Often leered with horrid features
At their lessons and their teachers.
Look now at the empty head: he
Is for mischief always ready.
Teasing creatures – climbing fences,
Stealing apples, pears, and quinces,
Is, of course, a deal more pleasant,
And far easier for the present,
Than to sit in schools or churches,
Fixed like roosters on their perches
But O dear, O dear, O deary,
When the end comes sad and dreary!
'Tis a dreadful thing to tell
That on Max and Moritz fell!
All they did this book rehearses,
Both in pictures and in verses.

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っていうふうに忠実な翻訳っていうのとはちがう(この英語訳はネットでみつけたもので、レクラム文庫の英語版とおんなじかどうかはわからない)。たとえばいたずらの例をあげてる11~12行めでドイツ語の原文は「ひとをからかう、動物をくるしめる/リンゴや洋ナシやプラムをぬすむ」だけど、この英語訳は「動物をいじめる、垣根にのぼる/リンゴや洋ナシやカリンをぬすむ」になってる。詩の形式をおんなじにしてるから、それにあわせた翻訳になってるわけだ。つまり歌の訳詞みたいなもんだ。でも日本語訳とちがって詩の形式はおんなじだから行数はあってる。ただしおんなじ形式っていってもふたつある韻律のどっちになってるかまでは一致してない。もちろんちゃんと脚韻はある(日本語訳にはもちろん、ない)。レクラム文庫でも外国語版について Übersetzung [ユーバーゼッツング](翻訳)じゃなくて Nachdichtung [ナーハディヒトゥング](自由訳、翻案)ってことばをつかってる。

ドイツ語の詩の形式を古代ギリシャ語にあてはめるのはほんとはムリなはなしだ。古代の詩には脚韻はないし、韻律もアクセントとは関係ない(古代ギリシャの韻律」)。それに古代のギリシャ語のアクセントは たかさアクセントだから、ドイツ語のつよさアクセントにもとづく韻律にそのまんまじゃのせられない。現代ギリシャ語の発音でよむんだったら、つよさアクセントになってるから それでもいいんだけど、そのつもりなのかな。ただし欧米の学校じゃ古典式発音っていっても、アクセントだけは近代ヨーロッパ語みたいな つよさアクセントでよむことがあるから(っていうか、それがふつうなのかな)、そういうことなら この形式をあてはめることができないでもない。

古代ギリシャ語版の ‹Πρόλογος› [prólogos プロロゴス](まえがき)はこうなってる。

Παίδων πέρι πονηρῶν
Τί ἀκούειν χρὴ κακῶν·
Ὥσπερ τῶνδε, οἳ φανοῦνται,
Μὰξ καὶ Μῶριτζ οἳ καλοῦνται.
Τώδ᾿ ἀντὶ διδάσκεσθαι
Ἢ τοῦ μεταπείθεσθαι
Τούτου καὶ κατεγελάτην
Κρύφα τε γελοῖ᾿ ἐδράτην.
Πράττειν πρᾶγμα κάκιστον
Πρόθυμοι εὐθύς ἐστον.
Ἄνδρας, ζῷα δὴ λυπεῖν
Μῆλα τ᾿, ἄπια αἱρεῖν
Μᾶλλον χαριέστερον,
Πρὸς δὲ καιριώτερον
Ἦ που ἐν σχολῇ, νεῷ
Μένειν τόπῳ τῷ αὐτῷ.
Ἀλλ᾿ ἰώ, ἰώ, ἰώ.
Τούτοιν τέλος ἢν σκοπῶ. –
Ἦν, φεῦ, λυπηρότατος
Ἀμφοτέροιν ὄλεθρος· –
Ὑπ᾿ αὐτοῖν οὖν πεπραγμένα
Ἔστω τῇδε γεγραμμένα·

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いたずらの例をあげてるとこをドイツ語と英語でみたけど、このギリシャ語訳だとそこは「ひとや動物をくるしめる/リンゴや洋ナシをうばいとる」になってる。

このギリシャ語版は ‘Alindethra’ っていう雑誌の11号(1964年)から14号(1967年)に連載されたものだっていうんだけど、そういえばこんな名まえのギリシャ語雑誌があるってどっかでよんだことがある。ラテン語には ‘Tiro’ っていう雑誌があって、そっちにはこの作品のラテン語版がのってたらしい。

現代の作品の古代ギリシャ語訳っていうと『ハリー・ポッターと賢者の石』があるけど(古代ギリシャ語版ハリー・ポッター」)、これにでてくる詩はちゃんと古代の韻律で訳してたから、この作品もどういう韻律で訳してるのかとおもって実際にみてみたら、こんなことになってたからガッカリした。

どうせいまの作品なんだから古代の韻律じゃなくてもいいじゃないかっておもうひともいるかもしれないけど、そもそも訳してることばが古代のことばで、古代の韻律はその古代のことばに即した形式なんだから それがいちばんあってるわけで、それを近代語の形式にムリやりおしこめるっていうのはどうかとおもう。

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 ・「レクラム文庫」のギリシャ語対訳本
 ・古代ギリシャの韻律
 ・古代ギリシャ語版ハリー・ポッター

2008.02.29 kakikomi; 2009.05.02 kakinaosi

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